私の音が響く先
「では、今日のレッスンはここで終わります!ちゃんと宿題してきてね!じゃあ、ありがとうございました!」
「ありがとうございましたー!」
終わった瞬間、真央の周りに子どもたちが集まった。
「まおちゃんフルート吹いて!」
「トトロがいいー!」
「プリキュアはー?」
真央は笑って言う。
「今日はね、すみれちゃんと一緒に、きれいな曲を吹くよ。短いからよーく聞いててね。そのあとトトロとかプリキュアにしよっか。」
子どもたちをなだめながら、私たちはフルートのケースを開けた。
ふたが開いた瞬間。
「キラキラだね。」
「きれいー!」
その声に、胸がきゅっとなる。
そのまなざしは、昔の私そのものだった。
まだ幼い頃、初めて見たフルート。
舞台の上で、キラキラの衣装をまとい、情緒豊かに吹いていたプロのフルーティスト。
あのとき、本気で思った。
妖精を見ているのかもしれない、と。
美しくて、儚くて、夢みたいで。
そこから、小学校高学年になるまで、両親に何度も「習いたい」と言い続けた。ようやく許してもらえた日のことを、今でも覚えている。
初めてケースを開けたとき。
あの日見た妖精が、自分の元へ来てくれたような気がして、胸がいっぱいになった。
上手く吹けなくて大泣きしたこともある。
思うように音が出なくて、もう辞めたいと思った日もあった。
それでも。
やっぱり、フルートが好きだった。
「……ごめんね。」
私は小さくつぶやいた。
私は、フルートを置いてきぼりにしていたのかもしれない。
好きで始めたはずなのに。
いつの間にか、「上手い」と言われるためのものになっていた。
自分の価値を証明するためだけの、道具になっていた。
頭部管、胴部管、足部管。
三つのパーツを丁寧に組み合わせる。
そっと息を吹き込む。
真央と目が合う。
音楽が、始まる。
曲は『マードックからの最後の手紙』。
タイタニック号沈没の際、最後まで人命救助にあたったとされるウィリアム・マードック。
混乱する船内、刻一刻と迫る沈没。
死ぬと分かっていながら救助を続けた彼は最期、何を思ったのだろうか。
静かな海を想起させるような美しく緩やかな旋律。
真央の音と、私の音が重なる。
ああ。
これが、私の音だ。
忘れかけていた、大切な音。
優しくて芯があって、何よりフルートが好きって気持ちが詰まった、私の音。
真央はやっぱり上手い。
華やかで、よく響いて、聴きごたえがある。
羨ましい。
嫉妬しないわけじゃない。
でも、それよりもっと大切なこと。
目の前で、じっとこちらを見つめている子どもたち。
私の音で、何を届けられるだろう。
上手いとか、勝ったとか、負けたとか。
そんなことじゃない。
感じてほしい。
私のマードックを。
私が見た、最後の景色を。




