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探偵は死体を推理しない、爆弾の場所を当てる  作者: 早野 茂


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第29話「公開採点の予告」

巨大な文書保管倉庫での重い発見の余韻を引きずりながら、相馬環と黒瀬透は再び覆面パトカーの暗い車内に戻っていた。

相馬はエンジンをかけたが、車を発進させることなく、ダッシュボードのタブレットを凝視していた。

重い排気音だけが、コンクリートの壁に囲まれた搬入口の周囲に低く反響し続けている。

冷え切った車内には暖房の風音だけが単調に響き、分厚い雲に覆われた夜空からは月明かりすら漏れてこない。

深夜の海風が車体を微かに揺らし、フロントガラスの向こうにはオレンジ色の街灯が等間隔に並んで夜の闇を切り裂いている。


タブレットの画面には、捜査本部の篠宮蒼司が整理した第一問から第七問までの予告文と、それぞれの標的となった場所のリストが時系列順に並べられている。

黒瀬は助手席に深く身を沈め、黒いコートの襟を立てたまま、その文字列の連なりを冷徹な瞳で一つ一つ解体していた。

彼がかつて設計した遊戯の世界と現実の血なまぐさい事件とが、青白い画面の光の中で交錯している。

彼の頭脳の中で、これまでバラバラに見えていた無数の点のすべてが一つの巨大な線へと収束していく。

「出題者の目的が少しずつ見えてきた」

黒瀬の声は極端に低く、感情の起伏が完全に削ぎ落とされていた。

「関係者を一つの場へ向かわせるための盤面だ」


黒瀬はタブレットの画面をスクロールし、第一問から第七問までを順に指でなぞった。

「第一問の『高くて浅い場所』は、単なる警察の腕試しではない。警察の機動力を試し、社会の耳目を一気に集めるための号砲だった。続く第二問。爆弾のタイマーを止め、『玉座を降りた男』として、五年前の問いから離れた私を真っ直ぐに名指しした」

「警察の捜査網を使って、あなたを強制的にこの盤面へ引きずり出すためだな」

相馬の短い相槌に、黒瀬は窓から視線を外さぬまま、わずかに顎を引いて肯定した。

「第三問の『川は渡らない』。あえて爆弾を地下の共同溝に置き、その足元に五年前の違和感を思わせる印を残した。あの夜に残ったものを、警察の目に触れさせるために」

黒瀬の絶対零度の瞳が、画面の光を反射して微かに光る。

「そこから、標的が変わったな」

相馬の硬質な言葉を受け、黒瀬は冷ややかな声のまま、さらに論理の糸を紡いでいく。

「第四問『正しい順路は、正しかった者を殺した』と、第五問『答えを知る者ほど、非常口から遠ざかる』。品川の制作会社が入るオフィスビルと、汐留のテレビ局だ。かつて不自然なルート変更の処理に近い位置にいた鷹城梓と、その指揮下にあった制作側の周辺。出題者はそこを物理的に脅かし、五年前の処理の輪郭を浮かび上がらせた」

相馬の息が、わずかに浅くなる。

「続く第六問と第七問。旧館地下と文書保管倉庫。表の記録や正式な保管経路から外れていた五年前の断片を、警察の目の前へ引き戻し始めた。制作側だけでなく、警察や行政の処理の構造にも、爆弾という形で影を落としている」


黒瀬はタブレットから手を離し、前方の暗闇を見据えた。

「当時の制作側、警察上層部、そして私。出題者は、この一連の爆破を通じて、五年前の事故の処理に関わった関係者を、順番に盤面へ戻していたように見える」

黒瀬の言葉に、相馬は深く息を吐き出した。

「爆弾は、殺意ではない。彼らの首に繋がれた鎖だ」


見えない出題者は、自らが設計した都市という巨大な盤面の上で、五年前に沈黙を選んだ大人たちの退路を、論理と物理の両面から少しずつ塞いでいったように見える。

「関係者たちは今、連続爆破事件という未曾有のテロによって、マスコミの注目と警察の徹底的な捜査の目に晒されている。鷹城梓も、警察上層部の荒巻も、もうこれ以上の沈黙や綺麗な言い逃れは許されない状況へ、退路を狭められている」

黒瀬はコートのポケットに両手を突っ込み、ひどく掠れた声で推測を告げる。

「出題者は間もなく、一つの場所を指定するだろう。彼らがその場へ来なければ、爆弾は起爆し、無関係な犠牲者が出るかもしれない。そうなれば、五年前の事故を綺麗な言葉で処理した彼らの立場は危うくなる。……だから彼らは、自らの足でその場所へ向かわざるを得ない」


相馬の背筋を、氷の刃を滑らせたかのような悪寒が駆け上がった。

何年も前から計算し尽くされたような、精緻な導線。

社会全体を巻き込んだ連続爆弾テロは、関係者を一つの場へ向かわせるために設計された仕掛けのように見えた。

怒りや狂気ではなく、ただ純粋な論理だけで組み上げられた悪意の重さと、人間の心理の盲点すら計算に入れた執念に、相馬は心底からの寒気を覚えた。


タブレットの向こうの暗号化された回線で、篠宮蒼司はしばらくの間、重い沈黙を守っていた。

画面には、黒瀬が読み解いた七つの問題の構造が、冷たく整った形で並んでいる。

人間の思い込みを突き、意図した方向へ誘導する美しい論理の迷路。かつての篠宮なら、その鮮やかな構造の整い方に目を奪われ、純粋な感嘆を漏らしていたはずだった。

だが今は違った。

『黒瀬さん。これは……問題なんかじゃない。人を逃げ場のない場所へ運ぶ刃です』

暗号化された通信回線の向こうから届いた篠宮のひどく沈んだ声。

人が楽しむために作られたはずの「問題の面白さ」や「論理の美しさ」が、現実の世界では、人を追い立てるための残酷な刃に変わっている。その事実を、篠宮は骨の髄まで理解し始めていた。自分が憧れていた遊戯の世界が、血なまぐさい現実の暴力へと反転してしまったことへの、静かな絶望だった。


助手席の窓ガラスに映る黒瀬の顔からは、一切の表情が抜け落ちている。

彼は篠宮の言葉に何も答えず、ただコートのポケットの中で、指先だけをゆっくりと固く握りしめた。


「篠宮。次の標的の予測はどうなっている」

相馬が意図的に硬い声を出し、沈み込む通信の空気を断ち切った。

篠宮は小さく息を吸い込み、キーボードを叩く音を激しく響かせる。

『第七問の「処理から外れた記録」が移送された形跡から、五年前のイベントの後片付けが行われた複数の外部業者と、関連する廃倉庫や閉鎖区画のリストを絞り込んでいます。ただ、範囲が広すぎて……』

「出題者が選ぶのは、ただの暗がりじゃない。五年前の処理の中心に近く、関係者を一つの場へ向かわせるのにふさわしい場所だ」

黒瀬の言葉に、篠宮のタイピングの速度がわずかに上がる。

『五年前のイベントに関連する未使用区画が、複数残っています。監視カメラの異常や不自然な電力使用の痕跡がないか、一つずつ洗っていますが……まだ、絞り切れません』

篠宮の声には焦りが混じっていた。

五年前のイベントは、都市の広大なエリアを巻き込んだ巨大なものだった。

その裏側で使われていた空間のすべてを洗い出すには、時間が圧倒的に足りない。


相馬は車のギアをドライブに入れ、冷たくなった革巻きのハンドルを両手で強く握りしめた。

「手当たり次第に当たるしかない。最も可能性の高い場所からリストを送れ」

相馬がアクセルを踏み込もうとした、その時だった。


ダッシュボードのタブレットが、けたたましい警告音を鳴らし始めた。

画面に表示されていた捜査本部の共有サーバーのウィンドウが次々と強制的に上書きされ、真っ黒な背景に白いテキストだけが浮かび上がる。

「篠宮、何が起きた」

相馬が身を乗り出して鋭く問う。

『相馬さん、黒瀬さん……!』

篠宮の声は、かつてないほどの緊迫感に張り詰めていた。

『各報道機関と、大手動画配信サイトのサーバー、さらには主要なSNSのアカウント宛てに、新たなデータが一斉送信されました。今回は警察内部宛ての暗号じゃありません。世間全体に向けた……予告です』

黒瀬の目が鋭く細められ、相馬は呼吸を止めて画面を凝視した。

画面に映し出されたその無機質な文字列は、見えない出題者が、次の段階へ入ったことを告げていた。

多くの視線が、この事件の結末に向けられるように仕組まれた、逃げ場を狭める宣告。


『公開採点の準備は整いました』

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