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探偵は死体を推理しない、爆弾の場所を当てる  作者: 早野 茂


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第21話「再会」

汐留の巨大なテレビ局は、昨夜の爆破未遂騒動の余韻を微塵も感じさせなかった。

朝日を反射して眩しく輝くガラス張りの高層ビルには、出入りする無数のスタッフたちの慌ただしい日常が満ちている。

表通りには中継車が停まり、エントランスでは警備員が来訪者のチェックに追われていたが、それは平時のテレビ局の姿そのものだった。

相馬環と黒瀬透は再び厳重なセキュリティゲートを抜け、関係者専用のエレベーターに乗り込んだ。

行き先は上層階にある、重役や総合演出クラスのみが使用できる静かな個室の応接室だ。

エレベーターの金属的な駆動音が、密室の沈黙を規則正しく叩き、階数を示す赤いデジタル数字が静かに上昇していく。

昨夜の屋上での冷たい夜風を経て、黒瀬の横顔からは、いつもの逃げるような皮肉が消えていた。

かつて自分を見出し、そして切り離した女と彼はもう一度向き合おうとしていた。

黒瀬にとって鷹城梓は、ただの元上司ではない。

名もなき学生だった自らの才能に価値を与え、巨大なプロジェクトの中核へと引き上げてくれた恩人だった。

だからこそあの日、彼女が差し出した「処理」の書類に逆らうことができなかった。

相馬は手元のタブレットに視線を落とし、篠宮蒼司から送られてきた解析データを最終確認する。

五年前の未公開問題案への、鷹城梓のアカウントによる不自然なアクセス履歴の確たる証拠である。

エレベーターの扉が滑らかに開き、分厚い絨毯の敷かれた静寂の廊下が二人の前に現れた。


指定された応接室の重厚な木製のドアを開けると、そこには優雅な空間が広がっていた。

大きな窓からは眼下の都市のパノラマが一望でき、壁には放送中の番組を映す複数のモニターが音もなく明滅している。

高価な調度品に囲まれた革張りのソファーに深く腰を下ろしていた鷹城梓が、目を通していた書類から静かに顔を上げる。

高級な仕立てのスーツに身を包んだ彼女の顔に、昨夜の地下通路で見せたような取り乱した様子はない。

一晩の休息を経て、彼女は完璧なプロフェッショナルとしての柔らかくも隙のない顔を取り戻していた。

「昨夜は大変な災難だったわね。まさか本当に爆弾が仕掛けられていたなんて」

鷹城はまるで他人事のように穏やかな声で言い、二人にソファーへ座るよう優雅な手つきで促した。

「でも、警察の皆さんの迅速な対応のおかげで、誰も怪我をせずに済んだわ。心から感謝しているのよ」

相馬は座ることを拒否して真っ直ぐに彼女を見下ろし、一切の感情を交えずに口を開く。

「五年前のイベント終了直後の、あなたの行動について確認したいことがあります」

相馬の硬質な声が広い応接室に響くが、鷹城の表情にはわずかな波立ちも生まれない。

「当時のサーバーのバックアップから、不自然なデータアクセスの記録が見つかりました」

相馬がタブレットの画面をテーブルに置き、その決定的な証拠を鷹城の目の前へと滑らせる。


「事故の翌日、あなたは黒瀬が作成した未公開問題案のデータ領域に複数回アクセスしている」

鷹城はテーブルの上の画面に一瞥をくれただけで、ゆっくりとソファーの背もたれに体を預けた。

「それがどうかしたの。私は総合プロデューサーとして、すべてのデータを確認する権限があったわ」

彼女の滑らかな反論に、相馬はわずかに目を細めてさらに一歩だけテーブルへと詰め寄る。

「犯人は黒瀬の思考の型を完全に模倣し、昨夜の爆弾の配置に利用していました」

相馬の鋭い視線が、鷹城の綺麗に化粧された顔の奥にある真意を射抜こうとする。

「犯人があの未公開データに触れていたとすれば、あなたのアカウントが経路になった可能性がある」

相馬の容赦ない追及の言葉にも、鷹城はただ静かに微笑を浮かべているだけだった。

「私が犯人にデータを横流ししたとでも言いたいの。何のメリットがあってそんなことをするのかしら。それに昨日の爆弾で私も命の危険に晒されていたのよ。私が犯人の仲間だなんて、論理的に破綻しているわ」

彼女の口から紡ぎ出される言葉は、常に理路整然としており、少しの隙も与えない強固な城壁のようだ。


そのとき今まで背後で沈黙を保っていた黒瀬が、足音もなくテーブルのそばへと歩み寄った。

彼の絶対零度の瞳が、かつて自分の才能を高く評価してくれた女性の顔を真っ直ぐに見据える。

「あなたが探していたのは、データの中身ではない。消去すべき痕跡だ」

黒瀬は短く言い切った。

「五年前のあの夜、何が記録からこぼれ落ちたのか――あなたは、それに近い場所にいたはずだ」

黒瀬のひどく掠れた声が、応接室の整然とした空気をひび割れさせるように響いた。

鷹城の微笑がほんのわずかに止まり、彼女の視線が初めて黒瀬の瞳と正面から交錯する。

自分が構築した無数の論理の中に、誰かが悪意のノイズを紛れ込ませた痕跡がないか。

鷹城はあの夜、記録の中に残された違和感を、確認していたのかもしれない。


鷹城はしばらくの沈黙のあと、小さく息を吐き出してテーブルの上のコーヒーカップに手を伸ばした。

「……黒瀬君。あなたは本当に、昔から物事の構造を美しく見抜くことだけは天才的ね」

彼女のその言葉には、かつて無名の学生だった黒瀬の才能を見出した、恩師としての響きが混じっていた。

黒瀬の書く洗練された謎に惚れ込み、彼を巨大なプロジェクトの中核に抜擢したのは他ならぬ鷹城なのだ。

「でもね、現実の社会はあなたが愛するような、白か黒かで答えが出るパズルではないのよ」

鷹城の瞳の奥には、露悪的な悪意など微塵もない。

ただ、物事を止めないために必要な整理をしたという、揺るぎない正常さだけがあった。

「あのイベントには莫大な金が動き、数え切れないほどの人間の生活がかかっていたわ」

彼女の言葉はどこまでも丁寧で、柔らかい。

だからこそ、その響きは恐ろしかった。

「あの夜、私はプロジェクト全体を止めないために、必要な範囲で事態を整理した。それだけよ。誰かを傷つけるためじゃない。それが私の、プロデューサーとしての責任だったの」

鷹城の圧倒的な正常さが、冷たい大理石のように応接室の空気を静かに支配していく。

相馬はその綺麗な言葉を聞きながら、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

悪意がないからこそ、言葉が綺麗だからこそ、人が一人死んでいるという決定的な重みが日常の中に溶かされ、消されていく。

この恐ろしい構造こそが、いま爆弾という形で突き返されているものなのかもしれない。


黒瀬はコートのポケットに両手を突っ込んだまま、彼女のその言葉を黙って聞いていた。

五年前の彼なら、その巨大な正常さと同調圧力の前に屈して、再び目を背けていたかもしれない。

だが今の黒瀬は、彼女の言葉から目を逸らさなかった。

彼は決して声を荒げることなく、限界まで削ぎ落とされた言葉を鷹城に向かって放つ。

「その綺麗な処理の先で、正しい答えは失われた。品川では、また人が傷ついた」

黒瀬の言葉に鷹城はカップをソーサーに戻し、わずかに悲しそうな表情を作って眉をひそめた。

「あなたは相変わらず、自分の手は汚さずに安全な場所から世界を採点しようとするのね。……あの夜、私の整理に同意して書類にサインをしたのは、あなた自身だわ」

鷹城のその指摘に、黒瀬の指先が微かに止まった。

何も答えなかった。

二人の間には、才能を見出した恩とスケープゴートとして切り捨てた裏切りが複雑に絡み合っている。


相馬は二人の間に流れる張り詰めた火花を静かに見極め、再び警察としての冷徹な介入を行う。

「いずれにせよ、あなたが五年前の処理に深く関わっていたことは明白だ」

相馬の言葉に鷹城は穏やかな笑みを崩さず、真っ直ぐに刑事の目を見返した。

「おかしな言いがかりはやめていただきたいわ。私は当時の警察の公式な捜査にすべて協力したはずよ。不運な事故だと結論を出したのは、警察でしょう?」

鷹城はあくまで自分は正規のルートで処理を終えた人間であり、悪意などないという態度を崩さない。

「それに、未公開データに私のアカウントからアクセスがあったからといって、私が犯人に渡した証拠にはならないわ。不正アクセスの可能性だってあるのだから」

彼女の言う通り、データはサーバーから何者かによって引き出された可能性も十分に考えられる。

少なくとも彼女が、事故の背後にある不自然な構造を『必要な処理』という言葉で整理してきたことだけは、見えてきていた。

五年前の処理の中心線は、どうしても鷹城梓のもとへ戻っていく。

相馬はそれ以上無駄な追及を重ねることはせず、タブレットを静かに手元へと引き取った。


「うまい理屈でも、爆弾は爆弾だ。過去を綺麗に片付けたつもりでも、現実はそうはいかない」

相馬は短く宣告すると、踵を返して応接室の重厚なドアへと真っ直ぐに向かっていく。

黒瀬はもう一度だけ鷹城の顔を静かに見つめ、無言のまま相馬の背中を追って歩き出した。

ドアが閉まる直前、鷹城が紅茶のカップをソーサーに置く微かな音が密室の空気に溶けていくのが聞こえた。

窓の外では、昨夜と変わらない都市の光が規則正しく瞬いていた。

彼らはついに五年前の事故を覆っていた綺麗な説明に、小さな亀裂を入れた。

だがその壁の向こう側にいる見えない出題者は、さらに恐ろしい精緻な罠を張り巡らせて彼らを待っている。

エレベーターホールへと戻る廊下を歩きながら、黒瀬の頭脳はすでに次の盤面へと向かっていた。

だが綺麗な言葉で閉じられたものほど、出題者は見逃さない。

次の問いは、すでにその奥へ向けられているように思えた。

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