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あなたの感情、買い取ります。  作者: ここ
第2章 自己嫌悪
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見透かされた心

古びたドアをぎいっと開けると、そこには非日常的な空間が広がっていた。


年代物の家具は古びていながらも、どこか重厚な存在感を放っている。


部屋のあちこちには植物が置かれ、柔らかな緑が静かに空間を満たしていた。


ふと上を見上げると


この部屋を丸ごと飲み込みそうなほど大きな天窓がある。


夕方と夜のあいだの、不思議な色をした空がこちらを覗き込んでいた。


まるで、最近始めたRPGに出てくる薬草屋みたいだ──。


 


「あのー、誰かいますか?」


 


誰もいない部屋に、俺の声だけが響く。


……誰もいないのか?


 


そう思った瞬間、急に背後から声がした。


 


「すみません。少し留守にしていまして。何か御用ですか?」


 


な、なんだこの男……。


 


高身長で、天パの髪がふわりと広がった眼鏡の男。


柔らかい雰囲気をまとっているが――


さっきまで、ここにいなかったはずだろ!?


 


色々な考えが頭の中でぐるぐる回る。


だが、手に持っている花の存在を思い出し、俺は事情を説明した。


 


「ああ、そういうことでしたか。わざわざ持ってきてくださってありがとうございます。」


 


男はそう言うと、黙々と花を整え始めた。


 


……帰っていいのだろうか。


いや、でもまだちゃんと謝っていないし…


 


なんとなく気まずい空気が流れる。



それに耐えられなくなって、俺は思わず口を開いた。


 


「あの、ここ『こころ堂』って看板が出てましたけど……何かお店をやってるんですか?」


 


「ええ。そういえば、まだ説明していませんでしたね。」


 


男は穏やかに答えた。


 


「人は毎日、たくさんの感情を抱えています。


その中には、黒くて重たいものもある。」


 


少し間を置いて続ける。


 


「当店では、その感情を“買取”という形で、少しだけお預かりしているのです。」


 


そしてにこにことしながら。


 


「もしよろしければ、感情の査定をしてみましょうか。」


 


どうぞ、と男に促され、俺は椅子に座らされた。


男も向かいに腰掛ける。


 


「差し支えなければ、お客様の中で今、渦巻いているものは何なのか。


教えていただけますか。」



そう問われた瞬間、


男のふわりとした笑顔とメガネの奥にある


何もかも見透かすような瞳にドキッとした。


 


渦巻いているもの……。


 


分からない。


いや、分からないんじゃない。


 


俺は何から目を背けているんだ?


 


仕事との向き合い方か。


上司や同僚との付き合い方か。


もっと上手く人生を生きる方法か。


 


……違う。


 


目を向けるのを避けていたもの。


向き合ったら情けなくて、泣いてしまいそうなもの。


 


気づいた瞬間、俺の口から小さく言葉がこぼれていた。


 


「こんな自分じゃなかったはずなんだけどな……」


 


おかしい。


この男は魔法使いなのかもしれない。


魔法をかけられたせいで、次々に弱音をはいてしまう。


 


「何度やっても失敗して、笑われて……


俺の知ってる俺じゃないみたいで……」


 


言葉が喉の奥で詰まる。


 


部屋の中はもう雨が降っていないはずなのに、


俺の顔はぐしょぐしょだった。


 


「それは、大変でしたね。」


 


ずっと黙っていた男が、小さな子供をなだめるような声で言った。


 


「今のお話から、査定結果をお出ししました。」


 


男はゆっくり息を吸い、告げる。


 


「それは──自己嫌悪ですね。」


 


「自分の言動や行動、あるいは性格などを理由に、


自分自身を嫌いになってしまう感情です。」


 


そうか。


 


胸の奥でざわざわしていた黒いものが、


少しだけ形を持った気がした。


 


「えっと……それで、どうすればいいんですか。」


 


社会人にもなって、


こんなことで悩んでいるなんて。


 


「自分自身というものは、人生において一番の課題なんですよ。」


 


男は穏やかに言う。


 


「どんな人も悩みながら、


向き合いながら生きていくものです。」


 


だから、決して恥ずかしいことではありませんよ。


 


……まるで心を読まれているみたいだ。


でも、不思議と少しだけ納得できた。


 


「では、どれくらいお売りになりますか?」


 


売る?


 


そういえば、感情を売る店だったか。


でも、感情の単位なんて分からない。


 


また俺の得意な“ぐるぐる思考”が始まりかけたが、


男は察したように言った。


 


「みなさん、一般的には10グラムほどお売りになります。」


 


「あ、じゃあ……それで。」


 


男は一度奥へ消え、


五分ほどして戻ってきた。


 


「準備が整いました。」


 


男の手には、大きくて重そうなレバーがあった。


 


「こちらのレバーを挿して、回してください。」


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