初恋
読んで下さってありがとうございます。
『弓&刃物?』のリリスのお話です。
私には好きな人がいる。
小さな時、森であった少年だ。
私が大人になるのと同じように、彼はは立派な青年に成長した。
まばゆい笑顔は、私ではない人に――。
心のこもった贈り物は、私でない人に――。
愛は、誰に囁くのだろうかと思ったとき、いても立ってもいられなかった。
彼の愛する人は私の親友。
私は親友に頼んで、初めての舞踏会のパートナーを彼にお願いしてしまった。
私はなんて酷い女だろう。彼が、親友のことが好きだと知っていて、彼女の願いを断れないだろうと分かっていて、そんな酷いことを願った。
「ハール様……」
彼の名前を呟くだけで、私は泣きそうになる。
彼はきっと私を許してくれるだろう。
そんな人だ――。そんなところを好きになった。
初めて、会ったときは森の中だった。
次に会ったとき、彼は湖で親友のエリアルに魚を獲って来いと突き落とされていた。覚えたばかりの魚の捌き方を披露するためだけに、ハール様を落とすなんて……と思ってはいたけれど、魚はとても美味しかった。
その次は、エリアルがりんごの樹に登っているのを危ないからと下ろそうとしたハール様は、りんご攻撃にあっていた。そのりんごは拾って、皆で剥いて食べた。ちょっと酸っぱかったけれど、とても美味しくいただいた。
私の両親はとても仲がいいが、何故か二人だと子供っぽい喧嘩が多かった。子供の前だからといって喧嘩を控えるわけでもなかったので、私は旦那様になる人は思いやりがあるおおらかな人がいいと常々思っていた。そんな私の中でハール様は大きな存在になっていった。
ある時、エリアルがハール様との出会いのことを言っていた。
「森で会ったっていってたんだけど、全然覚えてないのよね」
エリアルも森でハール様に出会ったのかと思っていた。
二人の家の領地は隣同士だし、父親同士が仲が良かったから、森で出会っていてもおかしくない。私が出会った森はエリアルの家の領地なんだもの。
けれど、私の中で、もしかして……と淡い期待があったのは、確かだ。
ハール様と出会ったのは自分ではないだろうか。ハール様も勘違いしてるのではないだろうか……。
一度湧いたその考えが頭の中一杯に広がった。
私は、ハール様がパートナーを引き受けてくださった舞踏会で、そのことを匂わせた。
「あの時、りんご、重くない?って聞いてくれたでしょう」
ハール様は、呆然と声を失っていた。疑問が確信に変わった瞬間だった。
「ハール様がエリアルを好きなのもわかっているんです。でもどうしても、初めての舞踏会はハール様にエスコートしていただきたくて、無理をいいました。ごめんなさい」
苦しくて、声が詰まりそうになった――。それでも、言葉に出さなくては。
「ありがとうございました」
そう声に出した途端に、涙が堪えられず、こぼれた。慌てて拭こうとした手をハール様がとって、考え込むように眉間に皺を寄せた。
ハール様は、私の震える手をそっと握って言った。
「リリス、こんなことを言う自分を軽蔑していただいてもいいのですが・・・、どうやら、私の求めていたのは、リリスのようです。まだ自分の中がよくわかっていなくて・・・。私はもっとあなたのことが知りたい・・・」
やはり、エリアルではなかったのだ――と、ホッとするのが半分、こんな風にハール様の気持ちを試してしまったという申し訳なさが半分。私の心は揺れた。
「言ってる意味がよくわかりません」
ハール様の瞳に戸惑いはなく、すっきりしたような顔が印象的だった。
ハール様は続ける。
「私は、りんごをくれた天使は、エリアルだとおもっていたのですが」
そうだろう。私もエリアルもそう思っていた。
私は、私のあげたりんごは彼の心に残らず、エリアルと出会ったことだけが、彼の心を捕えたのだと思っていたのだ。
「あの日は、エリアルが風邪をひいてしまったのです。私はクレイン兄様にお願いして森にあるりんごの木まで連れて行ってもらいました。そこでハール様に出会ったのです」
エリアルのためにとっていたりんごをハール様にさし上げたときは、こんなに好きになると思ってなかった――。
ハール様は頭を抱えたので、私は心配になる。
彼の気持ちを知りたいという欲求と、こんなことを言い出した私を嫌いになってしまうのではないかという恐怖が混ざり合い、止まったはずの涙がこぼれそうになる。
私は沈黙に耐えられず、ハール様に尋ねた。
「どうしたのですか」
ハール様は、声もなく私を見つめている。考えごとをしてるのだと思っていたら、可笑しそうにハール様は笑った。その笑顔に私の中のハール様の存在する部分がキュンとなった。
「いや、おれは本当に間がぬけているな・・・と思って」
ハール様が私の手を握って、そして膝をついた。
「こんな間抜けな男で申し訳ないが、私の天使となっていただけますか」
手の甲に唇を寄せられて、私は混乱しながらも頷いた。
「わたしでよければ、あの、ハール様、立ってくださいませ」
頬が熱くなる。私はハール様に、立つようにお願いした。
ハール様は、私との距離を縮めたかと思うと、頬にそっとキスをした。
「ハール様」
抱き寄せられて、そのあまりの近さに頬が赤くなるのが分かった。ハール様は、意外に筋肉質で、優しく抱きしめられたのに、その力強さは男の人なんだなと思った。
私が抱きつくのも抱き疲れるのも、親友のエリアルだけだったから、その違いに驚いた。
「踊りましょうか」
引き寄せられていた耳元で、ハール様は囁く。言葉に温度を感じることが出来るとすれば、その熱さに焼かれそうな気がした。
ハール様は、この日から毎日小さな花束を贈ってくれた。
お休みの度に私を誘って、あちこちへ連れ出してくれた。
二人でボートに乗ったとき、馬車であちこちへ連れて行ってくれるたび、私の手をとって愛を囁いてくれる。
親友は言う。
「貴方達は本当に素敵なカップルだわ。幸せになるのよ」
でも私は、私はこんなに幸せなのに、まだ信じきれていなかった。
愛を囁く彼の声を心地いいと聞きながら、唇の熱さに翻弄されながら、彼が本当に好きなのは、私ではないのではないか、そう思っていたのだった。
ブックマークが1000を達成した記念に何かお礼をこめて話を・・・と思って書きました。エリアルが主人公ではありません。感想で他のキャラで話書いたらいいよという声に導かれて(笑)。読んでくれると嬉しいです。
同じ日に『弓&刃物?』をシリーズ構成にします。活動報告で書いた小話は、『侯爵夫人のお茶会』とでもしましょうか。そちらも読んでないかたがいらっしゃったら、覗いてみてくださいませ。最初はいくつかの短編を『公爵夫人のお友達』としようとおもったのですが、思ったより長引きそうなので、変更しました。
一話は、『弓&刃物?』にあったリリスとハールの舞踏会の部分になるので、この場面みた~と懐かしんでください(笑)。