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第十四話 「歴史の裏と一見順調な迎えの準備(下)」



「我が君。ケルトレアが見えて参りました」



 ケルトレア王国海域。

 世界一と言われる造船技術を誇るアズルガート王国の黒い巨船が、爽やかな秋晴れの空の下、風を切りながら疾走する。


 緑がかった黒髪に深い緑の瞳の、端正だが厳つい顔付きの長身の男が、彼の主に声を掛けた。

 彼の名はガルム。主はアズルガート王国第三王子ヴィーダル・リグアズルガート。

 主も背が高く体格が良く精悍な顔つきと黒髪で、似たような特徴の二人が並んでいると大変に威圧的だ。普通の心臓を持った者ならば直ぐさま道を譲り、子供は怯えて泣き出すかもしれない。


 ヴィーダルの実の兄達である、中肉中背の童顔で柔和な顔付きの第一王子や、初めて見る者は驚いて口を閉じるのも忘れてしまう程の美貌を持つ第二王子よりも、ヴィーダルはガルムと兄弟と言った方が真実味があるかもしれない。

 アズルガート王家の三兄弟は、誰が見ても仲の良い兄弟だが、誰が見ても全然似ていない兄弟だった。

 王子達の両親は健在で、「青き悪魔」との異名を持ち恐れられている父王が王后に異常な執着を持っているので、兄弟の両親は同一でしかありえないのだが、長男は母親似で三男は父親そっくりに、姿が分かれているのだ。

 真ん中の次男は、鮮やかな青い瞳は父から、金の巻き毛は母方の祖母から、華やかな美貌は父方の祖母から譲り受けていて、三人は全く似ていない容姿になってしまった。




 ヴィーダルは灰青の瞳を細めて、海上遠くに見える陸地を見据えた。


「……とうとう、ケルトレアに」

 そう呟いた主の落ち着きのない様子を見て、ガルムは心の中で溜息を吐いた。

 正直言って、今直ぐ国に帰りたい。


 ガルムはアズルガート王家の大きな戦力である「鳥使い」の一人で、ヴィーダルの護衛担当である。

 護衛の他に、暗殺や情報収集など、裏の仕事も必要ならば迷わずこなす。

 孤児であった彼は、鳥使いの血を引いている事がわかった為に、鳥使いの元締めに拾われて育てられた。

 仕事の腕は確かで、国を裏から支える自分の仕事にも誇りを持っているし、同じ武人として優れたヴィーダルに仕えることにも喜びを感じている。

 しかし、今回の仕事はどうも憂鬱なのだ。



 国外に赴くことが苦なのではない。

 確かに、愛妻と離れるのは辛いが、仕事なのだから仕方がないと割り切っている。それに、久しぶりに再会すると、いつも淡白な妻がたっぷり愛情表現をしてくれるのが嬉しい。

 だから、決して出張が嫌なわけではないのだ。


 何が嫌かというと、主のケルトレア王国贔屓である。

 今回の主の仕事は、主の兄である第一王子ダグの妃になる予定のケルトレア王女をアズルガートまで無事に連れ帰ることだ。

 単純な仕事で、本来自分はただ主に付いて護衛をするだけの筈である。

 だが、何故かそれだけでは済まない予感がするのだ。そして、ガルムは自分の予感が良く当たる事を心得ている。


 なんせ、あのラズが先にケルトレア入りをしているのだから、何もないはずがない、と思う。

 赤味がかった黒髪のひょろりとした体の同僚のへらへらした笑顔が目に浮かんで、ガルムは益々渋い顔をした。

 ラズは鳥使いの元締めの息子で、リズィという名の双子の妹と共に、アズルガート王国第一王子ダグに仕えている鳥使いである。

 一見のんびり人畜無害そうに見える第一王子は、腹黒く冷酷な面を持つ策士であり、彼の鳥使いのラズがケルトレアに先に来ているということは、裏に何かあるという事なのだろうとガルムは心得ている。



 不機嫌なガルムとは対照的に、彼の主であるヴィーダルは上機嫌でガルムを見た。


「港のあるルクサルディアは、ケルトレア王国の建国前にあったブレリア王国の王都だった街だ。国が変わった時に都市の名前も変わっているから、『ルクサルディア』というのは滅びたブレリア王国の王都名ではないのだが。兎に角、この街で前の王国から政権がケルトレア建国王に移ったんだ。つまり、正にケルトレア王国建国の歴史縁の地を踏むということだ!」

「……今は、ケルトレア王家の唯一の分家であるルクサルド公爵家が治めていて、公爵はケルトレア王の後見人でもある、ということでしたね」

 興奮した様子のヴィーダルに落ち着いた声音でガルムが返すと、ヴィーダルは嬉しそうに笑った。


 ガルムは主の様子を他の者が見ていない事を海神エーギヨルドに感謝した。こんな姿を臣民に見られたら、「青き軍神」の名が廃る。

「流石、ガルム。詳しいな! もしかして、お前もケルトレア王国の騎士物語が好きなのか?」

「……いえ、任務ですから」

「今度、本貸してやるからな。面白いし、感動するぞ! 読んでみると良い」

「……我が君の仰せのままに」


(前王国王都、ルクサルディアか……)

 次第に大きくなってくる美しく巨大な街並みを凝視して、ガルムは眉を寄せた。


 意外と努力家で勉強家なガルムは、歴史書だけでなく、主のお気に入りのケルトレア王国騎士物語も主を理解する為に全て読破済みである。

 しかし、特に心を動かされる事もなく、一体何がそこまで主の心を動かすのか理解できなかった。

 可憐で儚い姫を勇敢に助ける騎士の話は、幼少の頃に社会の底辺を知ったガルムにとっては、あまりにも馬鹿馬鹿しく幼稚な夢物語に思えた。

 可憐で儚いふりをして男を騙すのは、良くある女の手口だ。そもそも、儚げな女など自分の趣味に合わない。それに、女がしっかりしていなくては社会が回らないではないか。特に自国の王后と王を見ればそれは一目瞭然だ。

 ガルムは渋くいかつい見た目に似合わず、4歳年上のしっかり者の妻にめろめろな愛妻家だった。



 騎士物語は、一体どこまで歴史を正確に語っているだろうか、とガルムは疑問に思う。

 アズルガート王国の現在の王朝が先代の王朝に取って代わったのも、430年も前の話なのだから、自分が聞いている自国の歴史とて真実なのかわからない。


 ケルトレアの建国も約400年前。

 騎士物語によると、以前にこの地にあった「悪い」ブレリア王国で地方領地を「大変立派に」治めていた貴族がケルトレア王家の先祖で、ケルトレアの領民のみがブレリア王国内で飢えを知らない幸せな民であり、ケルトレア建国王は彼の領地を治める「心優しい優秀な領主」であった。

 その領地の都だったのが、現在のケルトレア王国王都ケルアだ。


 中央でブレリア王国の「悪政」を嘆いた者達、他国からケルトレア建国王を「慕って」ケルトレアに移住した新しい人材、そして建国王が良い王になって立派に国を治めて民を幸せにすると信じて、領地をケルトレア建国王に「献上した」隣国。

 建国王と彼の5人の騎士達はそれらを纏め上げて、「民を苦しめていた」ブレリア王国を滅ぼし、結果的にブレリア王国よりも広い領土を併合してケルトレア王国とした。



 歴史とは、その時代を治める権力者の都合の良いように書かれるものだろう。

 正直、どうでもいい、とガルムは思う。


 「鳥使い」の血は、アズルガート王国の前王朝の王家の血である。だから、現アズルガート王家の先祖に滅ぼされた王族の血を自分もほんの少し受け継いでいるのだろう。

 この血のおかげで生き長らえた。だから、それはありがたいと思う。

 しかし、遠い昔の自分の先祖が現在自分の仕える主の遠い昔の先祖と因縁があろうとも、どうでもいい、と思う。そこに意味を見出せない。


 今、ガルムにとって大切なのは、信憑性の不確かな昔話ではなく、見知らぬ地で主を守ることである。

 単純な話だ。

 それなのに憂鬱になって色々と要らぬ事を考えてしまうのは、単純には済みそうもない予感がする所為だ。



 ルクサルディアでの歓迎会の後は、「扉魔法」で古都ルクサルディアから王都ケルアに移動する、と聞かされている。

「扉魔法」は知識としては知ってはいるが、アズルガートには伝わっていない特殊な魔法なので、実際に使用するのは初めてだ。


 正直、気持ちが悪いし、不安に思っている。

 扉魔法を使用する話を聞いた第二王子デリングは、自分がケルトレアに行って実際に体験したいと言い出したが、結局は当初の予定どおり、デリングではなくヴィーダルがケルトレアに来ることで落ち着き、魔法研究欲旺盛なデリングはダグの決断に珍しく大変がっかりしていた。


 扉魔法を使用するかしないかの選択権はアズルガート側に委ねられていて、断る事も出来た。

 しかし、第一王子ダグも扉魔法に多大な興味を抱いており、是が非でも「扉」を使用してその詳細を報告をするように、と言うのだから、選択の余地はない。

 口に出すのは怖いので言わないが、人体実験に弟王子を使用するのは勘弁してくれ、と思う。


 「扉魔法」で転送される先が、本当にケルトレアの王城だと、誰が保障出来るのだ? とガルムは思う。転送された先は僻地で、敵に囲まれている、という可能性だってあるだろう? そう思いながら、主の顔を横目で盗み見る。


 浮かれている。

 完全に、浮かれている。


 笑顔の主を眺めながら、ガルムは思った。

 ケルトレアなんか大嫌いだ、と。



 口笛を吹くと、彼の「鳥」 が、まるで黒い布がひらひらと風に遊んでいるように回旋しながら降りて来て、ゆっくりとその頑丈な肩に留まった。

 鳥使いは、彼の鳥の舞い降りて来た青空と同じ色の瞳を持つ愛妻フリムの微笑を思い浮かべた。

 強くしなやかで優しく有能な鳥使いの彼女は、儚い姫なんかよりも、ずっと美しいと思う。

 誰よりも、美しいと思う。


(頼むから、面倒なことは起きないでくれ。……ああ、早く任務を終えて家に帰ってフリムを抱きたい)





 ルクサルディアはケルトレア王国の玄関であり、重要な貿易の要である。したがって、他の地方都市とは扱いが違う。それが公爵家がこの地を治めている理由であり、又、騎士隊の中部隊が常に2部隊も駐在している理由である。


 ケルトレア王国騎士隊は、5つの部隊から成り、各部隊は4つの中部隊から構成される。

 中部隊が常に2部隊ルクサルディアに駐在しているということは、つまり、騎士隊の10分の1の数の騎士達が常にルクサルディアを守っている計算である。

 一ヶ月に一度交代でルクサルディアに派遣される為、どの騎士達も、一年に一ヶ月以上はルクサルディアで暮らすことになる。

 住めば都というように、暮らせばその土地に愛着が湧くもの。騎士達も、自然とルクサルディアに愛着を持つ。


 それでなくとも、気候も良く、以前王都であったことからも歴史も長く文化的で、他国との交流から開放的で珍しい物にも溢れ、それでいて騎士隊と領主のおかげで治安も良く住み易いルクサルディアは、住む土地としても観光地としても非常に人気がある。

 その上、騎士隊駐在制度がある事により、ルクサルド公爵家の地位は益々不動のものになっている。


 更に、ケルトレア王国には現在他に王族がいない為、「国王の六親等」という、他国ならばそこまで地位の無い公爵家の子供達が、王子達の兄弟や従兄弟のように扱われているのだ。

 イーディスが他国の王子の元へ嫁いだり、ハリーが他国の王女を妻にしているのも、彼らの地位の高さを示している。




 シャナン達は、ヴィーダル王子を出迎える為に港の高台に作られた貴賓席で船の到着を待っていた。


 アズルガート王国から来る王子と世界的に有名な巨船、自国の王子と王女も見ることが出来る機会に、町中お祭り騒ぎになっている。住民だけでなく、観光客も集まり、町は大変な賑わいを見せていた。

 駐在している騎士隊の中部隊も、警備に大忙しである。駐在している部隊以外にも王都から応援の人員が配置され、青い制服をビシッと着た騎士達が並ぶ光景は中々迫力がある。


 ルクサルド公爵家の者達とその配偶者達とシャナン王女とテウタテス王子も、勿論、他国の王子を出迎えるに相応しい装いをしている。国を代表する美形が揃って着飾っているのは見応えがあった。

 その中でも一番の戦闘服を着込んでいるのは、勿論、シャナンだ。

 昨夜イーディスと作戦を練った成果である。


 レースを贅沢に使いつつもくどくなく優雅さと気品に溢れた白いドレスは、清楚可憐な美しさを引き立てる最高の選択。淡い色とりどりの生花で、その華やかな金の巻き毛を飾る事も忘れていない。

 彼女の中身を知る者達でさえ、息を呑み思わず見蕩れて、シャナンが可憐な姫だったのかと錯覚する程に、目を見張る美しさに仕上がった。


 美しく着飾った姉の横に隣に立つテウタテスの内心は、大変な事になっていた。

 世界中に見せびらかしたいような、部屋に閉じ込めて誰にも見せたくないような、寧ろ今ここで襲ってしまいたいような、兎に角、複雑な感情に悶々と堪えていた。

 その感情の渦が駄々漏れの王子を見守る周りの心境は、ある意味もっと複雑なものだったが。



 本来ならば涼しげな筈の緑の目を充血させて、その端正な顔に隈が出来ているのは褐色の肌のせいで目立たないで済んでいるらしいレブラン王子が、今日も軽く妻のイーディスに放っておかれているのが視界に入って気まずく思いつつも、シャナンは戦闘体制に入った。


 これから敵を迎え撃つ、もとい、ヴィーダル王子を誘惑しなければならないのだから、気合を入れていかなくてはならない。

 シャナンが、柔らかく微笑んだ笑顔の下にそんな闘志を燃やしているとは、昨夜話したイーディスを除いた周りの者達は想像もしていない事だろう。



(覚悟しなさいよ、アズルガート王国第三王子! 可憐ぶりっ子の集大成を見せてあげるわ!)



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