恋文
読んで下さってありがとうございます☆
私は次の日にエリアルのところに行くつもりだったのだけど、残念ながら風邪を引いてしまった。
昨日は沢山のことが色々あったから仕方ないことだけど。
熱にうなされながら、私はそれでも幸せだった。夜になって、気がついたらハール様からは花束とプティングが届けられていた。
アシュレー洋菓子店のりんごのプティングは私の好物で、熱で火照った身体でも食べる事ができた。甘く煮たりんごが底に敷き詰められていて、それをベッドで食べながら、ハール様からの手紙を読んだ。
リリス、身体を壊すほど君を傷つけてしまったことを後悔している。
君に何度でも許しを請いたい。君の声を聞きたい。君に口付けたい。
愛してる。君が怖がるといけないと思って今までおれは自分を抑えすぎていたように思える。これからは、君への愛を君に届けて行きたい。
今日、アルテイル閣下を立会人として、君の父上に結婚のお許しをもらいに行った。お許しをいただけたので、晴れておれは君の婚約者となった。
早く君を妻に迎えたい。愛している。君に許しを貰う前に挨拶にいったことを怒らないでほしい。
愛している。早く良くなって、おれに君の可愛い笑顔をみせて欲しい。
ハール・スレイル・コンテス
これは……本当にハール様だろうか? 私はもう一度署名をみて首を傾げた。
確かにハール様だ。彼も熱でも出たのだろうか。
それに……、お父様に許しを貰ったって? 父は、母を連れてリアナ湖へ行っているはずだった。喧嘩ばっかりする割りに私の両親は仲がいい。喧嘩して、仲直りして……何十年続ければ気がすむのだろうかと思う。
「私がハール様の婚約者……」
声に出すと途端に真っ赤になってしまったのがわかる。侍女のアンが慌てて駆け寄ってきて、私の額に手を置いて「大変です、熱が上がってます」と私をシーツに押し込めた。
「待って。お手紙だけ読ませて」
エリアルからの手紙もあった。今日行くといってたのに、いけなかったので熱がでたことだけ知らせてもらったのだ。
大好きなリリスへ
やっとあのヘタレが貴女に気持ちを告げたと聞きました。良かったわ。あなた達はお互いを思いやりすぎて、前に進めないのだとわかっていてハールには何度か発破をかけたつもりだったのだけど、やはり貴女の涙ほど強力なものはないわね。
貴女の体調が戻れば、来週にでもクラリーチェ姫をお誘いしてお茶会しましょう。彼女には私、悪い事をしてしまったの。一緒に謝ってくれると嬉しいわ。
熱にはりんごがいいから、届けるわね。
エリアル・シュノーク・アルテイル
ヘタレ……。エリアルが言いそうな言葉だと笑える。でもきっと昨日からのハール様を伝えたら、ヘタレは返上してくれるんじゃないかしらと思う。
クラリーチェ姫、本当はどんな方なのかしら。楽しみだ。何をしてしまったのかしら……エリアルったら、本当に――、可愛いんだから。一人で謝れないのかしら。
「だめです、お嬢様、早くお休みになってください」
泣きそうな顔でそういうアンに頷いて私は横になった。熱はあるけれど、長年思い悩んでいたことが解決された私はぐっすり眠る事ができた。
晴れた日の午後、王宮からお客様がいらっしゃった。勿論ここはアルテイル侯爵家だ。
エリアルは、いらっしゃったクラリーチェ姫をお出迎えして、居間にお通しした。彼女をもてなすために生けられた数々の花、王宮に出かけるよりは落ち着いた色の昼のドレスを着たエリアルは、花よりも美しく艶やかだった。
「マーゼアル国のクラリーチェです。この度はお家に呼んでいただいてとても嬉しくおもっております」
ブルネットの髪をアップにまとめて真珠と白い小さな花で飾ったクラリーチェ姫は、大人の魅力の溢れた笑顔でエリアルと私に微笑んだ。瞳の色である濃い緑色のドレスは個人のお茶会とあって大人しい色だったが、彼女の知的な瞳にとても似合っていた。
私はハール様が贈ってくださったピンクのドレスだが、子供ぽかったかしらと少し心配になる。
「エリアル・シュノーク・アルテイルでございます。この度は私どものお茶会にいらしてくださって、恐悦至極にございます」
他国の王族とあって、エリアルも普段とは違った言葉遣いでクラリーチェ姫にお辞儀をした。私も後ろで頭を下げた。
「あら、じゃあ貴女があの時の?」
クラリーチェ姫は驚いたようにエリアルを見つめて、側によったかと思うとガシッとエリアルの胸を掴まれた。
エリアルは戸惑いながらもどうする事もできずに、触られている胸を見下ろしていた。
「「「「ひッ」」」」
その場が、凍りついたのはいうまでもない――。
「本物なのね……」
クラリーチェ姫の呟きにエリアルの頬が引きつっていた。
「ごめんなさい。私、胸の研究をしてるのよ。というか義胸のね。一度王族をでているし、普段は王宮の端にある研究所にいるから、普通にしゃべってくれていいわよ。肩がこるのよ」
流石、街にお忍びするだけのことはある……。私が挨拶するときに胸を触られなかった理由がわかった。どちらかというと私は義胸のお世話になるほうの人間だからだ。
「リチェって呼んでくれる? エリアルとリリスでいいかしら?」
人懐っこい微笑みは、十歳も年上とは思えない。
「「はい。喜んで」」
私達がそういうと、彼女はもう一度エリアルの許可をえて、胸を触っている。
「貴女のは半分筋肉ね……」
クラリーチェ姫は触り心地に少し難があるといった。
「私の国は美容とかに凄いこだわりがあるのよ。だから義胸も研究対象なのよ。リリスには今度プレゼントしてあげるわ。ちなみに私のこれも義胸だから」
触るとプルプルして気持ちよかった。
「今回は私が悪かったわ。リリスには悪い事をしたと反省してます。ごめんなさい」
お茶を頂きながら姫の国のことを聞いたりしていたのだけれど、クラリーチェ姫は少し目線を彷徨わせると、私にそういって頭を下げた。
王族に頭を下げさせるなんて! と慌てたが、「帰るところがないから王族にもどっただけだから」と寂しげにクラリーチェ姫は私の手をとった。
「コンテス様が貴女のために必死になってるのを私は利用したの。でも、まさかあんな事になるなんて思いもしなかったのよ」
「リチェ、私こそごめんなさい。怖かったでしょ?」
「そうね、エリアル、顔が綺麗なだけあって迫力があって怖かったわ」
と、思い出したようにそういって肩を震わせた。
そんなに怖かったのかしら……と心配になって俯いているクラリーチェ姫を覗き込むと、顔を真っ赤にして何かを耐えるように手を握っていた。
「そんなに……堪えなくてもいいわ。笑っていいわよ」
エリアルがそう言うと、クラリーチェ姫は顔を上げて笑い始めた。
「お腹いたいわ……」
笑った後、呆れたようなエリアルに涙を拭いてもらって、クラリーチェ姫はそう言った。
「だって、エリアル強いんだもの。リリスが去ったのを追いかけようとしたコンテス様の肩を掴んで鳩尾に拳を叩き込んだかと思ったら、両手を組んで頭に……。あんな強い女性初めてみたわ。コンテス様はテーブルと椅子を巻き込んで倒れて額からは血が流れるし……。本当に怖かったわ。護衛についてきてた騎士様たちもエリアルの顔をみて、手を出せないし」
確かに上司の妻を拘束するわけにはいかなかったのだろう。
「コンテス様が仕事だといわなければ、殺されていたんじゃないかしら……」
真っ青になってエリアルを眺めると、「そんなことないわ。ハールはそんなやわじゃないわよ」と言った。
「私、こんな強くて美しい公爵夫人がいるなんて思ってもみなかったわ」
また笑いが込み上げてきたらしいクラリーチェ姫は、涙を滲ませながら私に言った。
「リチェ、エリアルは強くて美しいだけじゃないのよ。優しいの」
エリアルの頬にキスをして「心配かけてごめんなさい」と言うと、抱きしめられた。
「あなた達ラブラブね。旦那様や恋人が哀れだわ」
クラリーチェ姫は、私達を見て、溜息交じりにそう言った。
「今から、リリスの結婚式の宝飾品について話合いましょう。指輪についてはコンテス様からの指示通りに作ろうと思うのだけど、折角仲良くなれたのだもの。そっちも買ってもらいましょう。私がいうのもなんだけど、うちのピンクダイヤはリリスにぴったりだわ」
エリアルは自分の時は全く興味がなかったのに、私の結婚式の話となると興味があるらしく、クラリーチェ姫が持ってきたネックレスやティアラをみると、歓声を上げた。片っ端から私の首やら頭に乗せていく。
「この色味がいいわ。リリスにぴったりじゃない?」
「こっちはどうかしら?」
勿論私は好きな分野だから、身を乗り出す。
「でもこれを買ったらハール、お金なくなっちゃうんじゃない?」
エリアルの一言で手が止まる。
確かに……。王族が使うような宝石まであるのだ。絶対無理だと、冷静になればわかる。
「そうね、でも結婚式のために貸すことはできるわよ。別に全部買う必要もないわよ。こんな煌びやかなティアラやここまで大きなネックレスは普段使えるものでもないんだし。結婚式の間だけとかは嫌かしら?」
嫌なわけがない。だってこんな素敵なもの一生つけることなんて出来ないだろうと思うし。
「でも、もし無くしてしまったら……」
恐怖で震えそうになる。
「その時はうちの国で一生ただ働きね……」
「いいわ。私が借りるわ。これほどリリスに似合うものを見てしまったら、他のもので妥協できないもの」
「だ、だめよ……アルフォード様もお怒りになるわ」
一瞬考えたようなエリアルが笑顔になる。
「その時は私が一生アルフォードに尽くすわ」
「なくさなくても尽くしそうね……」
確かに貴族としての規模も違うアルテイル侯爵なら立て替えることはできるだろうが、そんなことに頷くわけにいかなかった。
青くなった私の肩をトントンとクラリーチェ姫が叩く。
「嘘よ。これはちゃんとプレゼン用の宝石なの。これを使って宝石の素晴らしさを広めるために作られているの。だから、保険もかけてあるのよ。無くすこともないから、安心してちょうだい」
ニッコリと笑う瞳の奥に、いたずらっ子という彼女の本性が垣間見えた。
「もう、リチェったら」
私は宝石を前にウフフと笑い合う二人を少し遠くに感じるのだった。
明日から通常業務の方も多いと思います。疲れた胃腸を癒しつつがんばりましょう♪




