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第十話 「非常識な宰相の常識的な裏工作(中)」



「……というわけで、君達には私の指示通り、シャナン様とアズルガート王国の第一王子の縁談を進める手伝いをしてもらうよ。宜しく」


 ケルトレア王国の宰相、サイモン・エクリッセが彼の職務室でそう言うと、彼の向かいに座っていた美少年二人の内、薄く赤みのある金髪の少年は神妙な顔をして頷いた。

「解かりました」

「僕は協力しないから」

 黒橡色の短髪の少年は、長めの前髪の下の綺麗な黄緑の瞳に最大限の不機嫌さを表して、フンッと鼻を鳴らした。

 赤金色の背までの長い巻き毛を後ろで一つに結んだ少年は、髪と同じ色の美しい瞳を隣りに座っている幼馴染に向け、形の良い眉をきゅっと寄せる。


「ランスロット」

 親友に咎められるように名を呼ばれることは、ランスロット・ネグリタ、ネグリタ聖騎士爵家の末息子にとって日課と言っても過言ではない。

 我侭で唯我独尊のランスロットだが、親友のキース・ブラヴォド、ブラヴォド聖騎士爵家の末息子、の言う事は素直に聞くので、キースはいつもランスロットの宥め役をしている。見慣れた二人のやりとりを見て、サイモンは笑った。


 サイモンの父親達の溺愛する妹、つまりサイモンの叔母がキースの母親なので、キースは彼の11歳年下の従兄弟である。

 キースの父とサイモンの父親達は小学校の同学年で親友であり、それが縁でキースの両親は出会い結ばれたので、家族ぐるみで付き合いが深い。

 父親達が宰相を務めていたこともあり、他の聖騎士爵家の者達とも物心付く頃からの付き合いだ。

 キースの一つ年下のランスロットのことも生まれた時から良く知っている。二人まとめて弟のようなものだ。


「……ほう? 何故かな?」

「別に理由なんてどうだっていいでしょ」 

 今一度、フンッと鼻を鳴らしてランスロットはそっぽを向き、キースは困った顔でサイモンを見た。

 その様子を眺めて、サイモンは目を細める。 

「ふーん。そう。……キース、ランスロットと二人で話がしたいから、席を外してくれるかい?」

「はい。わかりました」  

 キースはサイモンに頭を下げた後、ランスロットを嗜めるように見て、宰相の執務室を出て行った。



「で? 何故なんだい?」 

「僕も、シャナン様が第二王子か第三王子とご結婚して、ケルトレアに残られることに大賛成だから」

 二人になると、平均より少々小柄な事を気にしている13歳の騎士学生は、宰相を睨み付け、臆する事なく言った。 

 予想していた台詞に、サイモンは楽しげに笑う。

「君に私の命令を拒絶する権利など無いよ?」

「なんで? 僕がサイモンに一体何の恩恵を受けてるって言うの? 僕は騎士学校の生徒だからね。宰相閣下の部下でもなんでもないよ。残念でした」

 ランスロットは挑発的な物言いで、彼らの世代で一番の美少年と言われる美しい顔に皮肉を込めた微笑を浮かべてサイモンを見た。ちなみにキースは二番手だが、キースの方が人当たりが良く優しいので、女の子からの人気はキースの方がずっと上のようだ。

 兄キリアンも女性に大人気だが、兄と顔がそっくりな上に兄のように無口で無表情でもなければ婚約者もいないキースは、この先女性達に囲まれる機会が増える事は必至だ。


「アズルガート側は、シャナン様のお相手が第一王子でなければ縁談はなかった事にすると言っている、と話したろう? 国益を思えば、シャナン様にアズルガートに嫁いで頂き、同盟を結ぶのが一番だろう? それを解からない君ではないはずだ。君の偉大なお父様やお祖父様や曾お祖父様が、先祖代々命を懸けて守って来たこの国を、危険に晒す気かい?」

 ディアン王を彼が15歳で即位した時から支えて騎士長を長く努めた父や、同じく騎士長を勤めた祖父と曾祖父を持ち出され、ランスロットは顔を歪めた。

「僕とキースに、キリアンを裏切れと言うの!?」


 キースの兄である聖五騎士のキリアン・ブラヴォドをナサニエルが留守の間の王と王后の護衛責任者にして、彼の幼少の頃からの婚約者アリス・ルクサルド公爵令嬢を王后の手伝いに城に呼ぶと言う話を聞いて、思い付くことがあった。

 婚約して17年も経ち、アリスが成人して4年も経った今でも、キリアンとアリスがまだ結婚していない理由。

 アリスがディアン王の又従姉妹で、三代前の王の曾孫で、未婚の女性としてはシャナン王女の次に高い身分で、その瞳が「女神の祝福」と呼ばれる青緑色であるという事実。

 そして何よりも、姉姫以外の女に興味が無いテウタテス王子が、幼少の頃からの学友であり姉と面影の少し似たアリスに対しては、他の者達とは違う態度を取っているという事実。

「……アリス様をテウタテス様のお妃様にするの? ……酷いよ!! ……そんなの、あんまりだ……!」

 悔しそうに唇を噛んで俯いたランスロットに、サイモンは目を背けた。

「君は黙って私に従っていれば良いんだよ」


「絶対に嫌だね! キースと一緒に絶対に邪魔してやる。大体、僕達がサイモンに指図される理由なんか無いし!」

 怒りの炎を燃やす黄緑色の瞳に、サイモンは鮮やかな緑色の瞳で珍しく威圧的な視線を向けた。 

「宰相と同等の立場の騎士は、騎士長だけだ。私に口答えして良い騎士は、胸に青の印を持つ騎士達のみ。文句があるのなら、お兄ちゃんを連れて来なさい。もしくは、お兄ちゃんを殺して聖五騎士の座に納まってから出直しておいで。それとも、お父様に泣き付くかい?」

「悪趣味! 鬼畜! 陰険!」

 ランスロットが悔しそうに叫ぶと、サイモンは明るく笑った。

「一生、お兄ちゃんの影で目立たないように力を抑えるつもりなのか? 勿体無いね、君の左腕」

「煩いよ! 関係ないだろ!!」

「関係あるよ。私はこの国の宰相だからね。有能な人材を、埋もれさせておく訳にはいかない」


 左利きのランスロットは、勿論、剣も左手の方が上手く扱える。寧ろ、彼の左手は剣を上手く扱え過ぎるのだ。

 それに彼の父が気付いたのは、ランスロットが小学校に上がる前のこと。

 体の弱い妻が長男を産んでから17年経って末息子を身籠った時に騎士長を辞した彼の父は、様々な思惑の下、末息子に右手で剣を握らせ右手で字を書く事を練習させた。それ以来、ランスロットはいざという時以外は左手を使うことを禁じ、普段は右手を利き手として使用している。

 二本の剣を自在に操るケルトレア王国の隠された兵器の有効利用方法を、サイモンは昔から思案していた。 



「聖五騎士の副官だって、立派な国の要だよ」

「そうだな。沢山の部下を従えて、人をまとめる能力が必須のやりがいのある仕事だな」

 からかうようにサイモンが言うと、ランスロットは又悔しそうに唇を噛んだ。

「……煩い」

「君に勤まるのか?」

「煩い! 他に選択肢なんか無いんだ!」


 彼の兄が聖五騎士を勤める限り、他の部隊の隊長に空きが出来ない限り、ランスロットは聖五騎士にはなれない。

 そもそも、ランスロットは部下の面倒を見て部下から慕われる性格を持ち得ていない。本当は、自分は騎士に向いていないのではないかと思っている。

 聖騎士爵家に生まれたから、周りが皆騎士だから、選択の余地など初めから無かった。家名に従い、偉大な父の名に恥じぬよう、敬愛する兄に心配をかけぬよう、それしか生きる道など無いのだ。

「ある、と言ったら?」

「……騎士以外になるつもりはないし、兄様の為に死ぬのはかまわないけど、兄様を排する気なんか死んでもないよ! 解かっているくせに!」


「もちろんだよ。騎士隊にとっては、君よりもトリストラム殿の方が格段に有益だからね。君が騎士学校を卒業して数年年騎士隊で鍛えられた後は、宰相補佐にするつもりだ」

「……宰相補佐?」

 サイモンが宰相になる前に就いていた役職名にランスロットは眉を寄せた。

 宰相補佐には文官と騎士の各数名が置かれる事がある。現在も文官2名と騎士2名が置かれている。文武の架け橋的な役割を持つ重要な役職だ。

「キースも、君の新しいお姉ちゃんも一緒にね」


「イゾルデ姉様も……?」

 キースと自分が一緒にいることが当然だと思っているランスロットは、親友の名が出た事には驚かなかったが、異国の王女であった兄嫁の名が出た事に驚いた。

「そう。まとめなきゃいけない大勢の部下もいないし、お兄ちゃんに遠慮する必要もないし、一緒に仕事するのは私とキースとイゾルデ殿と頭の切れる優秀な文官数名だ。君にとってこれ以上無い最高の職場だろう? 私の手足となって調査をしてもらったり、他国に探りに行ってもらったり、君にぴったり」

 気ままな個人行動を好むランスロットにとっては、とても魅力的な話だ。

「……なんで姉様まで?」

「イゾルデ殿は、エパーニャの王女だった時には、素晴らしい政治家だったからね。今は新しい国での生活が大変だろうが、ケルトレアの生活に慣れたら家で暇を持て余す事だろう。勿体無いだろう? 君もキースも、副官よりこちらの方が才能が生かせるだろうからね」


「……じゃあ、ロビン殿も一緒に移動させてよ。遠慮しているのは、ロビン殿も一緒だよ」

 ルクサルド公爵家の末息子の名をとっさに上げた。アリスの1歳年下の弟であるロビン・ルクサルドは王位継承権を持ち、騎士隊の中で異質な存在である。望まずとも皆が彼に遠慮をし、彼も周りに遠慮をしているところがある。

「ロビン殿はナサニエルが騎士長になったら、ナサニエルの後釜に両陛下の護衛担当になるんじゃないかな。あの子は、聖騎士城よりも王城の方が似合っているからね。まぁ、テッドが手放さなくてこのまま白部隊副官かもしれないけどな」


 昔、よく王城に招かれて一緒に遊んだ。聖騎士爵家の子供達と、エクリッセ伯爵家の子供達と、ルクサルド公爵家の子供達、そして王女と王子。

 王城にいるアリスとロビンの姉弟を想像する。アリスの隣りにいるのは……。 

「駄目だよ。……やっぱり、アリス様は……駄目だ。やっぱり、僕、副官で良い。絶対に反対だから!」

 アリスの隣りは、キリアンじゃなきゃ嫌だ。そう思った。

 幼い頃からキリアン命で、感情のままに盛大に愛を表現するアリスと、反対に表情には乏しいもののアリスを大切にしているキリアンの二人はどう見ても似合うと思うし、何よりもランスロットは二人の事がとても好きだった。

 アリスが無理やり王太子妃にさせられるなど、想像したくもない。



「キーラがどうなっても良いのかい?」  

「え……?」

 宰相が静かに言った言葉に、ランスロットは青ざめた。

「私の意思で、キーラの嫁ぎ先を決めることが可能だと言う事を理解しておくべきだね」

「そんな、何言って……キーラはエクリッセ家の娘じゃないよ! ブラヴォド家の娘だ。サイモンがどうこう出来るわけない! ……騙されないよ」

「本当に、そう思う?」

 キーラはキースの姉で騎士学校に通うブラヴォド家の長女で、サイモンの従姉妹。そして、ランスロットが一方的に惚れていて、将来嫁に貰おうと勝手に決めている相手だ。

「……キーラをどうする気……?」

「さあ? 君の誠意しだいかな。君が私に刃向かうのならば、私もそれなりの応酬をするよ。キーラは、あのとおりとっても美人だし、これからもっと綺麗になるだろうし、なんせブラヴォド家とエクリッセ家の血を持つ娘で、賢く魔力も高く剣の腕も良く、性格も素直で可愛くて、ケルトレア中の貴族の家がキーラを欲しがっているからね。態々、関係が良好な君の家に嫁にやるのは勿体無いだろう?」


「やめて!! キーラは……キーラは僕のだ!!」

 叫ぶランスロットに、サイモンは満足げに目を細めた。

「……私に従うのなら、キーラを君にあげるよ」

 その言葉に、呆然として、ランスロットはサイモンを見上げた。

「……本当……?」

「ああ。君が私を満足させる働きをするならば、キーラは必ず君の手に渡ることを約束しよう」

 どくんっと心臓が大きく鳴った。

 咽が渇いて、指先が痺れた。

 自分の長年の愛情表現を全く受け入れてくれないキーラの顔が脳裏に浮かぶ。

 無理やりにでも、絶対に自分の物にする予定だ。その手段を手に出来るというのなら……。卑怯だっていい。キーラは、誰にも渡さない。そう思うと、親友の顔がちらついた。その赤金色の瞳に真直ぐに見据えられる。


「……キースは、納得しないよ……」

「いや、キースは私の指示通り動くよ。あの子はある意味君よりよっぽど賢いからね」

 サイモンの言葉にランスロットは眉を寄せた。

「……何それ」

 納得するはずないじゃないか。

 キースは兄キリアンを慕い幸せを願いつつも、兄の婚約者であるアリスに純情に横恋慕していて、物心ついた時からその感情に板挟みになっているのだから。


「君も私の指示どおり動く、という事で決まりだね?」

「……キースが納得しているのなら……」

 自分の唇から漏れた言葉に、自分でも卑怯な台詞だと思った。

 どうせ僕は、卑怯で小心者で人の不幸の上に自分の幸せを築く人でなしだよ。そう思っていじけながら、ランスロットは項垂れた。

「明日の朝一番で、アズルガートに行く騎士達全員を集めて話をするから、寝坊せずに来るように。キースにも今少し話をしたいから、ここに来るように伝えてくれ」

「……解かったよ」




「ランスロット、大丈夫?」

 宰相の執務室を出ると、キースが扉の横に立っていた。

 キースは聖騎士城に帰ったものだと思っていたランスロットは、驚いて目を見開いた。

「……待っててくれたの?」

「うん。心配だったから。……大丈夫?」

 赤味を帯びた金の瞳に見詰められて、同じ色の瞳を持つ彼の兄を思い出し、ランスロットはとっさに目を逸らした。己が恥ずかしく浅ましく思えて俯く。

「……僕は平気……。サイモンがキースとも二人で話がしたいって……」

「解かった。じゃあ、行ってくるね」

 全然平気そうには見えない親友を心配そうに見やってから、キースは宰相の待つ部屋に入って行った。



「僕にもまだお話があるそうですが、何でしょうか?」

 宰相の執務室に入ると、キースは率直に尋ねた。

 サイモンは、キースを先ほど彼が座っていた長椅子に座るよう手招きし、微笑んだ。

「キース。私の可愛い従兄弟君。君はこの話をどう思う? ランスロットには反対されてしまったよ」

「ランスロットが反対したのは、兄上とアリス様を思ってのことでしょう?」

 しょうがないな、と言うようにふっと大人びた笑みでキースが言うと、サイモンは真剣な顔でキースを見詰めた。 


「……君は反対しないのかい?」

「僕が反対した所でどうにかなる話ではありませんし、僕はあなたのことを信じていますから。あなたが本当はとても面倒見が良くて優しい人だって知っていますし、宰相としても一人の人間としても、信じています」

 そう言って微笑んだキースに、サイモンは珍しく動揺して頬を赤らめた。それを見て、キースは嬉しそうに笑う。


「まいったな……。キースは、アリス様が他の男の妻になっても大丈夫なのか?」

「僕が生まれた時には、アリス様は既に兄上のものでしたから。羨ましくないと言えば嘘ですけど、兄上も誰かさんのお蔭で大変ですし」

 少し首をすくめたキースに、サイモンは溜め息を吐いてから微笑んだ。

「君には頭が上がらないよ。昔から何故か君には勝てる気がしない。10歳以上も年下なのに、何故だろうね?」

「光栄です。僕がエクリッセ家の血を引いたあなたの従兄弟だからでしょう。僕はあなたと争う気などありませんし、ランスロットと一緒にあなたの下で仲良く働きますから、ご安心下さい」

「ありがとう、キース。助かるよ。……本当に」

 眉を下げて、少し情けない顔をして微笑むサイモンに、宰相から他の者には見せない顔を向けられたキースは、14歳とは思えない大人びた微笑を返した。

「解かっています。サイモン兄さん」




「あれ? ランスロット、待っていてくれたの?」

 扉の外に、平均より小柄な親友がその身を益々小さくして脚を抱えて座っていたのを見つけて、キースは目を瞬かせた。ランスロットはキースの顔を見て立ち上がり、俯いた。

「うん。……キース、ごめんね」

「どうしたの? 何を謝っているの? ランスロットが僕に謝る事なんてないんだよ」

 優しく慰めるように言うキースに、ランスロットは眉を寄せて必死な顔をした。

「だって、だって……。アリス様のこと……」

「大丈夫だよ、ランスロット」

 力強く言って微笑んだキースに、ランスロットは驚いて目を見開いた。

「……大丈夫って……?」

「ふふふ」

 キースは問いに答えずに、いたずらっぽく笑う。

「え? ……何、その笑い? 僕に隠し事するなんて、許さないよ?」

 しょんぼりしていたランスロットが怒った顔をすると、キースは嬉しそうに笑った。

「やっぱりランスロットは、我侭で尊大なのが似合っているよ、うん」



「え? ……何それ!? 喧嘩売ってるの?」  


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