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第十八話 「海神の国の王子達と前途多難な予感」



「本当に凄いわねぇ、アズルガートの船は」


 甲板に立ち海風になびく金の巻き毛を手で押さえながら、シャナンは感嘆の溜息を吐いた。

 アズルガート王国が世界に誇る高度な造船技術を駆使して造られた黒い巨船に乗って、早4日。もう何度言ったか分からない台詞を再び言う主の斜め後ろで、護衛騎士ターニャは神妙な顔で頷いた。

「はい。ですがシャナン様、あまり船端に立たれますと危険です」

「うん。でも気持ちが良いのだもの」

 下を覗くと、船が接している部分の海が、ほんのりと青い光を帯びている。 

 船に乗った初日にそれについて尋ねたら、シャナンをケルトレア王国まで迎えに来たアズルガート王国第三王子ヴィーダルが、船に「魔石」を使用しているのだ説明してくれた。


 「魔石」とは、魔力や魔法そのものを蓄えておける「石」である。

 「石」と言っても、通常の鉱物とは異なり、魔石を育むのは「魔泉」と呼ばれる、魔力が湧き出る泉である。そこに「核」を入れておけば、魔石が出来上がるのだ。

 入れた「核」や「魔泉」によって、魔石は様々な種類があるが、一様に宝石の様な美しい見た目である。魔力の低い者には、宝石と魔石の区別を付けることも難しい。


 魔石を作る魔泉そのものが希少であり、核を作ることが出来るのも優秀な「魔具師」のみであるが為に、魔石は宝石よりも高価だ。しかし、その利用価値は高く、「魔具」を作るのに欠かせない主材料でもある。

 能力を高める魔石をはめ込んだ高価な武器も、大変人気があり、ケルトレア王国の騎士達は皆、正式に騎士になると、国王から剣にはめ込む魔石を与えられる。それを自分の愛用している剣にはめ込むのだ。


 魔石は、上流階級の人間にとっては生活に欠かせない大変身近な物である。武器だけでなく、建築や家具、衣服などにも使用する。宝石の代わりに、いざという時に身を守る為の魔法を込めた装飾品を身に着ける事も、上流階級では常識だ。


 勿論、魔石自体はケルトレア人にも馴染みが深いが、船に使用する技術は無い。ケルトレア王国にも、馬の走る速さを飛躍させる魔具があるが、それは装着する馬自身にも魔力を必要とするので仕組みが違う。船にどのように魔石を使用しているのか誰もが興味を持って知りたがったが、国家秘密だということで詳しく教えては貰えなかった。




 アズルガート王国の船に乗っているケルトレア王国の面々は予定どおり、シャナンと彼女の護衛騎士ターニャの他に、テウタテス王子と彼の護衛騎士ショーン、ターニャの弟で「聖五騎士」のテッド、宰相の妹でケルトレア一の魔力を誇る魔術師リヴァー、宰相から特別に指令を受けている騎士学生のランスロットとキース、そして彼らのお守り、もとい、まとめ役に派遣された、本来は王と王后の護衛騎士のナサニエル。

 個人的な能力で言えば、ケルトレアの戦力の5分の1程が集まっていると言える。それだけこの「視察」がケルトレア王国にとって重要である事を示している。


 シャナンが結婚をする前にアズルガートを見ておきたいというのが、この「視察」の建前だ。しかし、アズルガート王国で第一王子ダグの次期王位継承権を狙う勢力があるとの情報から、ケルトレア王国宰相サイモンは錚々たる面子をこの「視察」に揃えた。

 シャナン本人はそのことを知らずに、他国に嫁ぎたくない一心で、第一王子ではなく第二王子か第三王子を誘惑してケルトレアに連れて帰る計画をしている。



「シャナン王女、アズルガートが見えてまいりましたよ」


 嬉しそうに頬を染めながらシャナンの元へ歩み寄る、長身に長い黒髪と灰青色の瞳の第三王子ヴィーダル、つまり誘惑対象の一人、をシャナンは見上げた。

 彼がシャナンに好意を寄せているのは明らかだ。しかしその好意は純粋な憧れであることが、ここ一週間一緒にいて、シャナンには良く解かった。彼がケルトレア王国の騎士物語を騎士達も呆れるほどに愛読していて、はっきり言って騎士物語マニアなのだということを思い知らされたのだ。


 シャナンは、自分が演じる清楚可憐なお姫様は、彼の憧れの物語に出てくる姫とそっくりであることを自覚している。 

 ならば、誘惑も簡単ではないか、そうシャナンも思った。

 しかし、ヴィーダル王子は、憧れの姫を手篭めにしたいと願う男ではないのだ。なにしろ、騎士大好きで騎士道精神に溢れているのだから。

 その上、厄介なことに、彼はシャナンの結婚相手であるダグ王子をとても尊敬しているのだという事も、ここ数日間彼と会話を交わす中で良く解かった。

 騎士道精神と兄への敬愛に溢れたヴィーダルは、兄の嫁になる予定のシャナンを押し倒してどうこうする気など、更々無いのだ。


 そうでなければ、もう少しそれらしい反応を見せるというものだろう。

 シャナンが酔ったふりをして身を預けた時や、船が揺れたのを口実に怖がって甘えるように抱きついた時に、ヴィーダルは真っ赤な顔で焦って固まるばかりだった。

 手応えの無さに、シャナンは途方に暮れている。

 「そんなにうっとり見つめているのなら、押し倒しなさいよ! 男でしょ!? 付いているもの付いてないの!?」と、シャナンを可憐な姫と信じるヴィーダルが知ったら、失神しそうな台詞を頭の中で吐くシャナン。



 ヴィーダルは何も知らずに嬉しそうに微笑んでいる。もう、尻尾を振っている大型犬にしか見えない。

 (それはそれで可愛いわね。黒い長毛の大型犬。言うことを良く聞く良い番犬になりそう)

 そんなことを思うと、思わず頭を撫でたくなった。

 優しくヴィーダルに微笑むシャナンを見て、シャナンを危険な方向へ敬愛する弟王子テウタテスが、ドカドカと音を立てて二人に駆け寄った。


「姉上! 危険ですからこちらに」

 メラメラと嫉妬の炎を燃やすテウタテスが、シャナンの手を取って、自分の元へ引き寄せる。

「皆、心配性ですこと。こんなに穏やかな海なのですから、船から落ちなど致しませんわ。落ちそうになりましたら、ヴィーダルさまが支えて下さりますのでしょう?」

 シャナンはヴィーダルの手前、可憐ぶりっ子をしてみせる。ヴィーダルは「勿論です!」とはりきって胸を張る。


「危険です!」

 海ではなくて、その男が!! と、心の中で叫ぶテウタテス。

「どう見ても、あなた様の方が危険ですよ?」

 テウタテスの護衛騎士ショーンがツッコミを入れるが、耳に入る筈もない。

 シャナンが他国に嫁ぎたくないが為にヴィーダルを誘惑している事を知っているテウタテスは、姉姫から目を離さないようにする事に必死だった。「誘惑」などという羨ましい事を姉上にされて良いのは自分だけだ! と心の中で叫ぶテウタテス。 


 穏やかでない空気を作るテウタテスを他所に、穏やかな波の向こうには陸地が見えてきている。

 この船の速さならば、あと半時ほど走れば、もうアズルガート王国の国土を踏むことが出来る距離である。




 それぞれに思いを馳せながら、少しずつ近付く陸地と穏やかな青い海の美しい風景を楽しんでいると、突然、魔術師のリヴァーがシャナンに駆け寄った。   

「シャナン様、ご無礼、拝借」


 驚きつつ反射的に庇おうとするターニャをシャナンが制すと、リヴァーがシャナンの首を後ろから掴んだ。

 喋る事が苦手なリヴァーの言葉の意味を正確には理解出来ぬまま、リヴァーに首を後ろから掴まれ、一気に体の力が抜けた。

 リヴァーを信頼しているシャナンは、彼女が訳も無く自分に何かするはずがないと心得ているので、意味は解らずとも、彼女のしたいようにさせた。彼女から首を掴まれたのはこれで二回目だった。一度目は、彼女の魔法の「練習」に付き合った時。


 魔力を全部吸い取られるような感覚の中で、リヴァーを見ると、シャナンの首を掴んでいないもう片方の手を空に掲げて早口に呪文を唱えていた。

 その細い指先から、5本の細い青緑色の光の線が流れ出ている。光の線が絡まり合い、巨船全体を覆うように、空に巨大な結界が紡がれ始めた。

(綺麗……)

 空に描かれる複雑で美しい光の模様に、シャナンは見惚れた。

 その場にいた者たち皆があっけに取られている内に、リヴァーはシャナンから手を離し、両手を空に伸ばして呪文を唱え続ける。力の抜けたシャナンが、ガクッと膝を折ったところをターニャが支えた。


「シャナン様! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫。それより、リヴァー……一体何を……?」

 ケルトレア一の魔力の持ち主である優秀な魔術師の彼女が、「何か」から自分達を守るために特殊な結界を張っているのだという事は解かった。

 しかし、何からなのだろうか? このあたりの海には、リヴァーがシャナンの魔力を使って大掛かりな結界を作らなくてはならない程に凶悪な魔物は生息していないはずだ。




「何、この結界!? 一体何が起きたの!?」

 ただ事でない気配を察して、船室から甲板に駆け出して来たランスロットが、黄緑色の瞳を大きく見開いて叫んだ。

 船の上空を覆う結界を見て、予期していなかった事態にランスロットは通常は剣を持つことを禁止している左手で剣を握った。


 巨大な魔力を感じてランスロットと一緒に船室にいたキースとナサニエルとテッドも甲板に上がって来た。

 キースは青緑色の光を見て眉を寄せた後、その結界を張っているのが彼の従姉妹だと分かると驚いた顔で呟いた。

「リヴァー姉さんが、女神の祝福を……?」

 普通の結界ではなく「女神の祝福」という王家に伝わる魔力を使った結界を見て、皆が驚き緊張が走る。 

「……何の為に結界を!?」 

 テッドは剣を構え、神経を研ぎ澄ますが、殺気を感じる事は出来ない。 

「シャナン様!」

 ナサニエルが、ターニャに支えられているシャナンに駆け寄った。

 既にテウタテスもシャナンの側に駆け寄っていた。 

「姉上、大丈夫ですか!? リヴァー!! お前、姉上に何をした!?」


「分からない物、来る」

 結界を作り終えたリヴァーは、近付いて来る陸地を鮮やかな緑の瞳で睨んだ。

 柔らかな青緑色の光が複雑な模様と魔法文字を描き、巨船全体を覆っている。


「テウタテス様、落ち着いて下さい」

 普段の彼からは想像できない真剣な口調と顔で、テウタテスの護衛騎士ショーンがテウタテスを宥める。

「シャナン様の血に宿る『女神の祝福』を代用して結界を張ったんですよ。リヴァーちゃん、敵はどんなもんかまだわかんねーかな? 俺の血も妙に騒ぐんだけどさ」 

 ショーンは豪快な剣使いにしか見えない容姿と性格だが、使える者の限られている時魔法を使うこともできる「古い血」の持ち主である。


 リヴァーが何をしたのか理解したテウタテスは、シャナンが蔑ろにされているように思えて、カッと頭に血が上った。

「『女神の祝福』が必要ならば、俺を使えば良いだろうが!!」

「黙りなさい、テウタテス! 気にしないでいいわ、リヴァー。正しい判断よ」

 ナサニエルに回復魔法を使ってもらって気力が大分回復した姉姫の言葉に、テウタテスは「しかし」と異論しかけたが、シャナンの強い視線に口を噤んだ。

「あなたの方が断然戦力になるのだから、気力と魔力を残しておくべきでしょう?」



「来る」


 リヴァーの台詞と共に、それまで穏やかだった波が、急に荒れだす。

 光に包まれた巨船は揺るがないが、その尋常でない波の起こり方に、皆、緊張した面持ちで剣を構え、慎重に辺りを見回した。

 陸地の方から、巨大な何かが一直線に海を切って船に物凄いスピードで突進して来る。ザバーッという音と共に、一気に波が立ったと思うと、それは空高く舞い上がった。


「鳥……?」

 シャナンがそう呟き、呆然と、水で出来た巨大な鳥のように見えるそれを眺めて天を仰いだ。

 皆の覚悟をよそに、優雅に空を舞い、陽の光にきらきらと輝くそれを、皆、言葉も無く呆然と眺めた。



「ああ、驚かせてしまったようですね」 

 船室から甲板に上がって来たヴィーダル王子が、のんびりした口調でそう言い、皆の視線を集めた。

 鳥の形をしたそれは、きらきらと輝きながらゆっくりと大きく船の上を旋回すると、ぱぁんっと音を立ててはじけ、細かな水滴となって四方に飛んだ。

 船の上には見事な虹がかった。

 あまりに平和な光景に、一気に緊張の解けたケルトレア王国の面々は、大きな溜息を吐いた。 

 勘違いをして戦闘態勢に入っていたのだと理解して、ヴィーダルは申し訳なさそうに頭を下げた。


「……驚かせてしまって申し訳ありません。あれは、兄達が送って来た歓迎の挨拶です。……あの、とても綺麗だったでしょう?」


「きらきら!」

 リヴァーが空の虹を見上げて、嬉しそうに微笑んだ後、はっとした顔をして、シャナンに頭を深々と下げた。

「勘違い、謝罪、シャナン様、ごめんなさい」 

 そう言って頭を下げ終わると、リヴァーは結界解除の為の呪文を唱え始めた。


「アズルガート式の歓迎って、こうやって相手を試すことなんだ? へぇ~! びっくりだよ」

 最年少のランスロットが、ついっとヴィーダルに詰め寄って、美しい瞳を憎々しげに細めた。

「こっちには世継ぎの王子とたった一人の王女が乗ってるっていうのに、随分と舐めたまねをしてくれるじゃないか!! 喧嘩売ってるって取られても仕方ないんじゃないの?」

「ランスロット!!」  

 キースが慌ててランスロットの左腕を握った。左手にまだ剣が握られているのを見て、キースは手に力を込める。 


「ランスロットの言うとおりだ。姉上にもしものことがあったらどうする気だ」 

 テウタテスがランスロットに同意してヴィーダルに詰め寄った。

 いつもならば直ぐに止めに入るであろう騎士達も、じっとヴィーダルを見た。彼らも今回ばかりはランスロットの意見に一理あると、無言ながら同意している。   



「不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。……まさか、あれが船に辿り着く前にこんな大掛かりな結界を張れる方がいるとは思わなかったのです。通常は『一体何だ?』と思っている間に鳥が現れ、出来た虹を見て喜ばれるのです。魔術師殿があまりに優秀で……」

「リヴァーちゃんの所為にするって言うの!? 責任転嫁もいいところだよ!」

「ランスロット、もう十分です」

 ナサニエルが落ち着いた口調でそう言い、ランスロットとヴィーダルの間に入った。

「こちらこそ、不敬な言動を失礼を致しました。盛大な歓迎をお礼申し上げます」

「そうですわ。誰も怪我などしなかったのですし、とっても綺麗でしたわ、ヴィーダルさま」

 シャナンがにっこり微笑むと、ヴィーダルはほっとした顔をしてから、もう一度シャナンに頭を下げて「ありがとうございます」と言った。




 船が港に到着すると、目の前に広がるアズルガートの地を見て「緑の色も土の色も町並みも違う」とシャナンは思った。

 初めて外国に来たわけではなく、以前外国に行った時にも思った事であったが、久しぶりに踏む他国の地を前に、シャナンの胸は沢山の不安と未知への好奇心で高鳴った。

 出迎えの人々の中に、第一王子と第二王子らしき人物を見つけ、緊張で鼓動が早まる。

 船を降りる途中で、こげ茶色の短髪の第一王子の、緑がかった薄茶色の瞳と目が合った。

 にっこりと微笑む彼は、7年前の縁談用の姿絵とそっくりだった。


(3割り増しに姿絵を描かせずに、ありのままに描かせたってわけね。ちょっとホッとしたわ。あれの3割引きじゃあまりにもねぇ。……っていうか、ちょっと待って!? あれって6年前なのよねぇ!? なんで変わってないのよ!! どう見ても28歳になんか見えないでしょうが!! 20歳っていうのだって怪しまれるわよ!! 老化止まるの早過ぎ!!)

 シャナンの心の叫びをわかってかわからないでか、ダグはシャナンを見て嬉しそうに、にこにこしている。

 それを見たテウタテスは、面白くなさそうに目を細めた。 



「はるばる海を越えて、良くぞ我がアズルガート王国へ。我が名はダグ・リグアズルガート。この地アズルガートを守りしバルバドル・リグアズルガートの第一の子。この地に害をもたらさぬならば、海神エーギヨルドの御名の下に、そなたを友と呼び、そなたから友と呼ばれよう」

 伝統的な歓迎の挨拶の台詞を言う間も、ダグは平和そうに微笑んでいる。その場に居合わした身分が一番高い者が名を名乗るしきたりなので、シャナン王女ではなく、テウタテス王子がダグ王子と挨拶を交わさなければならない。

 気の抜ける微笑みを向けられて、テウタテスのこめかみがぴくぴくと動いた。


「我が友ダグ・リグアズルガート。我が名はテウタテス・ケルダーナ。かの地ケルトレアを守りしディアン・ケルダーナの第二の子。女神ダヌダクアの御名の下に、友の地へ立つ事をお許し願いたい」

 どうにか台詞を言い終えて手を差し出しながら、テウタテスは我慢の為に歯を食いしばる。

「許そう、我が友テウタテス・ケルダーナ」

 テウタテスの手を嬉しそうに握って、ぶんぶんと振るダグを、ケルトレア勢は目を瞬かせて眺めて、それぞれに感想を持った。

 ある者は「良い人そうだな」と、またある者は「とんだ曲者だな」と。

 両親に言われた「嫁き遅れる」という言葉を多少気にしている24歳のシャナンは、自分より4歳も年上のダグが自分より年下に見える事に納得がいかなくて、その事で頭がいっぱいだった。



「シャナン王女、よくぞおいで下さいました」

 ふふふ、と嬉しそうにダグに微笑まれて、シャナンは緊張しつつも得意の可憐ぶりっ子笑顔を返す。

「視察という、わたくしの我侭を受け入れていただきまして、ありがとうございます」 

「可愛いあなたの我侭ならば、いくらでも大歓迎ですよ」  

 にっこり微笑むダグの台詞に、シャナンは驚いて笑顔のまま固まった。

(……ちょ、ちょっと、予想外、仮定外じゃないの! のほほんとした顔で言う言葉じゃないでしょ!? 思わず儚げ可憐ぶりっこ仮面が剥がれかけちゃったじゃない! ……これは、厄介な事になるかもしれないわ。どうしようイーディス……)

 相談しようにも、ここにイーディスはいない。

 今頃はネーゼタウィに帰ってレブラン王子と仲良くやっているに違いない。そう思うと、妙に心細く不安を感じた。


 騎士達の紹介が終わると、ダグは隣に佇む目も眩む美男子の第二王子を嬉しそうに紹介した。

 アズルガート王国の第二王子デリングは、金の巻き毛に鮮やかな青の瞳に染み一つ無い滑らかな白い肌に、ほんのりと薔薇色の頬と唇も艶やかで、皆思わず見惚れてしまった。

 視線を集めたデリングは、居心地悪そうに長い睫毛を伏せた。

「……きらきら」

 リヴァーが頬を染めて言うと、キース以外の皆がコクコクと頷き、アズルガートの者達は聴きなれぬ言葉に首を傾げた。 

 キースはリヴァーに不思議そうに首を傾げた後、「あ、あの魔法のことか」と呟いて納得し、ふとダグ王子の後ろに控えた者の一人に目を留めた。

 その時、驚いた様に目を見開いた彼が小さく呟いた従姉妹と同じ台詞に、気付いた者はいなかった。




 用意された馬車に乗る際に、ダグがヴィーダルに声を掛けた。

「お帰り、ヴィーダル。ご苦労だったね」

「いえ、ダグ兄。俺こそ、本当にありがとうございました」

 ダグに声を掛けられて、ヴィーダルは嬉しそうに言う。それを見て、ダグとデリングは愛しそうに目を細めた。 

「楽しかったですか、ヴィーダル? 後でゆっくり話を聞かせて下さい」

「はい、デリング兄!」


 王子達の様子を見て、シャナンは微笑ましくなった。

(ふんふん、仲良しなのね。……むむむ。私、酷い事をしようとしているんじゃない? ……ううん、駄目よ、シャナン! 他人の兄弟愛を壊してでも、幸せを掴み取らなきゃ! 生きるとは罪深い事なのよ! 頑張れ、私!)


「シャナン王女、お手を」

 ダグがそう言って、にこやかにシャナンの手を取り、馬車に乗せた。

「ありがとうございます、ダグ王子」

 第二王子と第三王子の前だけでぶりっ子をするわけにもいかないから、とりあえず、ダグの前でも可憐ぶりっ子をしておく。

 シャナンはターニャと共にダグとデリングと同じ馬車で移動をする事になった。ダグとデリングの後ろに控えていた黒服の女性二人も一緒である。馬車の中で彼女達が護衛である事を紹介された。


 ヴィーダルはテウタテスと同席している。ということは、ヴィーダルの護衛ガルムとテウタテスの護衛ショーンも一緒だ。

 むさ苦しい馬車ね、と思ってシャナンは心の中でくすりと笑った。

  

 シャナンはダグの隣に座り、向かい側に座ったデリングの美貌にこっそり感嘆の溜息を吐いた。

(あぁ……本当に美人だわ、第二王子。女の私よりずっと美人なんて、嫌になるわよね! これは無理。落とせる自信無い。っていうか、落とせないっていう自信があるわよ! ……となると、やっぱり第三王子よね……。きっと、的を絞った方が上手く行くわ。……でも、どうやって攻めたら良いのか、本当に分からなくなっちゃったのよね……)


 シャナンが思いに耽っていると、急に優しく手を握られた。

 驚いて顔を上げると、ダグがそっとシャナンの手に口付けを落とした。

「え!?」 

「シャナン王女……あなたにお会いできる今日を、一日千秋の思いでお待ちしておりましたよ」

 驚いて目を見開きつつも、シャナンは出来るだけ動揺を隠して微笑んだ。

 ダグは楽しそうに微笑んでいる。


「……わたくしこそ、アズルガートをこの目で見られる今日を、心待ちにしておりました」

 そつの無い返答をしながらも、思いもよらなかったダグの行動にシャナンは内心とても焦っていた。

 童顔でのほほんとした気の抜けた笑顔と、その言動は全然合っていないわよ、と思いながらダグに握られている手に視線を落とす。伝わる暖かな体温に不安な感覚が駆け上がり、思わず手を引くと、ダグはあっさりとシャナンの手を解放した。


「ふふふ。私ではなくアズルガートを、ですか。私のことを想っては下さらなかったのですか?」

「その……ダグ王子のことは、何も存じ上げませんでしたから。……わたくし、知らない方を想うほど器用ではありませんわ」

 いつもどおりに、儚げ可憐な微笑を浮かべているものの、動揺を隠し切れない。

「では、私の事を今日から沢山知って下さいね。私もあなたの事を沢山知りたいと思っています。シャナン王女」 

「……そ、そうですわね」

 シャナンは、どきどき煩い自分の鼓動を聞きつつ、遠い地にいる親友を思った。



(ど、ど、ど、どうしよう、イーディス!! なんか、物凄く、前途多難な気がするわ!!)

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