海を越え、巡り会うは運命
一部、やむを得ない男性から女性への暴力行為がございます。
一撃ですが苦手な方はご注意下さい。
海を超えた先にある大国シュトレア帝国の第三皇子がムスノヴァ王国にやって来たのは外交の一環であった。それと同時に、こちらの大陸で妃となる女性を探していることも知らされた。
皇太子は同じ大陸の王女を娶り、第二皇子は帝国内の有力貴族の娘。だからこそ第三皇子は大陸を超えた先にある国と繋がりを保つための婚姻が必要だった。
「気持ち悪い……」
「もう少し我慢を。部屋に入れば安全ですから」
褐色の肌に赤茶の髪の毛、琥珀色の目をした男は、それとは気づかれないのだけれど近い者にはわかるくらいに顔色を悪くしていた。
こればかりは国の違い、宗教観から来るものだと従者はよく理解していた。皇子だけでなく、従者本人や同行している使用人も同じく気分が悪くなっている。
「神官がいなくて良かったな」
「発狂していたことでしょうね」
「ここまでとは思わなかったんだ……生理的に受け付けない」
大陸間でのやり取りはこれまで大きくは行われなかった。
南大陸の海沿いの国から北に海を越えた先にあるのがムスノヴァ王国で、その国同士でのやり取りはあった。
帝国はそれまで北大陸に興味がなかったのだが、海沿いの国から贈られた、北大陸にしかない鉱石を欲したことで国交を開くことが決まった。
妃探しをしているのは鉱石の輸出を途絶えさせないためなので、北大陸を巡ると言っても、鉱山を持つ国で、しかも海と面しているところだけしか行くつもりはなかった。
ムスノヴァ王国はその一つで、北大陸で唯一南大陸と交易があったことは幸運だった。
そんな訳で、第三皇子カリジャは仕事がてら異国の地を堪能しようと思っていたのだが、入国して早々心が折れかけた。
歓迎したのは港町を持つスヴァーグ伯爵家だったのだが、ここでは耐えられたけれど、ある意味南大陸との違いを突きつけられる洗礼を受けた。
「平民は良い。平民は耐えられる。だが、貴族たちは無理かもしれぬ」
嫌な予感に耐えながら辿り着いた王都。そしてそこで出会う人々にカリジャも同行者もみんな悲鳴をあげそうになった。
海に接した国の者も忠告はしていたのだ。
信じる神が違うので衝撃を受けると思うけれど、それは国の違いだから否定してはならない、と。
何とか本を見たりして耐性をつけたつもりだったけれど、とてもでは無いがそれでは太刀打ちできなかった。
「何故、金髪に青目が多いのか……」
「耐えて下さい。そうでない色の方もいるはずです……平民の色は普通なのに」
迎賓館の中を案内したのは男性でグレーの髪の毛に榛色の目をしていた。ならばそう言った色の人間もいるはずだ。
この大陸に来る前に学んだが、実体験するときついものがある。
皇族の身分があるから余計に熱の篭った目で見られているのだろうが、それに耐えられるだろうか。
その時、部屋の扉が叩かれ従僕が対応し、従者のハリスと小声で会話をしていた。
シュトレア帝国では身分差による規制が多く、声掛けも制限がある。
今回の使節団の場合、頂点をカリジャとし、従者のハリスと外交官達、その下に世話をしたり補佐をする従僕や補佐官がいる。荷運びなどは奴隷の仕事であった。
ハリスはカリジャの乳兄弟であり侯爵家の息子でもあるので貴族籍を有している。直接会話が許されているが、その下の従僕たちはカリジャに声を掛けられないのでハリスを通すことになる。奴隷に関しては奴隷頭がいて、それが従僕長の指示を受ける。この壁を崩すことは許されていない。
なお、奴隷とは言っても犯罪奴隷とは異なり、衣食住を保証する代わりに金銭を与えられない借金奴隷ばかりである。
自身を担保として金を先に貰い受け、その身を奴隷にすることは帝国では普通のことであった。
犯罪者ではないので迫害は許されないし、格好も人前に出せるようにしている。奴隷を美しく飾り立てるのは主人の豊かさに繋がり、見窄らしい格好しかさせないのは力が無いと見なされる。
帝国の皇室が所有する奴隷ともなれば、それはもう美しく飾り立てられる。とは言え、奴隷は奴隷なので働かない者は罰を与えられる。
なお、犯罪奴隷の扱いは凄惨なものである。
それはさておき、従僕からの言葉をカリジャに伝えるのがハリスの仕事で、床に広げた豪勢な絨毯の上、大きなクッションを並べたところに寛いでいたカリジャのそばに近寄り跪いて声を掛けた。
「ムスノヴァ王国の第一王子の婚約者と名乗る者が挨拶に来たそうです」
「ほう。婚約者が?」
「はい。どうされますか?」
「いいだろう……いや、見た目はどうなのだ」
「それが……直接顔を見た者が、恐れ多くて直ぐに顔を伏せたそうです」
「恐れ多く? いいだろう。通せ」
「畏まりました」
迎賓館に用意された部屋は、シュトレア帝国をよく理解している者らしく、大きな家具などは端に寄せられて絨毯が広げられていた。
帝国では地に座る慣習があり、椅子に座ることはあまりない。
脚の付いた食器台や蝋燭もよく分かっている。
寝台ばかりは入れ替えが出来なかったのだろうがそこまでを求めることはしない。こうして見事な絨毯を用意してくれただけでも歓迎を感じた。
ハリスの案内で入ってきたのは女性で、カリジャは衝撃を受けながら反射で体を起こした。
その女性は躊躇うことなく跪くと、頭を下げ、腕を頭まで上げると両手の指を交互に重ね絡める女性用の挨拶のポーズをした。
「な、名乗りを」
「ムスノヴァ王国の第一王子の婚約者、シュラフィ公爵家が娘のヴァイオレットがご挨拶申し上げます」
「許す。顔を上げよ」
帝国の礼儀作法に通じているのだろう、許しを与えると手を解き顔を上げ、胸の前で手を交差させて押し当てていた。
「シュトレア帝国が皇帝の第三子カリジャである。そこでは辛かろう。問題なければこちらへ」
「よろしいのでしょうか?」
「構わぬ。そちらの……こちらで言えば、侍女、であったか。それらも許そう。ハリス、用意してやれ」
「はい」
皇族のカリジャが座る絨毯に乗ることが出来るのは同じ皇族かハリスのような乳兄弟の従者のみで、他国の人間は許しを与えた中で最高位の者だけである。その為、控える使用人など用に専用の横長の絨毯が存在していた。
ムスノヴァ王国では人前でも靴を脱がないと言っていたことを思い出したのだが、女性――ヴァイオレットは躊躇うことなく靴を脱ぐと絨毯に足を踏み出した。
「同席をお許しいただき嬉しく存じます」
「どうぞ座ってくれ。貴方のような美しい人を立たせたままになど出来ぬ」
「ありがとうございます」
慣れてはいないだろうに、それでも座る姿すら美しいので練習でもしてくれたのだろうか。
そんなことはどうでも良い。
カリジャはヴァイオレットから目が離せなかった。
混じり気のない漆黒の髪の毛と金色の目は、南大陸で最も尊敬される尊い色であった。この色を持つ者と言うだけで崇拝されるのに、南大陸では滅多に現れない。
「帝国語はまだ不慣れで……聞き苦しくないでしょうか?」
「いや。そうか、言語が違うのだったな。あまりにも自然で分からなかった。見事だ」
「ありがとうございます」
そうだ。この国に来た時、迎え入れた伯爵家でも通訳がやり取りをしていた。カリジャもある程度学んだので最低限は理解していたが、それを忘れるほどヴァイオレットの言葉は流暢だった。
「しかも、こちらの宗教をよく分かってくれているのだな……」
「出来る限り滞在中は心地よくお過ごしいただきたいと思いまして」
「貴方が手配したのか?」
「はい。王子の婚約者として」
そうだった。彼女には既に婚約者がいた。
それが残念でならない。
南大陸の宗教は女神フレイミュリジアを信仰するフレイミュ教が最大勢力であり、帝国の国教もフレイミュ教であった。
女神フレイミュリジアは黒い髪の毛に金の目を持っていたとされ、故にその色は尊ばれている。
ヴァイオレットが連れてきた侍女達は茶色の髪の毛や黒に近い色をしたものばかりで、配慮が行き届いていた。
室内にいる従僕や奴隷はヴァイオレットの姿に畏怖し、その場に座り上半身を倒して祈りを捧げていた。
「あ、あの。何故彼らはあのような姿を」
「貴方があまりにも美しく神々しいからだ。その色は我々にとってあまりにも尊く眩い。許されるなら私も地に伏せたいほどだ」
「おやめくださいませ……確かに学びの中で伺いましたが、これほどまでとは……」
本当に困ったような顔をしたヴァイオレットもまた美しい。
絨毯の向こうから侍女が何かを囁き、頷いたヴァイオレットがカリジャへと再度目を向けた。
「よろしければ、お寛ぎの際にお召し上がりになればと我が国の果実をご用意いたしました。お出ししてもよろしいでしょうか?」
「なんと。ありがたい話だ」
南大陸で果実は高級品である。地域によっては果樹園もあるが、運送の関係でどうしても運ぶまでに時間を要し、新鮮な果実は中々口に出来ない。だからこそ供されることは歓迎の証として喜ばれる。
北大陸で果実は珍しいものではないのだろうが、それでもこちらの文化に合わせてもらえていることが嬉しいのだ。
その配慮は室内の従僕や外交官だけでなく、奴隷たちにも行き渡っていた。連れてきた奴隷は王国でいえば下女や下男と同じであるものの、響き的に虐げて良いと思われやすいと教えたのは海沿いの国の教師からである。
借金奴隷は金銭的に制限されているだけで自由民の権利を放棄してはいない。彼らは労働で金銭の返済をしているし、借金の返済を終えれば自由民に簡単に戻れるのだ。
ただ、生活的に飾り立てられ、良いものも食べられる奴隷身分を手放さないものもそれなりにいる。
連れてきた中には借金の返済を終えてもなお働いており、老いる前に自由民に戻るものがいる。そういった者は辞める時にある程度の金を受け取れるのだ。
ヴァイオレットはこちらの文化を理解した上で、奴隷の扱いや立場も分かっているからこそ申し出たのだろう。
「ハリス。シュラフィ嬢の慈悲を与えよ」
「畏まりました」
「シュラフィ嬢。貴方の配慮に感謝する」
「とんでもございません。お持ちしたのはネルジュという果実で、葡萄に似た実ですが、蕩けるような甘さをしておりますの。その隣のブラシェは柑橘で、ほろ苦さがありますので苦味が苦手でしたら申し訳ないですわ。ですが、こちらの果実は船乗りも愛好する病知らずと呼ばれる果実です。長旅をされてきた皆様のお身体の癒しになれば良いのですが」
「そこまで考えてくれたのか……」
確かに船に乗っての旅の後は体に疲れが出ていた。その上で何度も気を引き締めなければならないことが起きていた。
毒味をした者が目を輝かせた後にきりっと表情を引き締めたのを見て笑う。あれは甘いものが案外好きなのだ。だからだろう、ブラシェの方を食べた時は眉が下がっていた。
「レグゥ、苦いか?」
「……はい。ですが、殿下のお好みだと思います……」
「ふむ。ハリス」
「はい」
美しい器に盛られた果実。ハリスには鑑定眼という特別な目がある。但し、大変珍しいので人前ではそれを悟らせないように毒味を置いていた。
瞬きの間に見極めたハリスが果実を手に取る。つまり、安全ということだ。
ハリスの手で皮が剥かれ、剥き出しになった果実を手渡されそれを口に運ぶ。瑞々しく甘く蕩ける味はレグゥの好みだろう。
カリジャも嫌いではない。
ブラシェの方は切り分けられており、断面は鮮やかなオレンジ。それは確かに苦味があったが、カリジャの好む味であった。
「皆も食せ。許す。シュラフィ嬢に感謝せよ」
伏せていた体を起こした室内の者達は、胸の前で右手を立てその掌に拳を作った左手を重ねて頭を下げる。
カリジャしか声を出せない中での最高位の礼であった。
■■■
南大陸最大のシュトレア帝国の第三皇子と使節団を歓迎する夜会が開かれた。
到着してからその日まで約二週間。その間に外交や視察などの多忙な日々を過ごしたが、外交官と共にヴァイオレットが必ず同行していた。
カリジャが妃を探していることは知られていたが、ヴァイオレットは第一王子の婚約者で対象から外れることと、帝国文化に詳しく言葉にも不自由がなかったことが選ばれた理由だという。
付き従う侍女や護衛の騎士も不慣れながらも帝国語を話すことが出来るものが選ばれ、こちらへの配慮が行き渡っていたため、忙しい日々も快適に過ごせていた。
ただ一つのことを除いては。
夜会は確かに盛大であった。
国王は金色の髪の毛に紫の目。王妃は赤みがかった金色の髪の毛に緑の目。王家の色は金髪紫瞳のようで彼らに対しては忌避感はなかった。
だが、貴族達は違う。この国では金髪青目が高貴な証らしい。
妃探しをしているからこそ、妙齢の令嬢達のギラついた目は容赦なくカリジャに向けられていた。
この日のカリジャは帝国の伝統衣装である、胸元に細かな金刺繍が施された白い足首までの長衣の上に肩から羽織る、黒褐色で縁には幅広い金糸装飾のビシュト。頭には黒い環の下に白い頭巾をつけ、宝石のついた装飾品を手首や胸元につけていた。
前開きのビシュトの色は身分により異なり、皇族しか女神の黒に金の刺繍は許されない。
豪奢な金の装飾品は豊かさの証であり、それを綺麗に着こなす褐色肌の色男に令嬢達の欲は高まり続けていた。
それを受けるカリジャは服の下に隠した腕などに鳥肌が出来ていた。
覚悟はしていたけれど、最早これは長年に染み込ませてきた本能的な恐怖と忌避である。
外交で来ているので他の者たちと話をするから、と慣れない王国語でその場を逃げたカリジャが一息ついたところでとても大きな声が聞こえた。
『ヴァイオレット・シュラフィ!貴様は俺の愛するメリナをいじめ抜いたらしいな!そんな女を未来の王妃になどできるわけがない!よって、貴様とは婚約を破棄し、メリナを新たなる婚約者とする!』
「ハリス。我は王国語に堪能では無いが、婚約を破棄、と言ったか?」
「はい。そう聞こえました」
ヴァイオレットは第一王子の婚約者の名前なので、叫んだのはつまり第一王子なのだろう。
そちらの方へ歩き出すと、気付いた者たちが左右に分かれて道を作った。
『そもそも、貴様の髪の色も目の色も気に食わなかったんだ!穢らわしい!』
『殿下!わたくしの色をお気に召さないのは分かっておりますが、今日この日だけはその言葉は』
『はっ!薄汚れた色め。黒髪も金の目もおぞましい!』
『殿下!』
『つまり、お前は我が国を、我らが南大陸を、女神を愚弄するのだな』
ヴァイオレットは必死に止めようとしたのだろう。しかし口に出したものは戻らない。
カリジャ達一行がこの国に来て、王族とは一通り顔を合わせたが、今日この日までこの王子と会うことはなかった。
用事があるから、と言っていたが調べさせたところによると浮気相手とともにいたのだ。
他国の皇族などどうでも良いと言うことなのだろう。
『国王よ。我が国は、侮辱されたということか』
『ち、違います!』
『これは、シュラフィ嬢を次期王妃として相応しくないと言った。つまり、これは、己が次期国王であるということ。立太子していないのに、それを名乗るのはこの国では許されることか? 我が国では斬首になる罪だが』
帝国は広大で力のあるものこそが皇帝となる。故に立太子をするまではおのれを皇帝になると決して口に出してはならない。
幸いにしてカリジャの長兄は誰がどう見ても皇帝になるべくして生まれたような覇王の気質を持っており、早々に立太子も済ませていた。
第一王子にピッタリとくっついていた女が「きゃ!かっこいい!」と言いながらカリジャの元に近付き、腕に手を伸ばしてきた。
『あの、ヴァイオレットさんはとてもひどいんですよぉ。わたしを虐めてぇ』
金色に青の目を潤ませ、カリジャの手に触れたところで。
カリジャは振り払った後、その顔に握った手の甲を思い切り叩きつけた。
「何たる無礼な!おぞましき邪神の使徒よ!我に触れるなど赦さぬ!」
怒りをあらわにし罵るカリジャはずっと、ずっと耐えていたのだ。このおぞましき色を。耐えていたのだ。触れないならば。
カリジャは触れる前に避けることも出来た。しかし、計算したのだ。これを理由に第一王子を破滅させ、ヴァイオレットを貰っていこうと。
この国にヴァイオレットは勿体ない。
叫び声を上げながら床に転がった女を冷静に見下ろしながら、カリジャを背に庇ったハリスが淡々と説明する。
『申し訳ありません。我ら南大陸で、金色のうねる髪の毛に青の目の女は邪神ワルヴィノアの化身とされ、禁忌色とされています。我らが殿下は敬虔なる女神フレイミュリジアの信者。邪神の化身に触れられるのは身を穢されたも同義……どうしてくれますか?』
『そ、それは……』
『シュラフィ公爵令嬢は我らが帝国の文化に精通し、金の髪に青の目を持つ者は視界に入れないように配慮してくれていました。宗教の違いは仕方がないもので我々も耐えておりましたが……国王陛下。こちらの国は我らが南大陸を、そして帝国皇子を軽んじているのでしょうか?』
流石乳兄弟である。カリジャの望みを理解している彼は、国家の問題にすり替えた。ここから引き出すべきなのはヴァイオレットを如何に瑕疵なく連れ帰るか、それだけだ。
穢れた手を必死に外交官が清めているのを見ながらハリスの背越しに国王を見る。
『我が国からは交易品の中に香辛料や金、宝石などを多く含めていたはずだ。それはこの国を豊かにすることだと思っていたが……このような男が王になる国と繋がることは出来ぬ』
ざわりと空気が揺れる。
ヴァイオレットはぎゅっと手を握りしめた後、カリジャの前に立ち、跪き深く頭を下げ項を晒した。
『カリジャ第三皇子殿下……わたくしの不徳の致すところにございます』
『貴方に罪は無い。学ばぬあの男の責任である。力を持つ者は罪を犯せばその身で償うが理。貴方は侮辱された人。我が赦さぬのはあの男とその女のみ。国王よ。罪なき女性が、我が国の儀礼に従い謝罪している。だが、罪ある者は誰だ』
王国の言葉は苦手だ。言い回しが上手く出来ない。
カリジャは苛立ちを抑えながら己の手でヴァイオレットを立ち上がらせる。
『これに、王は無理であろう。可能性を無くすため、断種。王族籍剥奪の上、我が国の神に祈る日々を過ごさせる』
『それで良いだろう。神への信仰心がないからこそ他所の国の神を侮辱したのだろう。その女はどうする。我が身は穢されかけた』
『処罰を必ずしよう』
『分かった。我々はそれに触れられぬ。視界にも入れたくない』
身動ぎ一つしていないのは気絶しているためか。立ち尽くしている第一王子だった男と合わせて連れ出されていく。
『国が変われば宗教観も変わる。金の髪に青い目の女が全て邪神の使徒とは言わぬ。だが、我が国へ来れば間違いなく迫害される。金の髪に青の目の女を私の妃には出来ない』
『付け加えますと、我が国で最も高貴なお色は黒の髪に金の目の方にございます』
『うむ。女神の愛し子。叶うならば、シュラフィ嬢を望みたい。先程の無礼はそれで許そう』
『そ、それは……シュラフィ嬢は第一王子の婚約者であり』
『だが、その身分はなくなる。元々南大陸と北の架け橋は必要。我が国の知識を持つ彼女ならば満たすだろう』
戸惑ったようなヴァイオレットの傍に駆け寄って来たのは、恐らくヴァイオレットの両親なのだろう。男の方が金の目で女の方が黒い髪を持つ。素晴らしいではないか。
『皇子殿下。少し時間をいただけないでしょうか。我が娘はまだ心が乱れております』
『そうだな。よい。我らはまだこの国にいる。考えてくれ』
『畏まりました』
カリジャがムスノヴァ王国で美人と言われる条件の金髪青目が彼の国では禁忌色であり、妃にすれば迫害されると明言したからだろうか、それとも強い怒りを見せたからだろうか、その後該当する女性は近寄らなかった。
それどころか、明確にヴァイオレットを望んだ時点で夢を見ようなど思えるほど頭の軽いものはいなかった。
色彩こそ第一王子が常に蔑んでいたが、ヴァイオレットを超える程の才女はいなかった。だからこそ彼女は第一王子の婚約者になっていたのだ。国から逃がさないように。
その枷と鎖はカリジャの手で壊した。
婚約を破棄されるような女ではない。誰もが何も出来ない間、帝国の文化をよく知るヴァイオレットが正式な謝罪をしたからこそ、王子だけの責任に抑えられたのだ。
色彩が金髪青目ではないから、と不美人扱いされていたが、頭の良いものは、帝国がどのような場所かを知りたいと外交官などに話を聞きに来ていた。
ムスノヴァ王国で女性が優秀なことはあまり好まれないようだ。帝国では女性当主も官僚も女性の起用が多い。
今回の使節団の中にも女性はいる。従僕にも、奴隷にも。
肩まで髪を短く切り揃え、優美に微笑みながら仕事に務める女性を見て果たしてこの国の令嬢たちは何を思うのだろうか。
迎賓館のあてがわれた部屋に戻ったカリジャは香炉から漂う甘い匂いを嗅ぎながら笑う。
「ハリス、よくやった」
「我が主の考えることですから」
「あれほどまでに高貴な色を持つ女性だ。女神の愛し子は我が国でこそ輝く」
「ええ。神官に奪われぬようにしなければ」
「下手をすれば兄上達にも奪われかねない……ヴァイオレット嬢は我の妃だ」
家族と話し合えば良い。だが、連れて帰ると決めたからには逃がすつもりはない。
話せばわかる。いかに彼女が聡明で芯があり素晴らしいかを。
それを理解しない男に使い潰されなくて実に良かった。
「それにしても、邪神の化身が多く辛い場所ですね」
「ああ。好き好んで来たい場所ではないな。交易は邪神の化身を外してもらおう。辛いだろうからな」
「それか、アルネディオ神の信者もおりますのでそれならば良いのでは」
「ああ。それもあるな」
南大陸はフレイミュ教の信者が大半だが、海神アルネディオを信仰する者もいる。それを咎めることはない。信仰は環境に即すべきで、砂漠の女神を海の民は信仰しにくいのだから。
先のことを考えながらカリジャは笑う。
そんな主を眺めながらハリスは隠す気もなくため息をついた。
カリジャの宣言通り、ヴァイオレットは彼の妃となり帝国に輿入れをした。
改宗し、サウディア・ヴァイオレット・シュトラとなった彼女はサウディア妃と呼ばれるようになる。
皇族の妃の名前を呼ぶことは出来ないため、通称がつけられる。サウディアとは『黒』を意味していた。
ただ一人、ヴァイオレットの名を呼ぶことが許されているのは夫のカリジャだけである。
カリジャは苦痛もあったが良い出会いを得たと笑う。その隣には、感情豊かに笑うようになったヴァイオレットが寄り添っていた。
実はまだこれには続きがあり、帝国へ行くところとかを書いていたのですが、終わりが見えなくてキリの良いところで締めました。
帝国の帝都は砂漠の中にありアラビアンな感じとかありつつ、のお話なのですがね。
終わりが見えなくなったので……。
最近褐色肌を好むようになりました。




