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探偵は死体を推理しない、爆弾の場所を当てる  作者: 早野 茂


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第6話「捜査本部の若手」

港区の地下搬入口で発見された爆発物は、処理班の手によって静かに回収された。

第二の爆破がぎりぎりで防がれたという事実は、警察上層部を一時的に安堵させた。

だが相馬の胸の内に広がっているのは、得体の知れない冷ややかな重圧だ。

これは警察の勝利ではなく、出題者の引いたレールの上を歩かされた結果に過ぎない。

しかも犯人は、黒瀬個人を明確な標的として名指ししてきたのだ。


相馬は重苦しい沈黙をまとう黒瀬を伴い、警察署の捜査本部へと戻ってきた。

深夜の会議室は、焦燥と疲労の入り混じった異様な熱気に包まれている。

怒号が飛び交う中、相馬は部屋の隅に設置された情報解析班のデスクへ向かった。

そこには複数の巨大なモニターに囲まれ、淡々とキーボードを叩く若者がいる。

篠宮蒼司だ。現場の相馬に的確な図面データを送り、第二の標的特定に貢献した男である。

若手ながら極めて優秀で、思考は常にフラットだ。


「篠宮、現場の監視カメラと通信ログの解析はどうなっている」

相馬が短く問いかけると、篠宮はモニターから視線を外さずに素早く答えた。

「防犯カメラには不審者は一切映っていません。通信ログも複数の海外サーバーを経由しており、デジタル上の痕跡は徹底的に消去されています。……警察の捜査をあざ笑うような、見事な手際です」

簡潔に整理された絶望的な報告に、相馬は眉をひそめる。


篠宮はそこで初めて椅子を回転させ、相馬の方へと顔を向けた。

その視線が相馬の背後に立つ、不機嫌そうな無精髭の男でピタリと止まる。

篠宮のフラットな表情に一瞬の戸惑いが走り、次いで明らかな驚愕が浮かんだ。

「……嘘だろ。なんで、あなたがここにいるんですか」

篠宮は弾かれたように立ち上がり、目を丸くして黒瀬を凝視した。

黒瀬はひどく面倒くさそうに顔をしかめ、小さく舌打ちをして目をそらす。


「知っているのか」

相馬が怪訝な顔で尋ねると、篠宮は興奮を隠しきれない様子で身を乗り出した。

「知ってるも何も、かつて大人気だったクイズ番組の天才作問者ですよ!」

篠宮の声が大きくなり、周囲の刑事たちが何事かと怪訝な視線を向ける。凄惨な事件を前に殺気立つ空間の中で、彼だけが純粋な知の遊戯の熱狂に浸っており、その姿は明らかな異物だった。

「僕、昔あなたの作っていた問題をノートに写してました。深夜の特番で出題された最終問題。あの論理の美しさ、解答者を思い込みの罠にはめる構造……本当に凄かった」

篠宮の瞳には、憧れの対象を前にした少年のように無邪気な光が宿っている。

彼は純粋に、美しい謎を生み出す存在としての黒瀬を崇拝しているのだ。


黒瀬はその言葉を聞いた瞬間、顔から一切の感情を抜け落とさせた。

「くだらない。昔の遊びの話をここに持ち込むな」

彼の声は極端に低く、周囲の空気を凍らせるような平板な冷たさを持っていた。

「いい加減にしろ。私はただの匿名の構成補助だ」

黒瀬は忌々しそうに吐き捨て、篠宮から物理的に距離を取るように一歩下がった。

過去の自分を無邪気に称賛されることは、黒瀬にとって耐えがたい苦痛のようだった。

五年前の未完成な解答という暗い影を引きずる彼にとって、その無責任な賞賛は呪いに等しい。


相馬は黒瀬の隠しきれない苛立ちを感じ取り、静かに二人の間に割って入った。

「個人的なファンレターは後にしてくれ。今は目の前の犯人が優先だ」

相馬の硬質な声に、篠宮は「すみません」と軽く頭を下げて咳払いをした。

だが、篠宮はこの異常な連続爆破事件を、血なまぐさい現実のテロリズムとしてではなく、どこかパズルの延長線上のように捉えている。

その視線には、まだ現場の熱と血の匂いが届いていなかった。


「それで、犯人はこの男の過去を知り尽くしているということだな」

相馬が確認するように言うと、篠宮は真剣な表情に戻ってモニターを指差した。

「ええ。犯人は黒瀬さんの作問思想を、完全に理解しトレースしています」

篠宮のタイピング音が響き、モニターに爆発物の液晶画面に表示された文字が映し出される。

『玉座を降りた男へ。五年前の未完成な解答を、今ここで直ちに提出せよ』

「この文章自体が、次の標的を示す暗号になっていると黒瀬さんは言いました」

篠宮は黒瀬へ尊敬のまなざしを向けながら、情報解析班としての見解を述べる。

「もしそうなら、過去に黒瀬さんが作った問題のアーカイブを分析すれば、犯人の思考を先読みし、法則性を導き出せるはずです」


相馬はモニターに映し出された文字列を改めて見つめ直し、静かに思考を巡らせる。

「五年前の未完成な解答」という言葉が示すものは、ただのクイズの答えではない。

それが何らかの未解決事件や、人命に関わる重大な出来事であった可能性が高い。

彼が口を閉ざす過去の闇の深さが、この連続爆破事件の核心であることは間違いない。

このまま彼を過去の亡霊と向き合わせたままにしておけば、必ずどこかで綻びが生じる。

だからこそ、彼女自身が彼を現場に繋ぎ止め、現実の事件を解決へと導かなければならない。


「……買いかぶりだ」

黒瀬の言葉は冷淡で、篠宮の好意的な提案を平板に切り捨てるものだった。

「犯人の根底は、別の論理だ」

短く、抑揚なく言い切った。黒瀬の瞳には、同じ遊戯の世界のルールを歪められたことへの静かな執着が宿っている。

犯人は単なる法則の模倣で動いているのではない。

その奥に、五年前へ向かう別の線がある。

篠宮はその張り詰めた気迫に押され、少しだけ言葉を詰まらせた。

だが彼は技術の専門家としてのプライドを持ち、決して引き下がりはしなかった。

「それでも、あなたの見立てなら犯人の意図を追えると信じています」

篠宮の言葉は真っ直ぐで、黒瀬の読解力に対する純粋な信頼に満ちていた。

黒瀬はそれ以上何も言わず、ただ目を逸らして壁際へと離れていく。


相馬は有能だが純粋すぎる若手捜査員と、かつて構造を読み過去に囚われた男の対比を静かに見つめていた。

論理と直感、そしてデータの解析技術。

いびつな形ではあるが、この三人が揃えば見えない犯人と戦えるかもしれない。


「篠宮、引き続き通信ログの追跡と五年前のクイズ番組に関する資料を集めろ」

相馬の短く鋭い命令に、篠宮は「了解しました」と力強く頷いてキーボードに向かう。

「黒瀬、犯人の思考の奥へ潜れ。次は先手を打つ」

相馬の言葉に、黒瀬は無言で小さく鼻を鳴らしただけだった。

深夜の捜査本部には、篠宮が叩くキーボードの乾いた音が響き続けている。

黒瀬は冷たいコンクリートの壁にもたれかかったまま、静かに目を閉じていた。

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