今日、失恋したようです
読んで下さってありがとうございます☆
「やめとけ。その娘は貴族だ」
三人いた男達のうちの赤い髪の一人が、私を見てそう言って引き止めた。知り合いだったろうかと思うが、思い出せない。
「ふうん。貴族のお嬢さんが護衛もつれずに、こんな格好で?」
優男はありえないだろうと、嘲笑する。エリアルの髪を触って、フッと息を吹きかける。
「結構よ。その手をはなして」
汚いものでも触れたと、エリアルは手を払った。
「随分、気の強そうな綺麗なお嬢さんだね」
エリアルの顔を見て、もう一人の男も興味深そうに見つめた。
「でも俺はこっちの子のほうが好みかな。可愛い小動物みたいじゃないか」
私は、気持ち悪くて後退る。
「や、やめてください」
大体、エリアルに触れるなんて、なんて怖ろしい。
明日は王都に血の雨が降ってしまうと、恐ろしくて震えながらエリアルを護ろうと下がった足を前に踏み出す。すると、伸びてきた固い手に手首を掴まれた。
エリアルが私に触った男のわき腹に攻撃を仕掛けようとしたのを、先程やめとけといった男が止める。あまりの速さに、男が防いで止まったときにやっと気付いた。けれど、それは私だけでなく、私の手をとった男も最初に声を掛けてきた男も一緒だったようだ。
「なんて女だ。躊躇もしないなんて――」
エリアルの手には細身の氷を削るような尖ったものが握られていた。
それを見て、男達は青褪めた。
「躊躇して、いいことなんてあるの?」
エリアルは、そう言って私を掴み、背後に庇った。
「そんな物騒なものをおもちゃにすると後悔するぞ」
危険を感じたのか赤毛の男は、友人の肩を押して、少し距離をとった。けれど、エリアルの動作に注意を払っている。
エリアルの緊張を感じて、私は気付く。
この男は不意をついたエリアルの攻撃を防いだ。それは、エリアルにとって誤算なんだと、わかった。
一瞬逡巡する――。これは出来るだけやりたくなかったけれど、私も勿論エリアルに怪我なんてしてほしくない。
私は、お腹に力を入れて力一杯空気を吸い、吐き出した。
「キャ――!! やめてください――。誰か、助けて――!」
絹を裂くような声とは、こういう声だという見本を私はエリアルに示せたと思う。
女には男にない武器があるということを、エリアルに知ってもらいたかった。
「どうした」
「あんたら、女の子に何をしたんだ」
サッとエリアルはバスケットに武器をしまった。
「大丈夫か?」
「おい、衛士をよべ!」
流石王都、大通りなだけあって、人は一瞬で集まってきて、私とエリアルに声を掛けてくれた。
「もう、その店つかえないんじゃない?」
エリアルが呟くのを聞いて、男達はサッと身を翻した。
こんな所で王都を護る衛士を呼ばれ捕まれば、それなりの身分があるものなら、恥ずかしいだろう。私の目論見は、成功したようだった。
「「ありがとうございます。助かりました」」
こういってはなんだが、年若い女の子に笑顔でお礼を言われて、嬉しくない人はいないだろう。
護衛もいつ止めるべきか迷っていたようだが、少し離れたところで顔を強張らせたまま、じっとこちらを凝視していた。エリアルが、そちらに頷くと、心得たかのようにそのまま、離れていることにしたようだった。
「気をつけてな」
「早くお帰り」
口々に心配してくれる人たちに、笑顔を大判振る舞いして、エリアルとその場を離れた。
「リリス、凄いわね。あの男達、一瞬で撃退するんだもの」
エリアルは、私にそう言った。
「エリアルは、手が早すぎよ」
「何言ってるの? 私の髪触ったときは我慢したのよ。息がかかって気持ち悪かった。でも、リリスに触れるなんて、許せない――」
どうやら、エリアルの堪忍袋が切れたのは私のせいだったようだ。今度こんなことがあったら、絶対に後ろにいようと思う。エリアルが人を傷つけるのも傷つけられるのも嫌だ。
気分を変えて、お茶でもしましょうと、店を探す。
「ここの店、美味しいのよ」
エリアルはお菓子を作るだけでなく、食べるのも好きだから、店のこともよく知ってるようだった。
「もしかして、街娘は、結婚する前から?」
エリアルは、ペロッと舌をだして、ごまかすように笑った。
「ここのスコーンが絶品なの!」
エリアルは、それなりに混んでいる店『タルトレット』に私を連れてきてくれた。
こういう店は貴族御用達ではないので、作法というものがよくわからないので、
エリアルについて、見習うことにした。
店を入ると右手にショーケースがあり、生菓子などがならんでいる。その前には日持ちするお持ち帰り用のパウンドケーキやクッキーが置いていた。
店の中はとてもいいバターや砂糖の匂いがして、期待に胸が膨らむ。ええ、胸はささやかですが。
「こっちで食事も出来るの」
左手の短い通路を歩くと、そこは広い空間があって、沢山のテーブルと椅子があった。隣との距離は近いけれど、上手くスペースがとられているから、あまり気にならないような配置になっていた。女の子が好きそうな、清潔だけど可愛い装飾が沢山あって、見ていて楽しい。
窓際の席に案内されて、歩いていると、ふと知っている声が聞こえたような気がした。
「これで私も貴方に贈れるわね」
「満足していただけましたか? これで了承していただけるんですね」
「指輪がいいと言ってたわね。そうね、これで結婚てことになるのね」
その声を、知っている。
声に知性というものは反映されるのだろうかと、そう思っていた。彼の声は、誰よりも安心感があった。昔は、少し高かったけれど、青年になり、彼の声はバリトンになった。柔らかな低音は、甘い言葉を投げかけてくるときだけ、少し掠れる。
エリアルが、私の足が止まったことに気付き、振り返り、体を強張らせた。
エリアルからは見えたのだろう、立ちすくむ私の後ろのテーブルに座る一組のカップルの姿が。私の耳に問題がなければ、そこにいるのはハール様と、女性のはずだ。
話の内容からすると、二人の間には噂の『サリス宝飾店』の指輪があるのだろう。
エリアルの顔が揺れる。
あ、私は泣いてしまったのか……。歪む視界にそう気付いた。
「待って! リリス!」
私はたまらず、逃げた――。
エリアルの声が聞こえているのに、私は店を飛び出した。
エリアルは、そこにいたハール様を問い詰めるべきか、私を追うか迷ったようだった。
「え? リリス?」
慌てたようなハール様の声が、私の脳裏に焼きついた。
私は、街を走った。ハール様に会いたくない。エリアルにもこんな惨めな自分を見て欲しくなかった。
あんなに、愛してるといってたのに、ハール様は私じゃない人と結婚するのか――。
自信のない自分、ハール様の愛を信じられない自分、胸だって小さい。こんな自分が、ハール様と結婚出来るわけがなかったのだ。
ハール様と一緒にいた女性はブルネットの巻き毛が美しい綺麗な人だった。胸も大きかった。意思の強そうな瞳は、エリアルに少しだけ似ている――、そう思ったら、たまらなく惨めに思えた。
思ったよりサクサクと話が進みました~。楽しい~♪