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第六話 「騎士の国の愉快な仲間達(上)」



「社交辞令だなどと、つまらぬことを言いおって。そなたは気の利かぬ男じゃ、ナサニエル。ときめき王宮らぶろまんすを作って、わらわを楽しませぬか」


 夫ディアンが別の職務で他の護衛騎士を連れて王と王后の職務室を出て行ってしまうと、黙々と書類に目を通しているナサニエルにミズノトは不満げな顔で言った。

 声を掛けられたナサニエルは、顔を上げると笑みを湛えて王后を真っ直ぐに見返した。


「ご満足いただけず、申し訳ありません。『王宮らぶろまんす』とは具体的に何を指すお言葉なのかお教えいただけますでしょうか?」

「ふむ、そうじゃのう……。王と王后の筆頭護衛の次期騎士長が、望まぬ政略結婚に涙する王女を攫って逃亡、王女のしすこん弟が目を血走らせて追いかけ、二人が決闘しておる間に、王子の筆頭護衛の口の利き方を知らぬ騎士と騎士に恋する王女がめでたく結ばれる、というのはどうじゃ? はらはらどきどき乙女が胸きゅん涙ほろりの『王宮らぶろまんす』じゃ!」


「これは又、笑えないお話で」

 薄く微笑んだままそう言うと会話の終了を勝手に決め込み、ナサニエルが書類の片付けを再開すると、ミズノトは妖艶に笑って見せた。

「どうじゃ、ナサニエル? 『王宮らぶろまんす』やらぬのかえ?」

「王女が『口の利き方を知らない騎士』と結ばれるというのは納得いきませんね」

 明らかに王后が自分をからかって楽しんでいる事に心の中で溜息を吐いて、書類に目を通しながら興味無さげに言うと、ミズノトは優雅に立ち上がりナサニエルの机の前に来た。


「ほう、それでは誰が良いのじゃ? 次期騎士長かえ?」

 王后に見下ろされて、ナサニエルは流石に書類から顔を上げて王后を見上げた。

「いいえ。やはりここは、政略結婚相手の王子にご活躍いただきまして、王女と結ばれていただかなくては。両国の為にも」

 その答えに、ミズノトは手にしていた扇をぱちんと音を立てて閉じた。


「おぬしは真面目過ぎてつまらぬ」

「それだけが取り柄ですから」

 ナサニエルが目を逸らさずに自分を見返すと、ミズノトは面白そうに彼の顎を扇で持ち上げた。

「落ち着いた顔の裏で策を興じるおぬしが、かえ?」

「買い被り過ぎですよ、ミズノト様」

 神秘的な容姿の妖艶な王后に扇で顎を持ち上げられている状況でも表情一つ変えないナサニエルに、ミズノトは彼の顎を解放し、扇をぱらりと開いた。


「ショーンを焚き付けるとするかのう」

 挙げられた親友の名に、ナサニエルは少しだけ目を細めた。

「『口の利き方を知らない騎士』は、あれでいて大変忠義者ですから、王后様お望みの『王宮らぶろまんす』の可能性はありません」

 自分が標的ならばいくらでも回避可能だが、親友を標的にされては堪らない。

 何よりも、ショーンが初恋の相手であるシャナンの気持ちを考えると、彼が悪戯に近づいて彼女の心をかき乱すのを避けたかった。

 それくらい心得ているだろうに、何か別の意図があるのだろうか? とナサニエルは美貌の王后の神秘的な紫の瞳をじっと見詰めて真意を探ろうとした。



「この国の騎士達は皆忠心が高過ぎてつまらぬわ。わらわは刺激が欲しいのじゃ。『めろどらま』が見たいのじゃ。……そうじゃ、アズルガートの王子達には期待出来るやもしれぬ」

 ミズノトは扇を弄びながら席に戻り、何も考えていない快楽主義者のように気ままに言った。

 ナサニエルは心をかき乱されつつも、表向きはいつもと変わらぬ表情で王后に対応する。


「何をご期待していらっしゃるのですか? 聞かなくとも想像は付きますが、一応お聞き致します」

 ナサニエルの言葉に、ミズノトは楽しそうに笑った。

「シャナンを巡る三兄弟の愛憎激じゃ。古典的で良いのう。弟王子達が見目麗しいというのがまた、乙女心をくすぐるのじゃ。ぎゃくはーれむじゃ。乙女の夢じゃ。ときめいてしまうのう」

 今日の王后はどうも自分の心をかき乱すことを望んでいるらしい、と悟り、ナサニエルは心の中で本日何度目かの溜息を吐いた。

「この場合、『乙女』とは、どなたの事を指す代名詞なのでしょうか?」

 ミズノトは、再びぱちんっと扇を閉じてナサニエルを見据えた。

「無論、わらわじゃ」

「……」


「目を逸らすでない。ナサニエル、そなたは相変わらず無礼者よのう」

 ミズノトの言葉に無言で目を逸らしたままのナサニエルの顔めがけて閉じられた扇が飛んで来たが、次期騎士長最有力候補の彼はそれを軽く片手で受け止めた。

 深く溜息を吐き、ナサニエルは立ち上がると、扇を持ち主の下へ献上する。


「僭越ながら、我らがケルトレア王后様ともあろうお方が、乙女という言葉の定義をご存じないようですね? あなた様の場合、心身共に定義から大きく外れております」

 扇を受け取ってナサニエルの言葉を聞くとミズノトは、受け取った扇でぺちっとナサニエルの額を叩いた。

「何を言うか、この痴れ者め。わらわが乙女と言うたら、わらわは乙女なのじゃ。おぬしの言う定義とやらを、覆してやるわ。明日の朝議に掛けようぞ」  


「陛下、お止め下さい。泣きますよ?」

 相変わらず微笑を湛えたまま、ナサニエルが言った言葉に、ミズノトは形の良い眉を寄せた。

「……誰が泣くのじゃ?」

「私です。……どうです、想像すると気味が悪いでしょう? 夢に見て魘されますよ?」

 少々驚いた顔でミズノトは瞬きをしてナサニエルの顔を見ると、ナサニエルが泣く姿を想像し、これでもかというほど嫌そうな顔をした。

「……確かに不気味じゃのう。……では、わらわはディアンの乙女じゃ。どうじゃ、これならば文句もなかろう?」

「妥協致しましょう。勝手にのろけているくらいは女神もお許し下さるでしょう。公務に差し障りの無い程度でお願いいただきたいものですが」

 ナサニエルが席に着き、仕事を再開しようとすると、王后がまた声を掛けた。

「まったく、ナサニエルは我侭じゃのう。わらわは、なんと心が広く、乙女で可憐な王后であろうか」


「……」

「なんじゃ、ナサニエル。言いたい事があるのならば、申してみよ」

「午後の公務の件ですが、予定通り2時から謁見の間にて執り行われます。その際の注意事項ですが……」

 すました顔のナサニエルに、ミズノトは面白そうに笑った。 

「わらわを無視するとは良い度胸じゃ」

「最近年の所為か、耳が遠くて。申し訳ありません。……何か仰いましたか?」

 ナサニエルは微笑を湛え、白々しく言い、ミズノトはくつくつと笑った。

「わらわの半分程しか生きていない小童が、小賢しいのう」

「恐れ入ります」


 頭を下げるナサニエルを見て、ミズノトはフンッと鼻を鳴らした。

 ミズノトは、自分に臆する事のないナサニエルを大変気に入っている。 個人的には、娘の婿に貰いたいくらいだ。

 それが、今日のミズノトのナサニエルいじめの理由だった。



 彼がその常に冷静な顔の下で、物心付いた頃からずっとシャナンに恋をしていることくらい、ミズノトは良く心得ている。

 ナサニエルは、全く子供らしくない子供だった。賢く状況を判断する事に長けた彼は、4つ5つの頃から自分の感情を隠す事を知っていたのだ。


 丁度その頃、ナサニエルの一つ年上のシャナンは、彼女と同い年で別の「聖騎士爵家」の嫡男ショーン・グレンファーに初恋をしていた。

 幼いながらにもナサニエルは、シャナンが自分ではなく自分の友人に特別な好意を持っている事を理解し、自分のシャナンに対する好意はきちんと隠すようにしていたのだ。


 表向きは大雑把で適当なくせに、王への忠誠だけは断固としたものであるショーンは、シャナンの好意に異性としては決して答えようとはしなかった。

 惚れっぽく飽きっぽいシャナンが、ショーンではなく他の男に興味を持っても、ナサニエルは自分の好意を隠し続けている。

 ナサニエルも「聖騎士爵家」の出身者として、王家への忠誠心はショーンと同じで、シャナンをどうこうしたいなどと考えることはないのだろう。

 建国から400年もの間「聖騎士爵家」の者達は王家に忠誠を誓っているが、特に、久々に戴いた賢王である現国王ディアン・ケルダーナに対する忠誠は、彼が成し遂げて来た事により絶対的であるのだ。


 シャナンは、ナサニエルが自分に異性としての好意を寄せているなどとは、夢にも思っていない。

 「器用なくせに不器用な男」だとミズノトは思う。

 ナサニエルがシャナンを欲しいと言えば、どうにかしてやらない事もない、とミズノトはずっと思っていた。それは夫であるケルトレア国王も同じだ。それだけ二人はナサニエルを評価しているのだ。


 しかし、それには各所で多大な覚悟と犠牲が必要となる。

 安定したデイアンの治世下で権力の均等が取れている今、聖騎士爵家の一つオルデス家の跡継ぎに王女を降嫁させるのは、害あれど利は無いからだ。

 400年の歴史の中で、王女を聖騎士爵家に降嫁させた前例は何度かあると記録にも残っている。

 しかし、五家の一つを特待して均等を崩すことは、出来れば避けたいことだ。

 一つの家の贔屓やその逆は歴史上度々起こったが、多くの場合においてその時期は国が乱れている。ディアンの治世以前のここ数代のケルトレア王国でも同様だ。


 王女を貰わずとも長年王家に忠誠を誓っている家であり、現在は関係も良好なのだから、ケルトレア王国のたった一人の王女であるシャナンの価値を考えると、全く割に合わないのだ。

 更に、シャナンの弟である世継ぎの王子テウタテスが、姉に異常に執着して依存している事も問題である。

 世継ぎの王子には、それ相応の姫を嫁に貰い王家の存続の為に子をなして貰わねば困るのに、このままシャナンが側にいてはどんな美姫を貰っても上手くいきそうにない。


 やはり、シャナンも王女に生まれたからには、自分のように他国に嫁ぐかのが定めだろうか、とミズノトは思いを巡らす。

 政略結婚で国の為に遠国へ嫁いで来た自分は、素晴らしい夫に恵まれ、この上なく幸せな人生を得た。これがとても珍しいことで、自分はとても運が良かったのだということくらい、良く理解している。


 アズルガート王国の第一王子は、どんな男なのだろうか。

 娘が自分と同様にアズルガート王国の第一王子と問題なく結ばれ、愛し愛されて幸せになる事が出来れば一番良いのだろう、とは思う。

 まぁ、「めろどらま」を多少見てみたいというのも、まったくの嘘ではないのだが。

 黙々と仕事をするナサニエルを眺め、ミズノトは心の中で呟いた。



(わらわの可愛いシャナンがどう幸福を掴むのか、楽しみなことじゃ)


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