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群青色の、向こう側

昨日は、なんだったのだろう。


不思議なお店。優しい店員。そして扉を閉じた瞬間、目の前に広がったのは──私の家だった。


もしかして夢だったのでは、なんてことも考えたけれど、買取代金として渡された音楽教室のチラシが、確かに現実だったことを証明している。


―きっと、お客様の嫉妬を軽くしてくれますよ。


ふわっとした笑顔に添えられた言葉を信じて、私は音楽教室へ行ってみることにした。


幸い今日は部活がない。音楽教室も開講日らしい。

正直、中学生が、幼稚園児向けの教室に行くのは気が引ける。でも、私のため。そして、あの言葉が本当かどうか確かめるために。


音楽教室は思ったより近く、自転車で二十分ほどだった。

建物が見えてきた途端、子どもたちの楽しそうな声が外まで響いてくる。


けれど、いざ入口の前に立つと、どう行動すればいいのか分からなくなった。私はしばらく立ち尽くしてしまった。


そのとき、後ろから声がした。


「すみれ……だよね?どうしたの?」


振り向くと、真央が立っていた。


嬉しそうに、いつも通りの顔で話しかけてくれる。

その笑顔に少し安心するのと同時に、胸の奥からぶわっと群青色の感情が湧き上がる。


それを押し殺すように、私は答えた。


「ちょっと……散歩してて。真央こそ、どうしたの?」


うまく自然に言えただろうか。

でも、とりあえず会話は続いた。


「私、ここでボランティアしてるの。って言っても、親戚のおばさんがやってる教室だから、ほとんどお手伝いみたいな感じなんだけどね。」


そうだ、と真央はひらめいたように目を輝かせる。


「すみれも一緒に手伝いしない?フルート持ってきてるみたいだし。すみれ、フルート上手いし、優しいし。きっと子どもたち喜ぶと思うな〜。」


一応音楽教室だから、とフルートを持ってきたのが裏目に出たらしい。

教室に入れるという意味ではラッキーなのかもしれないけれど。


えっと……とモジモジしている間に、真央に背中を押され、気づけば教室の中にいた。


……………………

……………

……


室内に入った瞬間、子どもたちのパワーに圧倒される。


「まおちゃーん!ちゃんと練習してきたよ!」


「まおちゃん怪獣ごっこしよー!おれヒーロー!」


まおちゃん、まおちゃん、と元気いっぱいの声が飛び交う。


次第に、その視線が私に向いた。


「おねえちゃんだれ?」


「ねえ、楽器できるの?歌える?まおちゃんのともだち?」


子どもは大好き。でも、いきなりすぎて頭が追いつかない。

あわあわしている私に、真央が助け舟を出す。


「この子はすみれちゃん。私のお友達なんだ。今日は一緒に楽器してくれると思うよ!」


やったー!という歓声。

……助け舟は、あまり意味がなかったようだ。


その瞬間。


「トントントントン ひげじいさん。」


ピアノの音とともに、聞き覚えのある歌が響いた。


「キラキラキラキラ てはおひざ。」


衝撃だった。

さっきまで立ち歩いていた子どもたちが、きちんと座り、手はおひざの上に置かれている。


ピアノを弾いていたのは、真央のおばさんだった。

目が合うと、今日はよろしくね、と優しくうなずいてくれる。


「みんな、おはようございます!今日は、まおちゃんとすみれちゃんと一緒に楽器の練習をしようと思います。」


きゃっきゃとはしゃぐ子どもたち。

不安はあったけれど、ここまで来たらやるしかない。私は腹をくくった。


……………………

……………

……

音楽教室の手伝いは、初めての私にとって、とても新鮮だった。


まずはリズム遊び。みんなで手を叩き、足踏みをする。

次は歌。童謡だけでなく、音階を覚えるための分かりやすい歌もある。

最後は楽器。


吹奏楽とはまったく違う世界だった。


勝ち負けも順位もない。ただ、音を楽しむ時間。


子どもたちはのびのびと演奏し、失敗しても笑っている。その様子を見ているうちに、私も自然と笑っていた。


以前なら、真央の姿を見るだけで胸が締めつけられたはずなのに。

不思議と、今は逃げ出さずに立っていられた。


レッスンの終わり、子どもたちはハンドベルを鳴らして楽しそうに演奏していた。


私と真央は後ろから見守っている。


「すみれさ、コンクールのソロ、どう思った?」


突然の言葉に、心臓が跳ねる。


「どうって……きっと、真央のほうがいい演奏だった。それだけだよ。」


おめでとう、と付け加えた。


けれど真央は、少しだけムスッとした顔をした。


「遠慮しなくていいのに。すみれ、ちょっと私のこと嫌いになったでしょ。ソロ、取っちゃったんだもん。」


「嫌いっていうより……嫉妬、かな。だから、真央は悪くないよ。」


「私は別に悪いとは思ってないよ。すみれもいっぱい練習してたけど、私も精一杯練習したもん。」


その言葉に、はっとする。


真央は、堂々としていた。


「私ね、入部してきた頃のすみれの音が好きだった。憧れだったの。優しいのに、芯が通った音。」


私は、今の音はどうなの、と聞けなかった。


自分で分かっていたから。


今の私の音は、汚い。

音質の話じゃない。


相手に上手いと思われるためだけの音。

そこに、私の想いは、意思はなかった。


「あのさ、二人でみんなの前で吹かない?フルート。私、いつも教室終わった後に吹いてるの。ソロのところ。一緒に吹こ?聞きたいの。すみれの音。」


怖かった。


自分の音と真央の音の違いを、また突きつけられるかもしれない。嫉妬が、また膨らむかもしれない。


でも――


昔の音を取り戻したい。

できるか分からないけれど。


逃げたままでは、きっと何も変わらない。


私は、小さく息を吸った。


「うん。吹こう。二人で、一緒に。

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