第二十二話 「鳥使いの焼き菓子と不安定な椅子(上)」
殺気を感じて振り返ると、ひゅんっ、と矢が放たれた音がした。
二人の少年は顔を見合わせた後、剣を構えながら殺気のする方向へ走ると、直ぐに金属のぶつかり合う音が耳に飛び込んで来た。
アズルガート王城外れの二階の回廊で、いくつもの黒い影が飛び交うのが視界に入ると、ランスロットは瞬時に状況を判断しかねて相棒の顔を見る。
いつも冷静なキースの必至な形相にランスロットが驚いた瞬間、キースはダグ第一王子の鳥使いの名前を名を呼びながら黒い影の一つの前に飛び出した。
「リズィ殿!!」
キィン、と剣を合わさる音を立てながら、女に襲い掛かっていた黒服の攻撃を薙ぎ払った。
名を呼ばれた女も似たような黒服に身を包み、両手に一本ずつ持った小太刀で別の黒服からの攻撃に応じる。
「鳥使い」という職業の名の由来である彼女の肩にいつも留まっている黒い鳥の姿は、今はどこにも見当たらない。
「ちょっと、どれが敵なの!? み~んな黒くて解かんないよ!! とりあえず、僕に向かってくるのは斬り捨てて良いんだよね!?」
「全員敵です!」
ランスロットの言葉に、リズィがきっぱりと答える。
「了解。 キース、リズィさんを守ってあんまり動かないでいて」
リズィが怪我を負っているのを見受けてそう言うと、彼は美しい顔で敵を見渡した。
親友の楽しそうな表情を見て、キースはすかさず声を掛ける。
「ランスロット! 尋問するから生け捕りだよ」
「……ちぇ、面倒臭いな」
嫌そうな顔で舌打ちをした後、ランスロットは、ふわり、と宙に舞った。
自分の倍ほどの大きさのありそうな襲い来る敵に全く臆する事なく、その攻撃を次々とかわし、優雅にさえ見える流れるような動きで剣を振るう。
戦を生業としているであろう黒服達は、まだ幼さの残る顔立ちの小柄な少年の予想を超えた美しくも恐ろしい剣技に明らかに驚き、動きが乱れた。
目配せを交わし、一人が口笛を吹くと柱の間から突風が吹き込んだ。
「!? ……うわあ!!」
風圧に目を細めながら見ると、巨大な黒い鳥が羽音立てていた。
ランスロットが驚いている隙に敵は回廊から身を投げ出し、巨大な鳥が彼らを背に乗せて飛び立った。倒れていた者も一緒に消えている。
「あったまきた!! 何あれ!? あんなの反則だよ!!」
「深追いするな、ランスロット!!」
ひょいっと回廊のから身を乗り出すランスロットにキースが声を掛けたが、ランスロットは器用に柱と壁を伝い、屋根に登って空を飛んで行く鳥を追いかける。到底追いつきはしないとわかっていたが、思わずそうせずにはいられなかった。
ランスロットが消えたのを見て眉を寄せた後、キースは背に庇っていた「鳥使い」の顔をそっと覗き込んだ。
小柄な彼女は、これからもっと背が高くなるであろう成長期のキースよりも既に少しばかり背が低い。
「大丈夫ですか、リズィ殿?」
「はい、危ないところを助けていただき、ありがとうございます。ランスロット殿は大丈夫でしょうか……?」
「追いつきはしないでしょうから、直ぐに悔しがりながら帰って来ると思います」
苦笑するキースの言葉に頷きながら、リズィは傷を負った腕を押さえた。
「来るのが遅く傷を負わせてしまいまして、申し訳ありません」
傷を見ながら悔しそうにキースが言うと、リズィはとんでもないと首を横に振った。
「そんな! 偶然お二人が居合わせてくださっただけで本当に助かりました。大した事はありませんから、お気遣い無く」
「ですが……良かったら医務室までご一緒させてください。毒の心配もありますし、僕は回復魔法が不得意なので……」
キースのまだ少年らしい可愛らしさの残る顔が心底心配そうな表情でじっと自分を見つめている事にリズィは驚き、「なんて優しく真面目な少年なのだろうか」と感心する。
初めて間近で見たキースの珍しい赤金色の瞳は美しく、黙って見詰め返していると、その赤金色の瞳に段々と熱が込められて来たような気迫を感じて困惑する。
何故かメラメラと燃えるような瞳に「な、なにか怒らせるような事をしてしまっただろうか」とリズィが動揺していると、「キュイー」と一声響いた。
はっとして二人がそちらを見ると、リズィに良く似た顔立ちの黒服の男が、回廊の手摺に二羽の鳥を両肩に乗せて立っていた。
「報告は俺がしとくから、リズィは傷の手当てしとけよ」
「ラズ! ……遅い!!」
双子の兄を見て、リズィが非難の声を上げた。
「悪かったな。ちょっとヤボ用でさ」
ラズがそう言って笑うと、彼の両肩に乗っていた鳥の片方が非難するように鳴いた後、肩から飛び立った。
「シーラ、ご苦労様」
リズィは、ラズを迎えに行って来た自分の鳥の名を呼び、怪我をしていない方の腕を出す。
すると、シーラは主を気遣うように彼女の周りをぐるりと飛んだ後、キースの肩に留まった。
「どうしたの、シーラ? 失礼を致しました、キース殿。……他人にシーラが留まるなんて初めてなのですが……」
「いえ、僕、動物好きなので大丈夫です。シーラさん、可愛いですね」
キースの言葉に、シーラはキュイーと甘えるように鳴いて頬に顔を寄せる。キースが笑ってシーラの頭を撫でると、益々嬉しそうな声で鳴いた。
鳥使いの双子は、驚いて顔を見合わせる。
「……やっぱ、キース君もか。見た目じゃ判断出来ねーってことか。いてーな、スーラ。突っつくなよ。悪かったって! 別にお前を信頼してねーって訳じゃ、まぁ、そうとも言えなくもないか、って、いてーってば!!」
自分の鳥スーラに頭を突っつかれている双子の兄を見て、リズィが不可解そうに眉を寄せる。
「ラズはキース殿に面識があるのか?」
「ああ。ケルトレアで会ってるぜ。な?」
ラズの言葉に、キースは神妙な顔をして頷いた。
「はい。……ラズ殿はいつからそこに?」
キースの言葉に、ラズは、にやっと笑った。
「『尋問するから生け捕りだよ』から」
「……もしかして、リズィ殿はおとりだったのですか? 余計な事をして計画を狂わせてしまったのでしょうか?」
キースの言葉に、リズィは気まずげにちらりとラズを見た。
「いや、リズィを助けてくれて感謝しているよ。シーラ抜きで1対5じゃ分が悪いからな。……じゃあ、キース君、リズィの手当てを宜しく」
そう言い残すと、ラズは、さっさとその場から消えてしまった。
ひらひらと手を振って立ち去ったラズの背を眺め、裏がありそうだなと思いながら、キースはリズィに向き直った。
「では、医務室にお連れ致します」
「……え? きゃあっ」
肩にシーラを乗せたキースに、ひょいっ、と抱きかかえられた。リズィは思わず上げた自分の悲鳴に羞恥で顔を赤くしながら慌てて降りようとするが、しっかりと抱きかかえられてしまった。
「う、あ、あの、自分で歩けますから!」
「遠慮なさらないで下さい。女性一人運ぶくらい、全く苦ではありませんから。ラズ殿にも宜しく頼まれましたし」
「いえ、あのっ」
遠慮ではなく、恥ずかしいのです!! そう思いながらもリズィは言葉が出ずに、ただ混乱する。
(ど、ど、どうしてこんな状況に!? 顔が近過ぎです!! はっ!? これは俗に言う「お姫様だっこ」!? 鳥使いなのに鳥も取られてるし!! うわぁ! なんてこと!! 恥ずかしい!! こんな所を元締めに見られたら……!! 助けてラズ! ラズの馬鹿! なんで置いてくのよ!!)
あわあわと大混乱中のリズィを腕の中に収めたキースは、満足げに少し頬を染めて微笑んだ。
その綺麗な笑顔に、リズィの心拍数と混乱が高まる。
(ま、眩しい!! ……焦げて消滅しそうです!! デリング殿下の神々しい美貌の元で抗体の出来ているフリムならいざ知れず、私には無理です!!)
「思ったより軽いですね」
「え?」
首を傾げて言われたキースの言葉に、自分の世界でいっぱいいっぱいだったリズィは目を瞬かせた。
「あ、いえ、見た目が重そう、というわけではないです! 小柄で華奢ですし! そ、その、護衛の仕事をされているのだから筋肉が付いて普通の女性より重いだろうと……」
慌てて言うキースに、リズィは可笑しくなって笑った。
「それは、やはり『重そう』という意味ですよね……?」
「……でも、軽いですよ?」
真っ赤な顔で困ったように言うキースを見て、リズィはくすくすと笑う。なんだか可愛い。
「気を使われなくても大丈夫ですよ。あなたが普段抱く『普通の女性』は姫君でしょうから、私とは比べようがありませんですし」
「ち、違うんです! 僕、言い方が悪かったみたいで申し訳ありません! ……あなたを『普通』だとは思いませんが、姫君だと思っています」
「冗談、止めてください」
リズィがくすくすと笑うと、キースは心外そうに眉を寄せた。
「冗談ではありません。あなたは姫君です。身のこなしがとても美しくて……惚れ惚れします」
頬を染めた美少年に真剣な顔で言われ慣れていない言葉を言われて、リズィは呆然と言葉に詰まり、再び混乱でいっぱいいっぱいになる。
「……それは、その……あ、ありがとうございます……?」
文化の違いって恐ろしい。そうリズィが真剣に考える顔を、キースはうっとりと眺めていたが、色々と驚愕しているリズィは全く気が付かなかった。
「リズィ殿、内密に少々お話をお聞きしたいのですが、宜しいでしょうか?」
医務室で傷の手当てを終えると、キースがリズィに小さな声で言った。
先程の黒服達のことを色々問われるであろうと予測は出来ていた。どこまで話して良いものか、とリズィは考えを巡らす。
「……ここではお話できませんので、私の部屋まで宜しいでしょうか?」
「え!? リズィ殿のお部屋ですか? ……あの、怪我は痛みますか?」
「多少は、痛みますが……?」
「……では、リズィ殿のお部屋にしましょう。直ぐに済ませますから」
「?」
意味がわからないで首を傾げるリズィに、キースが又「お姫さまだっこ」を申し出たが、手当てをしたので丁重にお断りしてシーラを定位置の肩に乗せた。
「どうぞ、こちらにお掛け下さい」
部屋に着くと、リズィはキースに椅子を勧めた。
趣味の良い上質な家具がそろった部屋で、椅子は見るからに座り心地が良さそうだったが、キースは扉の直ぐ隣に立ったまま首を横に振った。
「いえ、ここで結構です。直ぐに帰りますから」
「お礼にもならないとは思いますが、せめてお茶でもお飲みになって……」
「いえ、ありがたいお申し出ですが……」
「あ……すみません」
リズィの言葉を遮るようにきっぱりと言ったキースに、リズィは、はっと思い当たって少し目を伏せた。
信頼出来ない者の出す食べ物に手を出さない事は常識だ。
先程のことでも考えがあるだろうし、口にする物を勧めることは無作法だったかもしれない、そう思ってリズィは自分の台詞を後悔した。
リズィの反応を見て、キースもはっとして首を横に振った。
「あ! 違うのです! あの……リズィ殿を疑っているわけではありません!! 仕方がないといえども、部屋に二人きりというのは無作法な事ですから、ゆっくりするわけにも…………というか、密室に二人きりで側にいたら欲望に抗えるかどうか、いや、寧ろこれは好機? いやいや、急いては事を仕損じ……」
「どうして無作法なのですか?」
最後の方は声が小さくてよく聞こえなかったが、推測していた事と違ったらしいキースの考えに、リズィは、きょとん、とした顔でキースを見た。
二人きりが無作法とは、どういう意味だろうか? 二人組で仕事をこなすことは鳥使いには良くあることだが、ケルトレアの騎士には何か小難しい決まりがあるのかもしれない、そうリズィは考えた。
「え? どうしてって……そんな……確かにリズィ殿よりずっと子供で、男と思っていただけないかもしれませんが……でも……あと何年かすれば、年の差なんて……」
傷ついた顔をしたキースのだんだん声の小さくなった台詞の最後の方はまた良く聞き取れなくて、リズィは首を傾げる。
「勿論、キース殿が男性だということは分かっていますが……? 女の私よりずっとお綺麗だということも心得ていますけれど」
不思議そうに言うリズィの言葉に、キースはがっくりと肩を落とす。
リズィの一言一言に感情を大きく乱すキースの様子を見たら、普段の冷静沈着な彼を良く知るものは別人なのではないかと疑う程に珍しい。しかし、リズィはキースをあまり知りはしないので、多種不思議に思う程度である。
「……どうぞお気になさらないで下さい。……それでは、単刀直入にお聞きします。リズィ殿、先程の者達は、あなたと同様に鳥使いですね?」
「……はい」
「……内部抗争ですか?」
じっと見つめるキースに、リズィは目をそらせて躊躇いがちに答えた。
「いえ……彼らは……元より、我々の組織に属していません」
「では、彼らの目的は?」
「……私の口から言って良いものか判断しかねます」
すまなそうに言うリズィに、キースは頷いた。
「……こちらとしても、いくつかはっきりさせておきたい事があります。あなたが狙われたという事は、彼らの目的は、ダグ王子ですか?」
「そう取られる事は間違いではありません」
リズィが悔しそうに眉を寄せてそう言うと、キースは考えるように視線を足元に落した後、ゆっくりと口を開いた。
「狙っているのは弟王子のどちらかですか?」
思いもよらなかった言葉に、リズィは驚いて声を上げた。
「そんな、まさか!! デリング殿下もヴィーダル殿下も、我が君を大変尊敬して慕っておいでです!」
「……では、国王陛下?」
じっと探るように見つめるキースに、リズィは大きく首を横に振った。
「ご冗談を!! 陛下は我が君を大変信頼なさっていて、次期国王にご指名されたのも国王陛下ご本人です!」
キースは視線をリズィの目に合わせたまま、軽く首を傾げる。
「……それでは、野心のある臣下の行動でしょうか?」
「臣下、と言う言葉が当てはまるとは言い難いです」
悔しげに眉を寄せるリズィに、キースは頷いて見せた。
「……最低限知りたいことはわかりました。こちらの報告は私がしますので、明日、ダグ王子と鳥使いの元締めに詳しいお話を伺える機会を作ってください」
「……キース殿……」
主とケルトレア王女の縁談に支障が出るのを案じたリズィが不安げにキースを見つめると、キースは優しく微笑んで頷いた。その様子は、まだ成人前の少年だというのに妙に頼もしく見える。
「大丈夫ですよ。我が国の宰相は、この国の内部情勢に多少問題があることを存じています。その上でシャナン様を送り出したのですから、これで婚約の話が流れる事はないです」
そう断言するキースに、リズィはほっとして小さく溜息を吐いた。
「……我が君は、シャナン王女がいらっしゃるのを、本当に楽しみにされておいででした。無事にお二人がお幸せになられる為ならば、私は何でもします」
「では、僕達は同志ですね。僕とランスロットは宰相から特別に任務を任されていまして、その任務が問題を退けてダグ王子とシャナン様が無事に婚約を済ませることですから。協力して任務を遂行しましょう」
キースがにっこり微笑むと、リズィは安心して頭を下げた。
「宜しくお願いします。父に、あ、鳥使いの元締めは私の父なのですが、その父にキース殿とランスロット殿が協力して下さることを話しておきます。こちらからの情報もお伝え出来るよう便宜を図ります」
「そうしていただけると助かります。……ランスロットは切り札になると思いますよ。ご覧頂いて、既にお分かりだと思いますが」
「……あの速さと冴え凍るような剣技には、目を奪われました。お味方で良かったです。キース殿にも驚きました」
「いえ、僕はランスロットの足元にも及びません。僕がアズルガートに来たのは、ランスロットの暴走を止める役としてですから。僕は、リズィ殿と一対一で手合わせをしたら勝てません」
少し悔しそうにキースが笑うと、リズィも苦笑して首を横に振った。
「……だって、鍛錬を積んできた歳月の長さが違います。失礼ですが、お二人はおいくつなのですか?」
「僕が14歳でランスロットが13歳です」
「ほら、10年以上も違います。キース殿が私の年になる時には、私が勝てるとは思えません。……お二人はまだ騎士学生だそうですね」
「……はい」
キースが複雑な顔をした事には気付かず、リズィは感嘆の溜息を吐いた。
ランスロットの並外れた剣技はもちろんだが、キースの腕も既に実践で十分通用する。戦いの型が全く違うし、騎士と鳥使いでは役が違うので比べる事は出来ないが、それでも目の前にいる美しい少年に尊敬と羨望を抱かずにはいられない。
「キース殿は凄いです。私も負けていられません。頑張らなければ」
「……そう言っていただけると嬉しいです」
キースは少し驚いたように目を見開くと、そのままキラキラと目を輝かせてリズィを見詰める。
「……リズィ殿……僕は……」
再びメラメラと熱い視線を向けられたリズィがたじろぎ本能的に後ずさりすると、キースは我に返ったようにはっとした。
「……失礼しました。では、僕はこの辺で。おやすみなさい、リズィ殿」
「……おやすみなさい、キース殿」
キースが部屋から出て行くと、リズィは閉められた扉を暫く見つめてから、ふぅっと溜息を吐いた。
(普段は優しげなのに、時々急に凄い気迫で怒るのはなんなのでしょう? 怒る? あれって怒っているの? 良くわからないです。良くわからないけど、悪い子ではないし、若いのに賢くて能力も高くて綺麗で有能ですね。我が国でもああいう子を育てなくては!)
肩に留まっている鳥がキュイーと鳴き、リズィは頷いて柔らかな羽に覆われた背を撫でた。
「うん。……多分、シーラの言うとおりよ。多分、キース殿は……」
「ラズとリズィの鳥が不在だということを嗅ぎつけて、私の首を狙って来るかと思ったら、リズィを狙うとはね。リーヴが私の所にいるのがばれたのかな?」
ダグは自室でラズの報告を聞くと、長椅子に座って寛ぎながら、向かい側に座っている男に目を向けた。
赤黒い髪に精悍な顔立ちのその男が、鳥使いの元締めであり、ラズとリズィの父であり、ダグのお気に入りの焼き菓子を作るリーヴである。
「内部に間諜がいるやもしれません」
リーヴはゆっくりとそう言って、自分で入れたお茶を飲んだ。
「うん。……私の所為でリズィを危ない目に合わせたね。許しておくれ」
「いえ。怪我をしたのはリズィが未熟であった所為です。折角やって来た虫を取り逃がすとは、惜しい事をしました」
リーヴの言葉にダグは少し笑って、手にしていたカップを置いた。
「いや、まだ作戦の内だよ。大丈夫。……ラズの報告によると、少年騎士達が随分と使えるようだね? 何やら色々嗅ぎまわっているみたいだし、この際、全面的に協力してもらおうか」
「彼らはケルトレア王国きっての名家の子息です。危険が及んでは事が大きくなりましょう」
「あの子達は、このまま放って置いても首を突っ込んで来ると思うよ。邪魔になりかねない。ならば計画的に、引き込んだ方が良いのではないかな?」
リーヴは渋々頷くと、ダグは満足げに微笑んだ。
「奴等が例の騎士に接触している様子は?」
「今のところ見受けられません」
リーヴの答えに、ダグはお茶を一口飲んで、静かに目を伏せた。
「さて、どうしようか?」
「ラズの持ち帰って来た情報では、不届きにも彼らは『御山』に潜伏しているとのこと。例の騎士を出しに、様子を伺って参ります。ラズも帰って来たことですし、リズィに行かせましょう」
「例の騎士は、素直に連れて行かれると思う?」
ダグが首を傾げて見せると、リーヴはふっと笑った。
「説得致して駄目ならば力ずくです。構いませんね?」
「うん。好きにして良いよ。父上もそう仰っている事だしね。じゃあ、詳しくはまた明日。ケルトレアの面々にも話をしなくてはいけなくなったしね」
リーヴが深く頷いた後、立ち上がって一礼をすると、ダグはにっこり微笑んだ。
「明日のおやつは、チーズのカーク、それと、チョコレートと胡桃のカーィエがいいな」
先日、シャナン王女をお茶に誘ったのに断られてしまったという話をダグから聞いていたリーヴは、微笑んで頷いた。
「畏まりました。ご健闘をお祈り致します」
「うん。今度こそ、君の絶品菓子をシャナン王女の口に入れてみせるよ!」




