15gの感情
ぎい、と軋みながら開いたドアの先には、
まるで魔法使いの部屋のような空間が広がっていた。
大きな天窓から、薄暗い空がのぞいている。
昼ならきっと、陽の光が部屋いっぱいに降り注ぐのだろう。
その証のように、植物たちが部屋を囲んでいた。
私の背よりずっと高い木のようなもの。
小さく可憐な花。
天井から吊るされた草花。
どれも、たくさんの光を浴びてきた色をしている。
アンティーク調の家具が並び、
ここだけ時間がゆっくり流れているみたいだった。
その部屋の奥。
大きな書架の前の机に、一人の男の人が座っていた。
目が合う。
どうやら、私が入ってきた時から気づいていたらしい。
「えっと……あの……」
言葉が出てこない。
迷子になりました?
泣きながら走っていたら着きました?
どれも変だ。
黙り込んだ私に、その人は穏やかな声で言った。
「いらっしゃいませ。どんな感情を売りに来られましたか?」
ふわりとした癖毛。丸いメガネ。
背は高いけれど、圧はない。
声が、やわらかい。
私がぽかんとしていたからだろうか。
「ああ、急に言われても困りますよね。」
小さく笑ってから、続けた。
「人は毎日、たくさんの感情を抱えています。
その中には、黒くて重たいものもある。
当店では、それを少しだけお預かりしているのです。」
黒くて、重たいもの。
「では。今、お客様の中で渦巻いているのはなんでしょうか?」
その問いに、胸が跳ねた。
悔しい?
腹が立つ?
違う。
もっと、どろどろしていて。
もっと、言いたくないもの。
「あ……」
気づいてしまった。
閉じ込めていたはずの、あの言葉。
気づくのが怖くて、鍵を閉めていた。
でも、鍵が空いてしまった今、もう、溢れる言葉は止められなかった。
「羨ましい……です。真央が。」
言葉が、ぽろぽろ落ちる。
止められない。
「気づいてたんです。
私が帰った後も練習してること。
休みの日も吹いてること。
どんどん音が良くなっていくこと。」
怖かった。
「今まで頑張ってきた私の全部が、
真央に追い越されてしまう気がして。
意味がなくなるのが、怖かった…。」
自分より努力できる真央が。
自分より短い時間で上手くなる真央が。
羨ましい。
涙が、また落ちる。
店員さんは静かに何かを書きながら、
私の言葉を一つもこぼさず聞いていた。
「それは、つらかったですね。」
そして顔を上げる。
「査定結果が出ました。」
少しだけ間を置いて。
「それは——嫉妬、ですね。」
嫉妬。
すとん、と胸に落ちる。
「自分の大切なものが奪われるかもしれない。
その不安から生まれる感情です。」
私は小さく呟いた。
「私、性格悪いですね……」
「いいえ。」
即答だった。
「嫉妬は本能です。
それだけ大切だった証拠ですよ。」
大切だった。
ああ、そうか。
私はフルートと、自分を重ねていたんだ。
だから褒められると嬉しかった。
だから奪われる気がして、怖かった。
「では、どれくらいお売りになりますか?」
「全部、お願いします。」
迷わなかった。
「もう、こんな思いしたくない、です。」
少しだけ、店員さんは困ったように笑う。
「全て買い取ることはでにないんです。」
「……どうして?」
「あなたの嫉妬も、あなたの大切な感情の一部だからです。」
静かな声。
「当店は“消す”店ではありません。
少しだけ軽くする店です。」
私は唇を噛む。
無くせないのか。
でも。
「じゃあ、できるだけ多くお願いします。」
「では、15グラム、お預かりします。」
店員さんは手際よく奥へ消え、
五分ほどで戻ってきた。
「準備が整いました。」
渡されたのは、ずっしりとしたレバー。
「こちらのレバーを挿して、回してください。」




