長い一日
読んで下さってありがとうございます☆
屋敷にはエディソン家の馬車で送ってくれることになった。
またもやヴィスタが私の席の前を陣取る。普段であれば、護衛は馬車の外、御者の隣などにいるのだけれど、何を護るといえば未婚の私の名誉であるから、当然のことではあったけれど、その真面目な仕事ぶりににローランドは苦笑していた。
「しかし、貴女は本当に美しいですね」
「まぁ、おだてていただいてもお茶くらいしかだせませんよ」
私が定例にそって返せば、ローランドはジッと物言いたげに見つめてくる。少し居心地の悪い思いで「ペギーの見立てが素晴らしいのです」と続けた。
マルガレーテは、私を気に入ったと言ってくれて、愛称で呼んでほしい、一緒に遊びに行きましょうと誘ってくれた。私は快く「ありがとうございます。私のこともリリスと呼んで下さい」と新しい年上の友人の存在を喜んだ。
「それでもこんなに愛らしい人を俺は知らない」
ヴィスタがいてくれて本当に良かったと思う。
クレインを彷彿とさせる口のすべりの良さは、リリスは呆れながらも嬉しかった。
「あの……」
それくらいにして欲しいと思う気持ちをヴィスタが汲み取ったのか「そろそろお屋敷ですね」と雰囲気を変えてくれた。ホッとする。
屋敷につくと、侍女のアンが血相を変えて待っていた。初めてのお客に戸惑いをみせつつも私に小さく耳打ちする。
「コンテス子爵様がお見えになっております。大層なお怪我をなさっておりまして」
その慌てている様子から随分前に来て待っていたのだろうと思う。その待ってた私が、男連れで帰ってきたのだからアンの驚きも大きいものだっただろう。
「リリス!!」
屋敷の様子で誰かがきたのがわかったのか、ハール様が小走りでやってきた。いつもなら嬉しくて仕方ない彼の登場に私の心は沈む。さっきまで辛うじて堪えていたもので胸が苦しかった。
ハール様は見るからに、悲惨な姿だった。
シャツから覗く胸元と額には包帯が巻かれていた。
その姿に青ざめた私に、ハール様は「話を聞いて欲しい」と訴える。
ついに告げられるのだ――。好きな人が出来たから私とは一緒にいれないと……。
「リリス? 大丈夫か」
その声に、ここには二人きりではないのだと思い出した。
「ローランド様……」
「ローランド、何故? どうしてリリスと。そのドレス――まさか……」
お菓子の店で会った時の街娘の格好とは違ったからだろう、ハール様の声音の変化が私の気持ちに爪を立てる。
私に知らないところで結婚の噂まで立てられていながら、その相手をみた私に対して不貞を疑うというのだろうか。
この国では、ドレスや装飾品を送ることは婚約していなければしてはいけないこととされている。恋人であっても、それは恥ずべきことだと言われている。だから、私もハール様に沢山の贈り物を頂いているが、服やアクセサリーをもらったことはない。
「貴方は自分の行動も省みずに、私のことを怒っているのですか……」
多分ハール様の前で、こんな真剣に非難する声を出したことはないと思う。私の憤りを感じたのかハール様は、言葉を失って拳を握り締めた。それが自身の怒りを抑えようとしているのだと私にも理解できた。
「リリス――。聞いてもらえないだろうか」
ハール様の声には重みがあって、私は逆らえないと思った。
「ローランド様、ご覧の通り取り込んでおります。折角送ってくださったのにお茶も出せずに申し訳ございませんが、お礼はまた後日伺わせていただきます」
「ああ、すまない――。こんなことになるとは思ってもみなかったが、帰って大丈夫か?」
ローランドはこんな時でも心配してくれていた。頷くと、私の手に挨拶のキスをして、ハール様に声をかけた。
「ハール、俺はお前の凶暴な方の幼馴染に頼まれただけだ。彼女を疑うのはやめてくれ」
「エリアルに?」
「ああ、そうだ――。彼女もお前のせいでリリスに距離をとられて悲しそうだった。怒りはお前に向くんじゃないか? 精々命は大切にしろよ」
ローランドの言葉にハール様は思わず唾を嚥下したようだった。
余程酷い目に合わされたのだろうか。
「では、失礼する。公爵夫人によろしく」
ウィンクして、帰っていったローランドはやはりどこか瀟洒な都会の男のようだった。私が見る限り、本の中のガートランドは粋な感じの男だったと思う。
「ここではなんですから、どうぞ部屋にいらしてください。ヴィスタ、もう少しいてくれるかしら」
居間だと話が筒抜けすぎて、辛すぎる。アンを側に置いてもいいのだけれど、ここは全てを知っているヴィスタに側にいてもらったほうがいいだろうと思ってそう願うと、彼女も快く承諾してくれた。
家人には、部屋の側に来ないように言い置いて、ヴィスタとハール様と私の私室に入るとハール様は私を抱きしめた。
突然の抱擁に私は驚いた。
今までだって、抱きしめられて口付けられたことは何度もある――。私達が恋人になって(私はそのつもりだった)、もう一年以上立つ。それ以上のことは勿論ないが、私はいつもハール様に抱きしめられると、込み上げる喜びに頬が緩むのを抑えられなかったのに、何故今はこんなに辛いのだろう。
強張る私に気付いて、ハール様はその腕を解いてくれた。
その顔は絶望に満ちていて、私達は今双子のようにそっくりな気持ちを抱いてるのだと思った。
「君を傷つけるつもりなんてなかったんだ――」
そう言って、彼は私の足元に跪いた。
神に許しを請う敬虔な信者のように私を見上げる。
そこから紡がれる言葉に、私は呆気にとられるのだった――。
明日は紅葉でも見にいきたいな~♪