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第一話 「兄弟水入らずの不穏なお茶会」

☆ご注意☆他の物語の伏線を含んだ話として作った物語でして、本筋の進行に不要な登場人物も数多く登場します。キャラクター数がとても多い事をご了承ください。



「ケルトレアの王女ですか!」


 見渡す限り全て最高級の調度品が置かれた美しい執務室で、腰近くまである長い黒髪を後ろで一つに結んだ雄雄しく端正な顔立ちの青年が、大きな体を乗り出して興奮しながら言った。

 長椅子から乗り出した際に座卓に膝が当たり、ごんっと、痛そうな音がして彼の前に置いてあった茶器が揺れ、中身が少々溢れた。

 持ち手の無い茶碗型の厚目の陶器の茶器には、その国で好まれる香辛料と練乳入りの香りの良い茶が入っており、部屋には上品な甘みのある香りが漂っている。


 部屋にいる彼以外の二人は、笑みを浮かべて豪快な音を立てた彼の膝をちらりと見たが、二人共何も言わなかった。

 その黒髪に灰色がかった青い瞳の武人、アズルガート王国第三王子のヴィーダル・リグアズルガートは、成人を過ぎた今でも彼の兄達の前では少年の様であり、それが兄達が年の離れた末の弟を可愛がる一要因でもあった。

 兄達がヴィーダルをわざと子供扱いしてそうなるように仕向けているという事には、本人は全く気付いていない。


「そう。ケルトレアの王女」  

 向かい側の長椅子の真ん中に腰掛ける、アズルガート王国第一王子のダグ・リグアズルガートは、手にしていた茶を一口飲んだ後に、穏やかに微笑みながらさらりと言った。額に掛かる前髪の下の目は、それは楽しそうに弧を描いている。

 こげ茶色の短髪に緑がかった薄茶色の瞳を持つ次期王位継承者の彼は、三兄弟の中で一番地味な容姿をしている。

 容姿の優れた者を組み入れて来たであろう数百年の歴史を持つ王家の生まれなのだから、もちろん端正で気品のある顔付きではあるが、華やかさからは程遠く、ぱっと見は「地方領主の息子」程度の容姿と雰囲気なのだ。

 それがあくまでも「ぱっと見は」であるという事を、彼の弟達は良く知っていた。



「コーディヤとフレシスに牽制を?」  

 緩やかな螺旋を描く腰までの長い艶やかな金の髪に、目の覚めるような鮮やかな青の瞳を持つ、アズルガート王国第二王子のデリング・リグアズルガートは、ほっそりとした滑らかな陶器の様な美しい長い指を優雅に膝の上で組んで、その姿に似合う美声で静かに兄に問う。


 長男ダグを「地方領主の息子」のような容姿と例えるならば、次男デリングは正に「王子」。その人間離れした中性的な美しさは、国民に絶大な人気を持つだけでなく、他国にも知れ渡っている。王子でなく王女であったならば、彼を廻って戦争さえ起こりかねない美しさだとの評判で、男にもかかわらず「傾国の美姫」などという渾名さえ付いている。


「そうだよ。どう思う?」  

 ゆっくりと茶器を置いてから、ダグは彼の前に座る弟達の顔を楽しそうに見た。

 ヴィーダルはあからさまに驚いた顔をして「え?」と言い、デリングは少し目を見開いてから、嬉しそうに微笑んだ。

 弟達は、兄がしたこの突然の話ついて自分の意見を求められるとは思っていなかったのだ。


 彼らの父王は、跡継ぎである長男ダグに王としての責務の3分の1を負わせている。

 ダグが結婚をして子供をもうけたら、王位を譲るということを、彼が18歳になり成人をした時に宣言しているので、長兄には弟達には無い決定権があるのだ。

 その王位継承者のダグが成人したのは、もう10年も前の話である。

 のらりくらりと縁談を断って来た長兄が、突然弟達を自分の執務室に呼んで、「ケルトレア王国の王女と結婚しようと思う」と言ったのだ。弟達は、もう既にダグは決断をしていて、王と王后や先方にも話が通っているものだと思っていた。


 常に穏やかに微笑んでいるダグだが、かなりの策略家であり政治家としての腕は非常に良い。婚姻による国家間の同盟は非常に有意義でありることを良く心得ているであろうダグが、婚期を先延ばしにしていたのは何か思うことあってのことだろうと弟達は思ってきた。


 アズルガート王国の隣に位置し、事ある毎にちょっかいを出してくるコーディヤ王国と、深い関わりは無いがアズルガート王国に良い顔をしていないフレシス王国の二国間がどうも最近きな臭い。王族の婚姻による同盟も出来て何やら影で動いている様なのだ。

この二国の同盟に牽制をかける為、フレシス王国と何百年も前から戦いを繰り返し犬猿の仲であるケルトレア王国と手を組むというのだろう。

 現ケルトレア王后は西の大国エト王国の王妹であり、又最近エパーニャ王国の王女がケルトレア王国の重臣に嫁いでいるので、現在ケルトレア王国には大変魅力的な後ろ盾があるのだ。

 政治的に大きな意味を持つ選択に、弟王子達は真剣な顔をした。 



「ケルトレアの王には、王女が一人と王子が一人、でしたね? 女性に王位継承権は無く、王位は第二子である王子が継ぐ予定ですね?」

 デリングの言葉に、ダグは茶器の前に置いてある大皿から、カークと呼ばれる焼き菓子を一つ摘んで答えた。

「そう。騎士道精神で女神崇拝な国だから」

 ダグは口に入れたカークの味にご満悦で、立て続けにもう一つ摘む。ダグのお菓子好きは城内で有名で、どんなに忙しくともおやつを欠かさないのが日課だ。弟達を呼ぶ時もいつもお茶とお菓子を用意しているのだが、半分以上はダグの胃に収まってしまう。


 ヴィーダルは、ダグの言葉に少し混乱した顔をし、デリングが「女神に仕えて国民を守る王は男であるべきという考えだから、という意味の様ですよ」と説明をした。

 武人であるヴィーダルは、その考えに賛成であり、「騎士道精神」はヴィーダルがケルトレア王国に多大な好意を持っている理由でもあった。

 末王子は、女性は「か弱く美しい」と思い込んでいるロマンティストなのだ。

 彼の率いる王軍にも女性は所属しているが、その割合は低く、彼女達がどんなに優秀な軍人であっても、ヴィーダルは彼女達を守りたいと思っていた。

 裏社会を良く知る政治家のダグや、女性の多い王軍魔術師部隊を率いるデリングは、女は男よりも恐ろしい、と考えているので、この件については同意出来ない。


「私がケルトレアに行っても良いですよ?」  

 デリングがダグを真っ直ぐに見て言うと、ヴィーダルは驚いた顔で次兄を見た。

 三つ目のカークをもぐもぐ食べていたダグは、茶を一口飲んでから言った。

「君を手放すつもりはないよ」

「……愛の告白ですか? 嬉しいですね」  

 女達が見たら失神しそうな、男達が見たら押し倒しそうな、美しい微笑みを称えてデリングが兄を見ると、ダグは平和そうな、のほほんとした笑顔を湛えて言った。  

「ケルトレアの王女を手玉に取り、王子を亡き者にして、王位を略奪でもする気かい?」

「それが兄上のお望みならば」


 笑顔で恐ろしい台詞を吐く兄達の間で、ヴィーダルは生きた心地もなく、顔を青くした。

 ここのところ忙しくて中々ゆっくり会えなかった兄達との「兄弟水入らずのお茶会」だと言われて喜んで来たというのに、茶は溢したきり減ってもいない。大体、何がどうなって他国の王位略奪などという物騒な話になったのか、付いて行けない。


「あの国の騎士達を甘く見ない方が良いよ。王権闘争で内乱が拡大して、こっちにまで火の粉が飛んで、コーディヤとフレシスだけじゃなく、エパーニャやらイリーダまで相手にしなければならないのは、流石に気が重いよ。君が、賢く魅力的で優秀な魔術師だということは良く知っているけれどね」  

 ダグはそう言ってから、「このカークはリーヴが作った新作で、とてもおいしいから食べてごらん」と言って、一つ摘んで放心状態のヴィーダルの口に突っ込んだ。ヴィーダルは、素直に口を動かしながらも「王国一の焼き菓子職人の腕を持つリーヴが作ったカークも、こんな話を前には味もへったくれも無い」と思う。


「お褒め頂き光栄です。それでは、私はケルトレアの王女と兄上の縁談に賛成致します」

 デリングはそう言って花の様に微笑んでカークを食べると、「美味しいですね」と感想を述べた。

「そうか。うん。君には、別の国との橋渡しをお願いする予定だよ」

「どこですか?」

 真剣な顔をして、デリングが問うと、ダグはゆっくりと静かに微笑んだ。普段「領主の息子」然とした次期王から、急に王太子らしい威厳が全身から漂う。

「どこが良い?」


 本性を垣間見せるような長兄の雰囲気に弟達は魅了され、「やっぱり、ダグ兄は格好良い!」とヴィーダルは無理やりに口に入れたカークの詰まった口を動かすのも忘れて長兄をキラキラした目で見詰め、デリングは「やはり兄上は王の器だ」と思い小さく微笑む。

「私に選択権が?」

 デリングの問いに、ダグはいつもののほほんとした笑みを湛える。

「そのつもり。良い子が見つかったら、早めに知らせて」

「わかりました」

 茶を一口飲んで、デリングが微笑んで言うと、ダグは満足そうに頷いた。


「君もだよ、ヴィーダル」

「え? 俺、ですか?」

 急に話を振られて、ヴィーダルは驚いたようにダグを見た。

「そうだよ、ヴィーダル。本当はね、ケルトレアの王女は君にって考えていたんだよ。ほら、君は姫君を守る騎士みたいだから、ケルトレアのお姫様なら、お似合いだろうと思って」

「え!? そ、そうだったのですか? お、俺で良いのなら……!!」

 ダグの言葉に驚いたヴィーダルは、興奮して頬を真っ赤に染めて身を乗り出した。再び、ごんっと痛そうな音がして茶が溢れた。


 「姫を守る騎士」はヴィーダルの理想である。騎士の国である「ケルトレア王国」の名に反応してしまうのも、か弱く清楚可憐な姫を想像してのことだ。アズルガート王国とケルトレア王国は海を挟み、国交らしい国交がここ何代も途切れている為に、ケルトレアの王女を実際に見たことなど無いのだが。


「いや、王女の年齢が24歳だというから、ヴィーダルには大人過ぎるかと思ってね?」

 からかうように言う長兄と、くすくすと笑い声を漏らす次兄に、末弟はまだ赤く染まっている頬で不満そうな顔をした。 

 8つも年の差がある為にダグはヴィーダルを子供のように思ってしまうところがある。ヴィーダルと6歳年の離れたデリングも、やはりヴィーダルを子供のように扱うところがあり、20歳のヴィーダルはそれを不満に思っている。 

 長男のダグは、この世界の人間が25歳から35歳くらいの間に老化を一度止めるという事を差し引いてもやたらと童顔な上に、兄弟の中で一番小柄な為、歳の差があるのに末っ子に見えなくもない。しかし、それは外見だけの話で、実際に兄弟三人の中心にいるのは常にダグで、弟達二人は長兄をとても頼りにしているのだ。 


「そうやっていつも子ども扱いするんですから! ……清楚可憐な姫なら、俺は別に年上だって全く問題無いですよ! いや、寧ろ、年上なのに可憐で保護欲を掻き立てるなんて、一石二鳥で素晴らしいじゃないですか!」

 まだ見ぬ可憐な姫を想像して、ヴィーダルの胸は高鳴る。王と彼の5人の騎士達が作った国であるケルトレア王国には、騎士の伝説話が沢山残る。「邪悪な魔物に攫われた美しい姫を助け出した騎士が、姫とめでたく結ばれる」といった類のものも多く、ヴィーダルの幼い頃からの愛読書である。「清楚可憐」はヴィーダルの選ぶ女の条件だった。 ちなみに、挿絵の姫が理想の女性だ。


「一石二鳥?」と理解出来ずに訝しがるデリングと興奮中のヴィーダルを見比べて、ダグは楽しそうに笑う。

「がっかりさせて悪いのだけれど、情勢を見ると、そろそろ私が結婚した方が良さそうなんだよねぇ」

 ダグの言葉にヴィーダルはガックリと肩を落としたものの、直ぐに気を取り直して顔を上げた。

 素直で単純なところが彼の美徳であり欠点でもある。


「俺も、ダグ兄がケルトレアの王女と結婚するのに賛成です」

 ダグは、「良かった」と言って頷き、デリングは嬉しそうな顔をして言う。

「やっと、兄上が王位に就くのですね」

「うん。王位継承は子供が生まれてからという条件だから、全て順調に行っても今から二年半後くらいだろうけれどね」

 ダグは、400日というこの世界での平均妊娠期間を考える。一週間が10日で一ヶ月は40日、一年が480日なので、妊娠期間は丁度10ヶ月になる。

 それに婚約から婚儀までの準備期間や妊娠するまでの期間を考えると二年以上は確実にかかるだろう。



 ヴィーダルは兄達の言葉に、目をきらきらと輝かせてダグを見る。

「そうか! ダグ兄が王か……! 俺、ダグ兄の為に命を捧げます!!」

「やめておくれ。大事な弟達に命を捧げられても、全然嬉しくないよ。……私達が力を合わせて国民を守るんだよ」

 珍しく真面目な顔をしたダグを、弟達は、はっとした顔で見つめた。

「兄上……」

「ダグ兄……」


「君達にはこれから先も、私を支えてもらう期待をしているし、なんといっても大切な弟達だからね。どちらも他国にやりたくないんだ。ケルトレア王国には王女が一人しかいないものだから、次期王の私にならばこちらに嫁がせてくれるだろうけど、君達にならばあちらに嫁がせろと言われるだろうからね。……まぁ、君達を手放したくないのは、完全に私の我侭なんだけどね。二人とも良い嫁を見つけて貰ってくれると嬉しいな」

「任せてください、兄上」

 デリングが美しく笑うと、ヴィーダルが大きく頷いた。

「女を腰抜けにするのは、デリング兄の専門分野ですからね」

 その言葉に、ダグは瞬きをしてから「あはははは!」と腹を抱えて笑った。


「下品な事を言うのは、この口ですか?」

 デリングは、にっこりと、人を魅了して闇に引きずり込む悪魔の様に美しい笑顔で、弟の口を引っ張る。

「いっ! や、やめっ……俺は事実を言っただけなのにっ」

「女達が勝手に寄って来て、勝手に腰砕けになるだけです。私が女好きみたいな台詞は、やめて欲しいものですね。全くの誤解ですよ」

「腰砕けって……デリング兄の方が下品です! 砕けるってどんだけ凄いんだ……! きっと魔具とか使って、あんなことやこんなことや……」

 もんもんと一人想像をするヴィーダルの横で、デリングの手が光を帯びる。

「……兄を敬わないのは、この子ですか?」

「う、うわっ!! デリング兄!! その魔法弾打ち込まれたら、俺、死にますから!! ダグ兄! 助けて下さい!!」  


 ブスブスと煙が上がったり、ほんのり焦げた臭いがしたり、ドカッバキッと痛そうな音がする死闘が繰り広げられる執務室の中で、長男はのほほんとした笑顔を浮かべながら、カークを平らげて茶を飲み干した。



「喧嘩するほど仲が良い。仲良きことは美しきかな。私の弟達は、今日も良い子で可愛いなぁ」


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