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なんで。

川本すみれ 15歳 吹奏楽部部長

なんで。


なんでこうなったんだろう。


私には吹奏楽しかなかった。

フルートしかなかったのに。


先生の声が、まだ耳の奥で反響している。


「今回の全日本吹奏楽コンクールのフルートパートのソロは、青木さんにお願いしようと思います。」


その瞬間、世界がグラッと傾いた。


音楽室がざわめく。

誰かの小さな息。

椅子の軋む音。


川本先輩だと思ってた。

部長はすみれなのにね。


そんな声が、刃みたいに刺さる。


私は、当然自分が吹くつもりでいた。


——でも、違った。傲慢だった。


選ばれたのは真央。


一番の親友。

何度も一緒に笑った、青木真央。


悔しい。


喉の奥が焼けるみたいに、悔しい。


真央が悪くないことは分かっている。

誰より練習していたのも知っている。


だって、放課後はいつも二人だった。


音を聴き合って、

「ここ、どう思う?」って言い合って。


一番近くにいたのは、私だったのに。


なのに。


祝えない。


「このメンバーで金賞を取れるように頑張りましょう!」


部長の声を出す。

私の声は、ちゃんとみんなが憧れる、川本部長だっただろうか。


今すぐ消えてしまいたい気持ちを、隠せていただろうか。


…………………………

………………

……


下駄箱で、靴を乱暴に引き抜く。


「すみれ! 一緒に帰らない?」


真央の声。


震えている。


きっと、私と同じくらい。


でも、私は。


「ごめん。今日、急いでて。また今度。」


逃げた。


真央からも、

オーディションの結果からも、

自分の負けからも。


「すみれ!」


呼ばれても、振り返れなかった。


“おめでとう”


その一言が、どうしても言えなかった。


…………………………

…………………

………


走る。


走る。


肺が痛い。


足がもつれそうになる。


それでも止まれない。


胸の奥で暴れている何かが、

止まったら溢れ出してしまいそうで。


頬は濡れている。


それでも走る。


涙より先に、心の中のぐちゃぐちゃが乾いてくれればいいのに。


……………………

……………

……


どれくらい走っただろう。


気づけば、辺りは暗い。


「ここ、どこ……」


知らない街並み、知らない空気。


少し先に、小さな黒板が見えた。


カフェの立て看板みたいな。


近づいてみる。


——こころ堂。


黒板には、こう書いてあった。


“あなたの感情、買い取ります。”


ばかみたいだ。


感情なんて、形もないのに。


でも。


もし。


このぐちゃぐちゃを、

誰かが引き取ってくれるなら。


私は、少し錆びたドアノブに手をかけた。


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