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断罪知らずのエウレカ様

作者: ふたーなる
掲載日:2026/10/05

 「あの、入ってもいいでしょうか?」


 誰かが、私の部屋の扉をコンコン、とノックした。


「ええ、どうぞ」


「失礼します」


 そういって私の部屋に入ってきたのは、メイドのマツリカだった。

 しかし、彼女は苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「・・・どうしたの?」


 私がベッドに腰掛けながら彼女にそう声をかけると、彼女は足をすらせるようにこちらに来て、私の顔の近くで「婚約者のアレン様から手紙を預かっておりまして」と言ってきた。


「あら。手紙なんて、どうしたのかしら?」


 最近会ってくれないと思ったら、手紙とは。

 もしかすると、彼の身に何かあったのだろうか。


「あの、エウレカ様。・・・その、読みますか?」


「読みますかって、・・・別に、何か問題があるの?」


 マツリカは私と手紙とを交互に見比べながらこちらに質問してきた。

 時折、スカートのポケットからハンカチを取り出して、タラタラと一粒ずつ垂れてくる汗を拭っている。


「その、・・・先に言わせてもらいますと、その、エウレカ様との婚約を破棄したい、というお手紙でして、」


「あ、そうなの」


 そういって、私は手紙の封を開けた。

 って、ちょっと待って。


「え、婚約破棄?」


 マツリカは唇をかみながら、小さくコクッと頷いた。


「そ、この手紙は誰から受け取ったの?」


「あの、アレン様の側近であられるレリック様からもらったんですけど、」


 私は、アレンの側近の顔を思い浮かべる。

 あ〜、あの顔の濃いデカい人か。

 じゃなくて、婚約破棄されるの?


「え、その、何かあったのかしら?」


「その、手紙を読んで貰えればわかると思うんですけど、」


 私は手紙の封を開けた。

 そこには、ちっちゃくて細かい文字で色々と書かれていた。

 私は、顔を近づけたり遠ざけたりしながら手紙の内容を見た。

 しかしまあ、ちっちゃくて読む気にならない。いくら婚約者といえども、もう少し文字はわかりやすく書くべきだ。


「ちょっとマツリカ。これ、読んでよ」


 私は手紙をヒラヒラとさせて、マツリカにアピールした。

 すると、マツリカは私の手から手紙を取って音読し始めた。


「えっと、私アレン・ベッテルハイムはエウレカ・レベリオとの婚約を破棄いたします」


 ・・・・・


「あれ、それだけ?」


「あ、すいません。続けますね。えっと、貴方様の悪い噂を聞きつけました。裏でメイドをいじめているだとか、えっと、・・・こっからはエウリカ様の悪口がつらつらと書き連ねられているだけで、」


 なるほど。


「マツリカ。これは誤解よ。私は、もちろんあなたのことなんかいじめてないわよね」


 私がそう聞くと、彼女は「滅相もございません」と答えた。


「・・・でも、面倒だわね。婚約破棄か〜。マツリカ、私の代わりにアレン様に聞いてきてくれない?ていうか、誤解を解いてきてよ」


 私はそういって、ベッドに寝転がった。


 するとマツリカが「未来の女王となるお方が昼間からベッドに寝転がるなんて、はしたないです」と注意してきたので、私は頬をぷくっと膨らませながら起き上がった。


「まあ、聞くだけ聞いてきますけど、アレン様も私なんかじゃ質問に答えてくれないと思いますけど、」


 そういって、頭をポリポリと指先で掻いている。

 私は自分の手を握ってマツリカにキラキラお目々を送って「お願い〜」と念力を送った。

 その力が通じたのか思いが通じたのかわからないが、マツリカは少し面倒くさそうにしながらも「わかりましたよ、」と引き受けてくれた。


 それにしても、婚約破棄だなんて急だな。

 何か、大変なことになっていなければいいのだが。






(マツリカ)


「あの、アレン様はいらっしゃいますか?」


 ・・・。

 返事が返ってこない。

 ハア、


「あの、すいません!!私、エウレカからの返事を預かっているんですけど、」


 そういって、扉をどんどんと叩くわけにはいかないので、コツコツといつものように少し遠慮がちにノックする。

 すると、扉が開いて巨体のレリックという男が出てきた。

 そして、背中を曲げて私のことを見下ろしてくる。

 ほんと、色々文句を言いたいところだが、こいつは怖すぎる。


「あ、あの、エウレカ様が先程もらった手紙について色々と弁解したいことがあると言っておりまして、」


 レリックは、ギロッとこちらを睨んでくる。


「・・・はあ、それでなんて言っているんだ」


 おそらく、私がエウレカ様の名前を出したから断るにも断れなくて困っているんだろう。

 はあ。

 ほんと、勘弁してほしい。私はただの召使いなのに、こんなデカい男の相手をしないといけないなんて。


「あの、アレン様と直接お話をしたい、と申しております」


 あのめんどくさがり屋のエウレカ様は、いくらアレン様が好きだとしても、婚約者を引き剥がさないために頑張るという考えは無いお方だ。

 ああやって、「誤解ですわ!」なんて言っておいて、どうせ心の内では「どうせ、お父様が次の婚約相手を探してくださるわ」なんて思っているのだろう。


 私をこんな危険な目に遭わせないでくれ。


「アレン様の言っていることに間違いはない。アレン様には、もっとふさわしい人がいるんだ。エウレカ様のような人間の屑とは婚約できん」


 そっちこそ、人にウソをついておいてよくそんなこと言えるわ。

 しかし、身長も体重も私の倍くらいありそうなこの男に歯向かう気はまったく起きない。


 ほんと、バチでも当ればいいんだわ。

 私がこの大男の影であからさまに怯えていると、こういうときに来るなら助ける人間であれよ、と思ったのだが、部屋の中からアレン王子が出てきた。


 そして、こっちを狐目で見てから「エウレカに言ってくれ。君とは婚約破棄だ、と」と言った。

 私は意を決して「エウレカ様があんたのことを許さないって言ってました。覚悟しろって」と言った。


 そして、彼らのアンサーを聞く前に私は全速力でその場から逃げた。

 そして、急いで部屋に戻った。

 私は、どんどんと部屋の扉をノックした。


「あの、私です。マツリカです。開けてください!!」


 私がこんなに必死で懇願しているというのに、エウレカ様は「開いてるよ〜」というだけだ。

 どうせ、まただらしない格好で寝ているのだろう。

 私が扉を開けると、案の定服に手を突っ込んでへそ丸出しで胸をボリボリと掻きながら寝ているエウレカ様が見えた。


 私は、どんどんと足を踏み鳴らしながら彼女に近づいて「何してるんですか!!だらしないです」と言って、彼女をぴしっと座らせた。


「あ、アレン様に言ってくれた?」


 そういったあと、彼女はふわあ、とあくびをした。

 私は右手でパチンと自分の額を叩いて呆れを紛らわした。


「言ってきました。絶対に許さない覚悟しとけ死ねって言ってきました」


「ありがとう。これで、誤解も解けたかな」


 こいつ、話聞いてなかったのかよ。

 まあ、いいわ。

 こんなやつ、婚約破棄されて当然だわ。


「で、アレン様はなんて言っていたの?」


 そういうと、エウレカ様はまた寝転んでしまった。


「・・・死ねって言ってました」


 私は頑張って無表情でそう言い切ったが、エウレカ様は「あら」と最小限のエネルギーしか使わなかった。






(アレン)

 最近、良くないことが重なっている。


 まず、側近のレリックが戦争に出かけていって死んだ。

 それに、俺と婚約するはずだった隣の国のめちゃくちゃ巨乳のお姫様とやらが、どうやら内乱に巻き込まれて死んだらしい。そのために婚約破棄した、というのにだ。


 俺の父が今、国の外務大臣を務めているのだが、それも他国との関係悪化で大変なことになっている。

 全ては、俺がエウレカを婚約破棄してからなのだ。

 あいつのメイドが言っていたな。


 覚悟しとけ、と。


 もう、あれから一年経った。


 これは、彼女が全部仕組んだとしか思えなかった。

 もっと早く、謝りに行けばよかったかもしれない。 

 俺はエウレカの扉を叩いた。


 すると中から「マツリカ〜、開けてきて」という久しぶりに聞く彼女の声が聞こえてきた。

 すると、扉がギィと音を立てて開く。そして、メイドが扉の隙間から顔を出してきたかと思うと、俺の姿を見て急いで「すいません。どうされましたか?」と言って扉の外に出た。


「エウレカと話をしたい」


「はい。どうぞ!」


 そういって、俺は部屋の中に入れられた。

 部屋では、エウレカがドレスに手を突っ込んで寝転がりながら尻をボリボリと掻いていたが、そんなことはどうだっていい。

 彼女も俺に気がついたようで、のっさりと起き上がると「お久しぶりですわね」と言ってニコッと笑った。


「・・・すまない!!俺が悪かったから、許してくれ!!」


 そういって、俺は土下座した。

 彼女はベッドの上に乗っていたから、だいぶ俺を見下ろすような構図になった。


「えっと、・・・どうしたのですか?婚約破棄のことですか?もしかして、私との婚約破棄は無しにする、という話ですか?」


 俺は顔を上げた。

 彼女は胸の前で手を合わせていた。

 試されているのか?

 しかし、もう謝るしか無い。潔く、罪を認めるしかない。


「すまない。俺は、嘘をついてお前と婚約破棄したんだ!!だから、許してくれ!!頼む!!」


 俺は、もう一度地面に頭をこすりつけた。


「まあ、そんなことをおっしゃらずに顔を上げてください。地面を向いている人の顔を覗き込むのは労力がかかります」


 俺は、少しためらいながらも顔を上げた。

 すると、彼女は笑いながらこう言った。


「色々と聞いております。最近、不幸が続いているみたいですね。それで、私も心配していたのです。もし、アレン様がこの部屋にいらしたら何かしなくては、と」


 俺は、確かにその言葉をすべて聞いていたのだが、まったく意味が理解できなかった。

 謝れば、許してもらえるか、許さないといって何か罰を受けるかの二択だと思って、この部屋に来たのだ。


 もしかして、伝わっていないのか?確かに、彼女は少し抜けてる性格だ。


「ウソだったんだ。君の他に婚約したい人がいたんだ。だから、俺は君との婚約を破棄した!!許してもらわなくてもいい!!」


 俺がそういうと、どこからともなく、先程のメイドが現れて、エウレカの肩を揺すりながら「言ったじゃないですか。こいつ、クソなんです。あなたも、ちゃんと怒ったほうがいいです!!!尊厳を踏みにじられたんですよ!!」と言った。


 すると、エウレカはメイドと俺の顔を交互に見た後、どこか遠くを見つめるような目で、こう言ったのだ。


「大変ですね」


 俺も、メイドも、意味がわからなかった。


「わかっていますか?アレンさんは、私にウソをついた、ということですよね?」


 そういって、彼女はニコニコとした表情を崩さずにこちらを見下ろしてきた。

 俺はどうすればいいかわからなかったけど、素直に認めるのが一番いいと思ったので、「そうだ」と言った。


「えっと、ウソをついちゃダメだって思ってたってことですか?」


 運命の選択に思えた。

 彼女は華奢な体をしているが、間違えたら殺されると思った。


「悪かった。ウソをついたんだ、俺は!!罰は受ける!!」


「ウソは、別についていいですよ」


 これは、

 俺は選択を間違えたのか?


「だって、あなたは別の女性と結婚したかったんでしょ?そんな、違う人のことが好きになる現象なんて、庶民でもネズミですらあることですから、そんなことお気になさらなければいいじゃないですか」


 どういうことだ。

 俺は、どこで間違えたんだ。

 謝るのは、逆効果だったのか。


「その、ウソついて「申し訳なかったな」って思うくらいなら、あなたにはウソをつく資格が無かったってことです。まず、そこを理解しましょう。あなたは、ウソを扱える人間ではありませんでした」


 俺は、何もわからず、ただ彼女のことを見つめながら「はあ」と間抜けな声を出していた。


「あなたは、ウソをついたから色々な不幸が起きていると思っているみたいですけど、まったくの的外れです。なぜあなたがそういう考えをするようになったか、というと、あなたは耐えられなかったんです。今の状況に。不幸が続く状況に。耐えられなくなって、自分の中で納得できる理由を見つけたんです」


 メイドの子も、目をまんまるにしてエウレカのことを見ていた。

 俺も、自分でも良くわからないが、なぜか正座をしていた。


「そもそも、皆さん都合が良すぎなんですよ。罪には必ず罰がついてくると思っている。言わせてもらいますよ。そんなわけないです。罪イコール罰と考えるのは不自然です。

 あなたも、「今の不幸の原因は、俺のウソにあるんだ」と思えば、簡単ですもんね。問題の本質から目をそらしているんですから。だって、ウソついたことを謝れば解決することになってますもんね。あなたの頭の中では。あの、違います。解決しないんで、ちゃんと解決のために頑張ってくれないと困ります」


 すると、彼女はついにベッドから下りて俺の目の前に座った。

 俺達のことを少し離れたところで見下ろしていたメイドも、気まずくなったのか、その場に正座していた。


「そんなに罰が欲しいなら、あなたはこの国をどうにかしてください。隣国に攻められて大変ですよ。でも、この国をなんとかするのが自分の罰だ、と思っている内は成長できませんから。この世にあるのは、罪とその重さだけです」


 彼女は俺の目を真っ直ぐと見て、そういった。

 そして、「わかりましたか?とりあえず、あなたの罪はどうにもならないので。次にウソをつくなら、それなりの覚悟をしてください」と言ってから彼女はまたベッドに戻った。


 すると、メイドがこっちに来て「家の主人が寛容でよかったですね。一応、私は許してないので」と言って睨んだ後「早く出てってください」と言われて締め出された。


 結局、なんだったんだ。

 しかし、わかった。

 確かに、俺は問題の本質から目を背けていたかもしれない。

 そうだ。


 これが、俺の罪滅ぼしなんだ。

 そうなれば、俺は息子として今大変な父を補佐しなければならない。

 そう強く決心して、俺は歩き出した。

 





(マツリカ)

 「あの、ほんとにあれで良かったんですか?怒ったほうがいいですよ」


 私は、さっそく目を閉じて眠ろうとしていたエウレカ様に声をかけた。


「いいの。怒っても復讐しても、それは相手の思う壺だわ」


 さっきから、私はこの人の言っていることがわからない。


「いい、マツリカ!!」


 そういうと、彼女は今までで一番早い速度でバッとベッドから飛び起きた。


「だって、怒らせた人間と起こる人間のどっちが悪いと思う?」


 私は、「怒らせる人間です」と言った。


「それは、相対的に見たら悪い方ね。でも、私と彼と二人の関係なら、絶対に怒ったほうが悪いのよ。なんでかわかる?」


 私はめんどくさかったけれども、一応「なんでですか?」と質問した。


「だって、怒ることは悪いことだから。でも、二人の関係を外から見れば、悪いのは怒らせた方になるの。それは、なんでかわかる?」


 まただ。

 めんどくさい。

 というか、こういうとき労力を使いたがらないのはそっちの方じゃないか。


「なんでですか?」


「だって、怒るという行為は罪だからだよ。怒るという悪いことをさせた、怒らせる方が悪い。あのね、世の中単純なんだから、そうやってあなたも考えなければダメよ」


 そういって、エウレカ様はすぐにベッドにぐでんと倒れた。

 ムカつく。

 しかし、さっきの話の通りなら、ここでは怒った私の方が悪い、ということになるのだ。


 そして、さっきの話に則るなら、ここにもう一人違う人がいれば、悪いのはエウレカ様の方になる。


 わかったぞ。さすが、私は天才だわ。

 この人に婚約者を見つけてくれば、悪いのは私じゃなくてエウレカ様になるわ。


 そうして、私のエウレカ様へ捧げる男探しが始まったわけだが、

 いいように使われてるわけじゃないよね?

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