あるいは鳥のように
首とかあるので注意
「知っているの? ねえ知っているの? 君にはどうやったって知ることのできないことがあるのを知っているの?」
彼女はくるくる回った。白いとても軽そうなワンピースが、彼女の膝くらいまでを覗かせる。僕は何とも言えない顔をしていたはずだ。
「知っているのならば私は笑うでしょう。知らないならば私は笑うでしょう。どうやったって私は笑ったままよ。淑女たるものそうあるべきでしょう?」
でしょう? 少しだけ反響した高い声。彼女はもう一度だけくるりと回る。髪の毛も楽しそうにふわふわ揺れた。僕は何とも言えない顔をしているだろう。
「なんとか言っても良いのに。私は待っているよ。待っているわ」
彼女はふと哀しげに目を伏せた。それもいっそ軽薄と言っていいほど軽々しく。どこまでもとらえどころのない人だった。捕らわれずにいつか浮かんで消えるのを待っているのだ。
「そう、そう! 私は消えるのを待っているの! 生まれたことすら忘れ去られたらどんなに素晴らしいか! 私はいなかった、いなかったわ。そうでしょう!」
僕は何とも言えない顔を貫いた。彼女はくるくる回っている。頬に手を当てて素晴らしい笑顔で。すこしだけ朱がさした顔はまだ全然白かった。
「私がいるという事実を消し、私がいたという可能性を消し、私がいると思うみんな消してしまえば! 私は消えれるかしら?」
彼女はその軽薄そうな身のこなしのまま、すっと右手を振った。そこに当たり前のようにナイフが握られている。目は一直線にこちらへ。彼女は三日月の瞳で僕を見た。
「消えれるでしょうきっときっと! ああ試さなくっちゃ早く早く!」
懐にナイフを構え、彼女は走り出す。きっとすぐに僕までたどり着くだろう。しかし何とも言えない顔を崩さない。だって僕はこの先を知っているのだ。
彼女が僕まであと数歩のところで足を止める。止められた。彼女の三日月がひどくゆっくりと不思議そうな顔に変わって、ぱたりと倒れた。その体は腰辺りで突然途切れている。切り口は真っ白な羽毛で見えなかった。真っ二つに分かれた彼女が僕を見上げる。下半身はあっという間にすべてを羽に姿を変えて、それも消える。頭のある彼女もだんだんと羽に変わり始めた。
「ああ、あああ――――、私は、消えれるのかしら? 消えているのかしら? いるのかしら!」
嬉しそうに彼女は言った。僕を見ている。僕にも同意を求めている。だから僕はようやく、口を開く気になった。
「違うよ。君は死んで行いくだけだ」
「ふふっ、あはは、私は消えていくのね! ああ、ああ! よかった」
しかし彼女は僕の声が聞こえないらしかった。僕はため息をついて、そこに腰を下ろした。しかしもう彼女は僕を追わない。羽はもう彼女の肩に迫っている。もう一度ため息をついて、最早首だけの彼女を拾い上げる。彼女は笑い続けていた。僕はそっとそれを抱きしめて、少し暖かいと思った瞬間にすべては羽になる。真っ白なそれが凄惨そうにあたりに散らばって、一枚、また一枚と消えていく。
そうしてすべて消えて、僕は最愛の一人娘をなくした。