いつもと違う景色
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そんな私の耳にハール様が結婚をするようだと噂が入った。
私たちは、まだ婚約をすませていない。では、だれと結婚するというのだろうかと、凍りつく笑顔の裏で、人事のように私はその話を聞いていた。
この国では、知り合って直ぐ婚約とか結婚という流れにはならない。恋人同士になってから、愛を育て、その愛が周りに認められたかなと親が判断したら、婚約ということになる。
親友のエリアルのように、電撃的に結婚というのは、本来ならあまりいいことではないのだ。エリアル達は、アルテイル侯爵家の悲劇というものがあったから、盛大に皆に祝われて結婚までの速さも物語のように語られている。
私たちは、幼馴染だけれど、二人の間に恋というものが認識されたのは、私の十六歳の舞踏会デビューのときだった。だから、十七歳の春、エリアルの結婚式の頃に婚約という運びになるだろうと思っていた。
「コンテス子爵が、金色の髪の綺麗な方とサリスの宝飾店で指輪をみていたそうよ」
その人は母親と同じ歳くらいの伯爵夫人だった。
今日は、叔母様のお茶会に呼ばれていたから、歳の若い人は少なかった。あまり面白くないなと思いながら、お茶を飲んでいるとそう言われた。
「まぁ、そんなはずはありませんわ。コンテス様は、このリリスとお付き合いしていただいてるのですよ」
叔母様は、微笑みながらも視線は笑っていなかった。
「そうですの? 私も見かけたと聞いていただけですから」
伯爵夫人は、そう言って言葉を濁した。叔母の怒りが伝わったのだろう。
「きっとあなたのものをエリアル様にお願いして、選んでもらっただけですよ」
叔母は優しく私にそう言った。
「そうね」
と言いながら、私の心は晴れなかった。
二人で出かけていたのだろうか。
二人で一緒にいれば、ハール様はまたエリアルのことが好きになるんじゃないだろうかと、不安になる。馬鹿馬鹿しい、そんなことはないはずだと自分に言い聞かせながらも、私の気持ちは晴れることはなかった。
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「エリアル、貴方ハール様とお出かけとかした?」
突撃する場所は変わったが、相変わらず私はエリアルの家に遊びにいく。
エリアルは、庭の木で燻製のハムを作っていた。
「そこにいると匂いが移るから、家にはいりましょう」
侯爵夫人になってもエリアルは相変わらずだった。後は料理人がみてくれるから気にしなくていいといって、突然訪れたリリスの手をひいて部屋に入った。
「突然ね。ハールと私が? 出かけるわけないじゃない。リリスがいるならともかく」
エリアルは、男の人の気持ちはわからないが、女の気持ちは分かると言って笑った。
「私だって、アルフォードがリリスと二人で出かけたりしたら、気になるもの」
私は少なからずホッとした。こんな些細なことが気になる私は、心の狭い人間なんじゃないかと思えてしかたなかったからだ。
エリアルは「普通よ。だって女だもの」と言った。
「そんなに愛されてても不安に思うものなの?」
エリアルとアルフォード様は、周りが砂を吐くというくらい甘くてラブラブだ。そして、それを隠そうともしていないから、てっきりそういう嫉妬とは無縁のように思っていたのだけれど。
「愛されてると思ってるし、私も愛してるわ。でも、嫉妬ってそんなものに関係ないんじゃないかしら? それに、それをいうならリリスだって一緒よ。ハールのあのリリスへの愛のだだ漏れ感、もうどんなけ好きなのっていいたくなるくらい」
あんな顔できたのね~と笑う。
愛を囁いてくれるけど、だだ漏れ? 不思議に思って首を傾げると、「もう、可愛い」と抱きついてくる。
「でもね、リリス。私、一つだけ聞きたいのだけれど」
その伯爵夫人の名前、教えてくれるわよね? パワーアップしたエリアルに睨まれたら、あの女性はどうなってしまうのだろうと、不安になりながらも、リリスは名前を告げた。
「私の大事なリリスを不安にするなんて、酷い人ね」
エリアルは、獲物を狙う猛禽類の瞳で、壮絶に笑む。
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次の日、エリアルは調査をすると言って、街娘の格好でやってきた。
いつも着るドレスとは違う茶色のワンピースに白いエプロンをしていた。髪は後ろで一つにまとめて、質素なリボンで結んでいる。この格好であの馬車から降りてきたのかと、呆れる。
私に紺色の同じようなワンピースを着せてお揃いのエプロンとお揃いの白いリボン。バスケットに野菜をいくつか仕込んで、買い物という変装らしい。
たまにアルフォード様と変装して街に出かけるらしい。まぁ、黒い髪にあんな大きな男の人は他にいないから、直ぐに軍務指令閣下だとばれるのだけど、街の人たちは気にせず相手をしてくれるらしい。いい国だなと、その話を聞いて思った。
街の大通りの側までエリアルの侍女が用意した豪華でない馬車に乗って、護衛も三人隠れて付いてきてるけど、二人でやってきた。
何だか、ワクワクする――。
「ね、楽しいでしょ?」
エリアルは私の興味津々に街を見つめる瞳を覗き込んだ。
「ええ、いつもと違う景色ね」
同じ王都の大通り、なのにいつもと違う服装でこんなに気分が変わるのかと不思議に思った。
「いきましょ」
エリアルは、やはり手を繋ぐ。手を繋いで買い物する街娘はいないと思うのだけど、嬉しくて握りかえす。
調査と言っても、そこはそれ、年頃の娘だから買い物は可愛いものに目がない。
「あ、この香水好きだわ……」
「これ、美味しいわよ」
ええええええ、公爵夫人が歩き食いって――。
流石に目を瞠り、護衛のほうをみると、エリアルの家人達は見ない振りをしていた。
いい人たちだ……。
「ここね。噂の宝飾店は。でも、よく考えたら、この格好でこの店は入れないんじゃ」
エリアルはその考えに思い至って落ち込んでいた。変装=街娘だったのだろう。
「やぁ、可愛いお嬢さんたちだ。入りたいの? そうだな、この後私たちについて来てくれるなら、なにか買ってあげてもいいよ」
落ち込むエリアルの肩を抱いて、男はそう言った。決して悪くない顔立ちだが、その軽い言動はあまり褒められたものではなかった。