エディソン洋装店にて
読んで下さってありがとうございます。
ローランドのお店に到着して、その趣味のいい扉をくぐると、女性ならば誰もが目を瞠るようなドレスの洪水がそこにあった。今年の流行は赤系統で、私くらいのの年頃ならサーモンピンクがもてはやされている。表から見える場所にはショーウィンドウがあり、そこにはセンスのいいドレスが小物と一緒に並べられていた。
私はまだ既製品のドレスはもっていない。正直な話、オーダーメイド以外のドレスなんて……と思っていたのが、なんて愚かなことだったろうかと思えるくらいの素晴らしいドレスが所狭しと吊られている。
とはいえ、同じドレスを同じパーティで……ということにならないか心配なので、一概にどちらがとはいえないが、値段のことなどを考えると、こういう既製服というものも馬鹿に出来ないわねと思った。
「あら、ローランド珍しいわね、こっちに来るなんて」
一目でローランドと血縁関係だとわかる豊かな赤い髪を纏めた貴婦人は、私達に気付いて寄って来た。
「ペギー、このお嬢さんの服を見立ててほしい」
「あなたの彼女?」
マルガレーテの疑問にギョッと三人で見合わせると、首を振る。
「あらら、違うのね。貴方がそんなことを頼むなんて珍しいからてっきり……。ごめんなさいね、どうぞこちらへ」
広い店内で奥に案内される。それほど大きな部屋ではないが、壁紙も装飾も落ち着いた感じの品のいい部屋だった。
「良家の子女の外出着を頼む」
マルガレーテは、心得たように優雅に頷き店員に指示を出す。お茶を入れてもらって、テーブルにつくとローランドは先に座っていた。
「ありがとうございます、エディソン様」
「迷惑じゃなければローランドと呼んでくれ。ここにはエディソンが多いんだ」
店員の幾人かは親戚だという。
私は少し迷ったけれど、ハール様の友人ならばと、自分のこともリリスで結構ですと告げた。
「色はこちらが似合うんじゃないかしら?」
「美しい金の髪に春の新緑のような瞳の色、肌の白さも素晴らしいわね。もう、この腰の細さったら……うらやましいわ」
「うなじの美しさも例にみないわ」
「指のこの美しさも」
店員が自分の勧めるドレスを持って、悶えている。
「もう、ローランド。こんな素敵なご令嬢に指銜えてみているのよ。男はやるときはやらないと」
マルガレーテの言葉にローランドは失笑する。
「悪いな。この人たちは悪気はないんだ」
私に気を使って、謝ってくれる。確かにこういう状況になったことがないので、身の置き場がないが、悪い気はしない。どころか、あれほど自分の情けなさと劣等感で押しつぶされそうだったのに、悪くないんではないかと勘違いしてしまいそうになる。
「ペギー、彼女はハールの彼女だよ」
マルガレーテは、ハールの名前に驚いたようだった。
「あら、この子がエリスのモデルの子なのね?」
「リリス・ミーツィエ・ビューローと申します」
私が腰を折ってお辞儀すると、マルガレーテは驚きを隠せない様子だったが、瞬時に笑顔にそれを隠した。
「マルガレーテ・エリザ・ルクレスでございます」
ルクレスと言われて、思い出す。
「ルクレス子爵夫人……」
お茶会などでよく話題に上がることがある女性の名前だった。センスの良さと美しさは王太子妃様の折り紙つきだと聞いていた。
微笑みながら、マルガレーテは私の手をとる。
「店のほうにいる。まかせた」
気を使ってローランドが席を外した。ここで着替えればいいということだろう。
「ええ。まかせて頂戴」
不敵な笑みは、マルガレーテにとても似合っている。
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「あら、そうなの。カールとガートランドのファンなの? いやん恥ずかしいわ。でも嬉しい。そうなの、私も柊の園出身でね」
柊の園は女性も少なくはないが、多くもなかった。セリナ王女殿下も高等科から通うはずだけれど、裕福な男性は教育も高度なものを受けているが、女性はその限りではない。幼いうちに通っているものだけがその勉学についていけるのだろう。マルガレーテも幼等部から通っていたらしい。ちなみに男は全て寮にはいるが、女はその限りではない。マルガレーテは家から通っていたらしい。
わたしも貴族の子女として家庭教師についていたが、それほど高度な勉強はしていない。マナーだとかダンスだとかのほうが重要なものとされているからだ。エリアルは特別だった。
「ふふ、ハール様が言ってたとおりね。とても優しいって、可愛いっていってたもの」
「いえ、ハール様がずっと好きだったのはエリアルなんです。それは多分エリアルのことです」
「エリアル様ってあの風の騎士姫のことよね?」
流石にマルガレーテは子爵家に嫁いだだけあって、貴婦人の友『薔薇の園のしじま』も『風の騎士姫』のことも知っていた。
「あまり可愛いってイメージじゃないんだけど」
「いいえ、エリアルは可愛くて、優しいです」
そこは譲れないと、意思を込めて強調するとマルガレーテは「リリス様もエリアル様のことが好きなのね」と当たり前のことを言った。
「でも、私がハール様に会ったときに聞いた大好きな幼馴染の話は、リリス様のことだとおもうんだけれど」
「いいえ、ハール様はエリアルのことが大好きで、どんな無茶も聞いてくれて――」
そうだった……ハール様はエリアルに頼まれて、舞踏会で踊ってくれたのだ。エリアルに頼まれて、私のことを好きな振りをしていてくれたのかもしれない。でも、本当に好きな人が出来たから、結婚するのかもしれない――。
なんだかそれが真実のような気がする。
思い出すと、また涙が浮かんできそうになる。それを必死で止めて、笑うとマルガレーテはいたわるように肩を抱いてくれた。
「思い違いをさせてるなんて、ハール様らしくないわね。あの頭のいい人でもそんなことがあるのね」
だから恋は楽しいとマルガレーテは人事だからだろう嬉々として何かを紙に書きとめ始めた。
「リリス様。こちらはどうかしら?」
「その色は派手すぎるわ。清純派のリリス様はこちらの方が似合ってるわ」
「こっちのレースのほうが可愛いんじゃないかしら」
「だめよ。ローランド様が支払うのですもの。最高のものを用意しなくては」
端で静かに立っていたはずのヴィスタもいつの間にか店員さんたちの中に入って、私ののドレスを選び始めた。靴や帽子まで出てきて、部屋が凄いことになっている。涙はいつの間にか引っ込んで、私は慌てて止めに入ったが、聞く耳をもってくれる人はいなかった。
サーモンピンクの足首の見える丈のドレス。白い靴と帽子。外套は軽くて可愛い刺繍が沢山入っているものを着せられて、私は部屋を出た。
もう、疲れきっていた私は、その総コーディネイトにクラクラする。これならオーダーメイドの普段着ている服のほうが絶対安いはずだ。
マルガレーテに手を引かれて部屋を出てきた私にローランドは驚いていた。
服をとはいったが、ここまでとはおもってなかっただろう。私もそうだから、彼の目が非難の色を纏っていてもなんらおかしくなかった。
「綺麗だ――。君を飾るためだけに、生まれてきたドレスだ」
ローランドの声には感嘆がにじみ出ていて、私は困惑する。そうだ、この人は凄く女性に優しい人だった――。
「でしょ~?」
マルガレーテが胸を張る。自信満々だった。
恥ずかしく思いながらもマルガレーテに促されて、クルリと回ると、ドレスが風をはらんで膨らむ。
周りから拍手が起こって、私はとてもいたたまれないまま、店を後にすることになる。
むむむ、そろそろ予定の倍になってきました。終われない~~><。三話くらいの予定だったのですが。他のも書きたいのですが、困ったなあ。