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第三話 「騎士の国の果敢な王子様」



「は? 冗談じゃない!!」


 娘と同じ反応をした息子を見て、ケルトレア国王、ディアン・ケルダーナは、子育てに何か失敗があった事を再確認した。その一因であろう(しかし、彼はそんなことは露とも思わない)彼の后ミズノトは、ころころと、さも可笑しそうに笑っている。

 湯を浴びて、腰までの長さのしっとりした銀色の髪と少し朱に染まった白い肌からは良い香りが漂い煽情的だ。開いた胸元には小柄な体には合わない立派な谷間が覗いている。ディアンが思わずうっとりしてしまうと、ミズノトは煌く紫色の瞳を細めて妖艶に夫に微笑んだ。


 今しがた息子にした話と同じ話を先程娘にしていたのだが、気が付いたらいつの間にか妻と愛し合っていた。共に湯を浴びた後、息子を呼び寄せたのだ。いくら愛しても愛し足りないとディアンが自然と妻の細い腰を抱き寄せると、非難の声が上がった。

「話を終えるまでは、おっ始めるな!!」  

 彼らの一人息子であるケルトレア王国第一王子、テウタテス・ケルダーナは、果敢にも両親の間に割って入る。

 19歳の次期ケルトレア国王は、印象的な輝く銀の髪と艶のある切れ長の目が母親似で、二人並んでいると姉弟の様に見える。父に似て背が高く逞しい体を持つ美男子のテウタテスは、見るからに高貴で王子らしく近寄り難い容姿と雰囲気を持っている。シャナンとは容姿も雰囲気も似ていないので姉弟には見えない。共通点は目の色くらいだ。


「下品な物言いじゃのう。そのような口の利き方では、おなごに嫌われるぞえ?」

 くつくつと笑う母を、テウタテスはフンッと鼻で笑った。

「女は鬱陶しい程に寄ってきますから、ご心配なく。特に母上譲りの珍しい髪の色のおかげで」

「感謝の言葉は、もっと心を込めて言うものじゃ。そのような口の利き方では……愛しき姉上に嫌われるぞえ?」

「うっ……あ、姉上に?」

 にやりと笑う母の言葉に、母譲りの真っ直ぐサラサラキラキラな背中までの長さの「ケルトレア乙女憧れの銀髪」を持つ王子は、父譲りの「女神の祝福」と呼ばれケルトレア人に敬われている澄んだ青緑色の瞳を不安げに彷徨わせた。

 アズルガート王国の王子達三人もとても仲が良いが、シャナンとテウタテス姉弟もとても仲が良い。特に弟が姉を崇拝していて、執着している相手が異性であることから、愛情が危険な方向に向っている。


「そうじゃ、シャナンは、ああ見えても、わらわに似て『ろまんてぃすと』じゃからのう。優しい物腰で愛を囁く男が好きなのじゃ。ディアンのようにのう」

「待て! 色々ツッコミどころが満載で、どこからどうツッコんで良いのか分からないぞ!! ……ああ、兎に角!! 俺は姉上が結婚するなんて反対だからな!!」


 夫の頬を撫でながら母が言った台詞に、「姉上は母上になんか全く似てないぞ」とか「父上は優しい物腰で愛を囁く前に押し倒しているだろ」とか王子が考えていると、父王がツッコミを入れた。

「……お前、シャナンが一生結婚しなければ良いとでも思っているのか?」

「そんなの当たりま……い、いや、ち、違う! 俺は、姉上が他国に嫁ぐなんて反対だと言ったのだ!!」  

「今更言い直しても遅いぞえ? 本心が出たのう、『しすこん』王子」

「ち、違う! クソッ!! 兎に角、こんな縁談ブチ壊してやる!!」

 冷たい目で母に見られて、テウタテスは頬を染めながら叫び、慌てて両親の私室を飛び出した。



「テウタテスが良き王になる為にも、やはりシャナンは他国に嫁がせるしかないのう。それが二人の為じゃ。このままでは、あの馬鹿息子が過ちを犯しかねぬわ」

 息子が乱暴に閉めた扉を眺めながらミズノトが言うと、ディアンは溜息を吐いた。

「テウタテスは、シャナンが絡むと我を忘れるからな……。可愛い娘を手放すのは嫌だが、この国の行く末を考えるとこの決断が最良なのだろうな」

「愛しき子らが良き伴侶を得られると良いのじゃが……そなたのようにの、ディアン」

 頬を撫でる妻を、ディアンは優しく抱きしめる。


「……あなたは、ケルトレアに嫁いで幸せか、ミズノト?」

 遠い国から嫁いで来た妻は、彼女の最愛の夫を抱きしめ返して、耳元で甘く囁いた。

「わらわは、そなたに嫁いで幸せじゃ、ディアン」

 その言葉を聞いて、ディアンは心底嬉しそうに微笑んで妻に口付けた。

「……ありがとう、ミズノト」

「わらわこそ、そなたには感謝してもしきれぬのじゃ」


 二人とも成人して直ぐの年でお互いの顔も知らぬまま結婚した仲の良い政略結婚夫婦の夜は、まだまだ長そうだった。




「姉上!! 姉上!!」


 けたたましく扉を叩いた後に叫ぶ声を聞くとシャナンは身を起こし、二重になっている部屋の内扉の開錠魔法を唱えた。

 湯浴みを終えた後、寝台に寝転がって、アズルガート王国第一王子ダグ・リグアズルガートの縁談用の冊子を眺めていたところだったのだ。


「……どうしたのテウタテス、こんな時間に可憐な乙女の部屋を訪れるのはどうかと思うわよ?」

「火急の事態です! お許し下さい!」

 ドカドカと音を立てながら、寝台に駆け寄ってきた弟をシャナンは咎める様に見た。

「何かあったの?」

「何かあったの、も何も!! 姉上、ご結婚なさるとか!?」

 興奮した弟は、寝台の横に跪いて姉の手をひしっと握った。

「え、ああ、うーん、そうなるみたいね」

 自分が両親の部屋から帰った後に、両親の部屋に呼ばれて自分の縁談の話を聞かされた弟が急いで直行して来たらしい、と悟ってシャナンは苦笑した。


「もしや、これが憎きアズルガートの王子!!」

 シャナンの眺めていた縁談用の冊子を見つけて、テウタテスは怒りに震える手でそれを掴んだ。

 冊子の姿絵のアズルガート王国第一王子は、のほほんと平和そうに笑っている。馬鹿にされたような気がして、テウタテスは姿絵を睨んだ。

「……こんな子供の様な男になど、俺の大切な大切な姉上を渡すものかッ!!」

「ああ、それ、6年前のだから。今は28歳ですって」

 少し楽しそうに言う姉の言葉を聞いて、テウタテスは冊子の日付を確認する。確かに6年前の日付が書かれていた。


「22歳でこんな15、6歳のガキの様な姿だった男なんて、6年経ったって高が知れてます!! こやつめ、俺の知らぬところで6年間も姉上にしつこくしてたのか!! このクソガキがッ!!」

「……いや、違うし。っていうか、クソガキってあなたより9つも年上なんだけどね……?」

 なにやら妄想が暴走している弟を落ち着かせる為、シャナンはとりあえず冊子を取り上げてみた。妄想が上手なのは母親似で、愛情が暴走するのは父親似の王子だった。

「姉上!! 目を覚まして下さい! こんな締まりの無いマヌケな顔の男に嫁いで、幸せになれるわけがない!!」

「テウタテス、あなた、知らない人の事をよくもまぁそこまで……」

 しかも、評価がどんどん悪くなっている。確かに、平和そうな笑みを湛えた姿絵で、22歳には到底見えない。シャナンも、それに驚いていたところだった。


 姿絵なんてものは、3割り増しに見目良く描くものだ。男ならば凛々しく力強く、女ならば可憐に美しく。そう心得ながら冊子を開いたシャナンは、驚くほど凛々しさと力強さの対極にあるような姿絵に、愕然とした。

 見目が「良い」のか「悪い」のかと聞かれれば、ダグ王子のすっきりと整った顔立ちはどう見ても「良い」と思う。しかし、凛々しさも力強さも全く持ち合わせていなくて、3割増してコレなのかと思うと、溜息が出る。優しい面立ちで微笑んだダグ王子は可愛らしいが、正直、全くもって好みじゃない。男として見ることが出来そうもない、と思う。

 騎士の国のお姫様は、凛々しい男がお好みだった。弟の評価には、実のところ概ね同意している。「しつこいクソガキ」という評価は別だが。


「姉上!! 姉上がケルトレアからいなくなるなんて嫌です!!」

 テウタテスは寝台の横で跪いたまま、寝台の上のシャナンを潤んだ瞳で見上げた。


 シャナンにとって、5つ年下の弟は、物心付いた時から自分を慕ってどこに行くにも後を付いて来るカルガモの子のような……もとい、可愛い存在だった。

 姉より体が小さな内から心は立派な騎士で、いつでも姉を守ろうとしていた。12歳で初陣を済ませた時には、すでに小柄な姉より背が高く、戦場に出れば「銀の軍神」と讃えられる頼もしい未来の王だ。

 そんな彼が幼い時と変わらずに姉には甘えて慕っている事実は、臣下にも良く知れわたっている。周りから多大な期待を寄せられている次期王が甘えられるのは自分しかいないのだと、シャナンも自分が弟の心の拠所である事を理解して甘えさせている。

 テウタテスは、自分が何者であっても無条件で愛してくれる姉を失うのが怖くて堪らなかった。


「……テウタテス……良い子ね、おいで」

「姉上……」

 シャナンはテウタテスを胸に抱き寄せ、頭を撫でた。テウタテスはシャナンの小さな体(胸と尻は立派だが)にぎゅっと抱きつく。


「私だって、ケルトレアを離れるのは嫌よ。……でも、仕方が無いでしょう? 私の王族としての仕事だもの。私に出来る最高の仕事だわ。アズルガートと手を組めば、海軍力が手に入るし、他国に牽制をかけられるし、いざとなればフレシスも挟み撃ちに出来るわ。アズルガートの第三王子はあなたと同じ様に『軍神』と詠われる優秀な武人なんですって。そんな人と義兄弟として肩を並べて戦えたら心強いでしょ? ……待って、テウタテス、もしかしたら……そうだわ! 第二王子か第三王子を私の魅力で虜にしてしまえば良いんじゃない!! そうすればアズルガートと手を組めて、私もケルトレアに残れて、しかも優秀な手駒はこっちのものよ!! 第一王子でなくては縁談は無かったことにって言われていても、私の魅力で落とせば良いのよ! そうだわ! そうすれば……って、テウタテス、聞いてる?」

 シャナンは一人でべらべら喋っていたことに気が付いて、弟の顔を覗き込むと、彼は頬を染めて息を荒くしている。



「……はぁはぁ……姉上、良い匂い……俺、もう我慢出来ない……」

「え……? あ! こら!! テウタテス!! どこに触ってんの! ちょっと! この愚弟!!」

 押し倒されて、シャナンは虚ろな目をした弟の厚い胸板をバシバシと叩く。

「ああ、姉上、姉上、姉上……」

「目を覚ましてどきなさい、テウタテス!!」

 バシッっと頬を叩かれて、テウタテスはしぱしぱと驚いたように瞬きをした。なんだか頬が痛い気がする。姉を組み敷いている事に気が付いて、テウタテスはぎょっとして慌てて寝台から飛び降りた。


「あ、姉上、違うんです!!! い、今のは不可抗力です!! だって、姉上、そんな魅惑的な格好で良い匂いさせて、優しく抱きしめてくれるから!! つい我を忘れて、自分の欲望に素直にっ!!」

 言い訳なのか、煩悩の告白なのか、良く解からない台詞を口にしたテウタテスは、床の上で土下座をしてガクガクと震えた。テウタテスにとって、姉は世界一愛しくて、同時に世界一恐ろしい存在だった。

「この馬鹿!! 今度同じ事したら、一生口利いてやらないから!!! 絶交だからね!!」

 寝台の横にあった大きな燭台(断じて乙女が軽々片手で持ち上げられる大きさではない)でボカボカと弟を叩くと、フンッと怒ってそっぽを向いた。

「そ、そんな、姉上……!!」

「とっとと、出て行きなさい!!」


 冷たく言い放ったものの、涙を溜めて大きな体を小さくしてしょんぼりしている弟を見ると心が痛んだ。

「テウタテス……第二王子か第三王子をたらし込んでケルトレアに連れて来れる様に頑張るから。……もし上手くいかなくて私が他国に嫁いだって、私達は一生、姉弟よ? 私が消えていなくなるわけじゃないわ。手紙も沢山書くから……」

 テウタテスは潤んだ瞳のまま姉を見つめて、頭を下げた。

「……姉上……大変な失礼を致しました。……おやすみなさい」

「うん。おやすみ」

 


 姉の部屋から私室に帰って来たテウタテスは、どさりと体を寝台に放り投げた。

 見合い冊子の姿絵の、のほほんとした笑顔が脳裏に浮かぶ。苛立って寝台を拳でバシバシと叩いた。

 姉を他の男に取られるのが許せない。第一王子ではなく、第二王子か第三王子を「たらし込んで」ケルトレアに連れてくるつもりだという姉の言葉を思い出して、テウタテスの瞳は嫉妬の炎にメラメラと燃えた。「たらし込む」なんて、どんな羨ましい事をされるのだ、アズルガートの王子達は。

「……絶対、破談にさせてやる!!」


 暫く寝台に八つ当たりをしていたテウタテスは、溜息を吐いて枕を抱きしめた。柔らかさに、ふと煩悩が呼び覚まされる。

「……姉上、柔らかかった……気持ち良かったな……はぁはぁ……姉上……」

 姉に怒られても反省をしていないらしい王子は、うっとりと姉姫の麗しい姿を頭に描く。

 小さな頃から、自分は姉の騎士だと思っている。忠誠を誓った姫が、他の男に取られるなんて耐えられない。まして、シャナンがアズルガート王国に嫁げば、会える機会はそう頻繁には無いだろう。

 テウタテスは、「生まれて19年間ずっと愛してきた自分の方が、会った事も無いアズルガート王国の王子達よりも姉に相応しい」という湾曲した思考で開き直ってみた。



「……そうだ、姉上は俺のものだ!! 誰にも渡すものか!!」

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