信じたい心
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ハール様が跪いているのが痛々しくて、私は言葉にならない心の重みを隠し、ソファに座るように勧めた。ハール様はためらっていたが、そのままだと私が話を聞きにくいのを察してくれたのか、いわれた場所に座った。
私はその隣に座り、聞く体勢でハール様を見つめた。
「リリス、どうか怒らないで聞いてほしい」
ハール様は、怒られるだろうと思われることをやってしまったようだ。
「おれはリリスに結婚を申し込もうと思っていたんだ」
ハール様は少し目元を赤くしてそう言った。
「はい。……え?」
私は、嬉しくて頷いたものの店でのことを思い返して、思わず問い返していた。
「これで私も貴方に贈れるわね」
「満足していただけましたか? これで了承していただけるんですね」
「指輪がいいと言ってたわね。そうね、これで結婚てことになるのね」
ハール様の声が弾んでいたのを思い出して、私は手元のドレスを掴んで、涙を堪えた。
あの店でハール様は、私ではないだれかに結婚を申し込んでいたのではなかったか。
私の手を掴んで、ハール様は続きを話はじめた。振りほどくことも出来ずに私は、近くにあるハール様の目を非難の眼差しで見つめた。
「おれは、リリスに何か素敵なものを贈りたかった。エリアルがアルテイル侯爵に贈られた指輪をとても嬉しそうにしていただろう。おれは、まだ伯爵をついでもいないし、王宮でもまだ低い地位しかない。リリスが自慢に思えるような何かを贈ることが出来ないと思って、求婚できなかったんだ」
まさか、そんなことを悩んでいるなんて思ってもみなかった。私がハール様の手をそっと握り返すと、ハール様は少し驚いて、微笑んだ。
「店で会った女性はこの国にマーゼアル国の親善に来られたクラリーチェ姫というんだ。一度結婚して王族からは離れられたんだけど、旦那様がお亡くなりになられて、今は王族に戻られたらしい」
聞いたことがある国だが、それほど近いわけでもないこともあり、リリスは曖昧に頷いた。
この国の侯爵夫人も大概だが、他の国の王族も随分自由なのねとあの女性の服装を思いだして、心の中で感想を述べる。
「マーゼアル国はね。珍しいピンクダイヤの産出国で、その全ては王族しか扱えないんだ。おれはそれを知っていたから、クラリーチェ姫を接待するのがおれの部署だと知って、近づいた。姫は最初は馬鹿にしたように笑っていたよ。でもおれが必死なのを知って、条件を出してきたんだ」
私は声もなく、その話を聞き入った。まるで小説のようだと思う。
「この国の市場を調査したいし、国民性も見たい。どんな人々が、どんな生活をしていて、どんな宝石を好んでいるのか。本当は駄目なんだけど、アルテイル侯爵にお願いして、目立たないように護衛をつけてもらって、国を案内したんだ。変装してばれないようにしてもらって、サリス宝飾店で買ったものは、リリスに贈る指輪の代金の変わりとしておれが払った。あのお菓子屋さんで渡して、その代わりに君のためのダイヤを予約するつもりだったんだ」
通りで噂で聞いていた女性の髪は金髪だったのに、見たのはブルネットだったわけだと、私は思い当たって、ホッとする。気持ちが緩んで、我慢していた涙が、零れる。
こんな間近でみっともない泣き顔を見られたくなくて、私は俯いた。
ハール様は、俯いた私の頭に小さな優しいキスをしてくれた。
「君を泣かせることになるなんて――、おれは本当に馬鹿だ……だれよりも大切にしたくて、おれの想いを贈るつもりだったのに……」
ごめん……とハール様は謝ってくれた。
私がエリアルのようになれないと思い悩むのと同じように、ハール様も自分に歯がゆくおもうことがあったのだろう。
「一つ、聞いていいですか?」
ハール様にこれを逃せば聞くことが出来ないと、私はずっと思っていたことを尋ねることにした。吹っ切ったつもりだったけど、根底にあるその気持ちのせいで私は自信がもてないのだ。これ以上卑屈にもなりたくない。
「貴方はまだエリアルのことを想っているのではないのですか?」
「違うと、何度も言ったと思うが……」
ハール様は、何を聞かれるのかとドキドキしていたようだが、私の質問を聞くと驚いたようにそう言った。
「でも、貴方はずっと小さい時からエリアルのことが好きだったでしょう? なのに、何故私の気持ちを受け入れてくれたのか、ずっと不思議だったの。今回、貴方がつれていた姫をみて、私は何の疑問もなく、貴方の心変わりを信じた」
ギョッと目を見開いてハール様は私を見ている。
「あの方は、見た感じが少しだけエリアルに似ていたから……」
「似ていないと思うんだが……」
戸惑うハール様に私は頭を振った。あの意思の強そうな瞳、盛り上がった胸、引き締まった身体。勿論、エリアルのほうが何倍も美しいと思うが、似ているという点では否定できない。
「私は、ハール様のことが信じられなかった」
ハール様が私を裏切った事ではなく、それが一番悲しかった。
「リリス……」
ハール様は、言葉をとぎらせて悲しそうに目を伏せた。
「おれを軽蔑してくれていい。おれはずっとリリスのことが好きだったんだ。エリアルのことは、どうしても女に見えなくて……」
私は耳を疑った。あのエリアルを女に見えない? あの輝く眩しい笑顔を見て心を動かされない人なんているのだろうか。
ハール様は、そこから私の想像もつかなかったことを言い出した。私は声も出せずにハール様の声を聞いていた。そして、溜息をついたのだった。
もう少しお付き合いくださいませ。