表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

応援の種

作者: トミヤマ
掲載日:2026/02/10

第一章 十年目の決意

「オギャー!!オギャー!!」


 けたたましい泣き声が、平日午後の静かなコンビニのイートインスペースに響き渡った。


 思わず顔をしかめてしまった自分に気づいて、三十五歳の私──桐谷美咲は、慌てて表情を取り繕った。だが、時すでに遅し。


「うるさくしてすみません……」


 赤ん坊を抱いた若い母親が、申し訳なさそうに頭を下げた。疲れ切った顔。目の下には深いクマ。髪はぼさぼさで、服装も寝間着のような緩いスウェット。きっと昨夜も満足に眠れなかったのだろう。


「い、いえ!赤ちゃん、かわいいですね!」


 私は弁解するように言葉を付け加えた。嘘ではない。本当にそう思う。ただ、泣き声に対する生理的な反応と、赤ん坊への好意的な感情は、別の場所に存在しているのだ。


「……ありがとうございます」


 母親は力なく微笑んだ。その笑顔がどこか痛々しくて、私は視線を逸らした。


 私は、赤ん坊の世話をしたことがない。


 弟とは二歳違いだったが、弟の世話をした記憶はほとんどない。両親が完璧にこなしていたからだ。そして今、三十五歳の私には子どももいない。結婚すらしていない。


 今後一生、赤ん坊の世話をする機会に恵まれることはないだろう──そう思うと、不思議な感情が胸に湧き上がってくる。諦めなのか、寂しさなのか、それとも安堵なのか。


 隣で必死に赤ん坊をあやす母親を横目で見る。赤ん坊を育てる苦労を思うと、何もできないけれども、応援したくなる。


 何もできなくてすみません。

 でも私は、あなたたちの味方です。


 せめて、そういうメッセージを発信していきたい──そう思いながら、どうしたら「応援しているよ」を伝えられるのか、しばし考えた。

妊婦マークみたいに、応援マークみたいなキーホルダーがあればいいのに。


 そう思った瞬間、身の内から声がした。


『なかったら作ればいい。──お前が。お前自身の手で』


 心臓が跳ねた。それは紛れもなく、私自身の声だった。


 でも、私一人がそんなキーホルダーをつけていても、そのキーホルダーの意味が広く世の中に認知されていなければ意味がない。もっと世の中に浸透させるにはどうしたらいいのだろう。SNS?クラウドファンディング?いや、そもそも私にそんな発信力があるのか──。


 そんなことを考えていた時期から、いつの間にか十年以上も経っていた。


 時の流れは残酷だ。




第二章 口先だけの十年間

 気がつけば、あの日から十年が過ぎていた。


 未だに結婚もしていなければ、子どももいない。もちろん、応援キーホルダーも作っていない。

 未だに『応援しています』を伝える術を持たない。


 私が応援したいのは、子連れの人だけじゃない。親の介護をしている人、障がいを抱えている人、誰かを支えている人。いや、精一杯、この世を生きている、すべての人たちを応援したい。


 そしてあわよくば自分も応援されたい。

 そして世の中が少しだけ平和になればいい。


 今度こそ、応援キーホルダーを作ろう──私は何度そう思っただろう。


 しかしそう簡単にはいかない。問題は山積みだ。


 デザインはどうする。資金は?

 私には知名度がない。どうやって世に知らしめる?そもそも需要はあるのか?


 そんなことを考えてしまって、結局着手せずに終わるのだ。私はいつもそうだ。


 やりたいと言いながら、途中で諦めてしまう。やりたいと言いながら「できない」と決めつけてしまう。


 やりたいことがたくさんある。小さいことから大きなことまで。


 ──ひとつも達成できていない。この十年。


 こんなふうに私の人生は、やりたいと言いながらやらないことの連続でできている。


 非常によろしくない。何もかも口先だけ。


 これから先もきっとそう。口先だけで生きていく。そして信用を失っていく。


「美咲、聞いてる?」


 同僚の声に我に返った。会社の休憩室。いつの間にか、ぼんやりと窓の外を眺めていたらしい。


「あ、ごめん。何?」


「だから、今度の飲み会、来られる?」


「ああ、うん。たぶん」


たぶん──またそうやって曖昧にする。この「たぶん」が、私の人生を象徴している気がした。




第三章 偶然の再会

 それから三日後の夜、私は駅前のコンビニで買い物をしていた。


 レジに並んでいると、前にいた女性が大きなお腹を抱えてよろめいた。


「だ、大丈夫ですか?」


 思わず声をかけると、その女性は振り返った。


「あ……」


 十年前、コンビニで会った、あの母親だった。もちろん向こうは私のことを覚えていないだろう。でも私には、あの疲れ切った顔が妙に印象に残っていたのだ。


「すみません、ちょっと貧血気味で……」


「座りますか? 外にベンチが──」


「大丈夫です。もう慣れてるので」


 彼女は苦笑した。その顔は十年前よりも少しふっくらして、でも相変わらず疲れている。


 「二人目なんです」と彼女は言った。「上の子が十歳で、まさかのこの歳で二人目。正直、体力的にきついです」。


 私は何と答えていいかわからず、ただ「大変ですね」とだけ言った。


 「でもね」と彼女は続けた。「上の子が本当に優しくて。『ママ、頑張ってね』って毎日応援してくれるんです。それだけで頑張れる。応援されるって、すごい力になるんですよ」。


 応援──その言葉が胸に刺さった。


 レジを済ませて外に出ると、彼女の姿はもう見えなかった。


 でも、彼女の言葉が頭の中でリフレインする。


『応援されるって、すごい力になるんですよ』




第四章 動き出す勇気

 その夜、私はアパートの部屋で一人、パソコンに向かっていた。


 「応援 キーホルダー」で検索する。いくつかヒットするが、私が思い描いているものとは違う。


 私が作りたいのは、もっと普遍的で、誰でも気軽に持てて、見た人が「ああ、この人は応援してくれる人なんだ」とわかるもの。


 デザイン──シンプルな手のひらマーク。温かみのあるオレンジ色。裏には「I support you(あなたを応援しています)」の文字。


 スケッチブックを取り出して、ラフを描いてみる。絵は得意じゃないけれど、イメージは湧いてくる。


 資金──クラウドファンディングなら、共感してくれる人がいれば実現できるかもしれない。


 知名度──最初は小さくていい。SNSで地道に発信する。本当に良いものなら、きっと広がっていく。


 需要──今日、あの女性が言った。「応援されるって、すごい力になる」って。需要はある。絶対にある。


 でも──またあの「でも」が頭をもたげる。


「でも、私には無理かもしれない」


「でも、失敗したら恥ずかしい」


「でも、今の仕事もあるし」


 私は深くため息をついて、スケッチブックを閉じた。

 またか。また同じパターンだ。


 やっぱり私には無理なんだ──そう思った瞬間、スマホが鳴った。


 母からのメールだった。


『美咲、元気? お母さん、最近ちょっと膝が痛くて病院通いしてるの。でも頑張るね。美咲も仕事頑張ってね。いつも応援してるよ』


 涙が溢れた。

 応援してくれる人がいる。私にも、応援してくれる人がいる。


 だったら私も、誰かを応援したい。口先だけじゃなく、本当に。


 私はもう一度スケッチブックを開いた。




第五章 小さな一歩

 翌朝、会社に行く前に私は一つの決断をした。


 まずは作ってみよう。たとえ一個でもいい。自分の手で、応援キーホルダーを作ってみよう。


 昼休み、私はハンドメイド資材の店に駆け込んだ。フェルト、刺繍糸、キーホルダーパーツ。初心者用の簡単な手芸キットも買った。


 その夜、不器用な手つきで、私は初めての「応援キーホルダー」を作り始めた。


 手のひらの形に切ったオレンジ色のフェルト。震える手で縫い付ける。下手くそだけど、温かみはある気がする。


 裏に小さく刺繍する。「I support you」。


 三時間かかって、やっと一つ完成した。


 不格好で、素人丸出しで、とても売り物にはならない。


 でも──これは私が作った、初めての「応援」の形だった。


 私はそのキーホルダーを、自分の鞄につけた。


 誰が見ても意味はわからないだろう。でも、いいのだ。これは私の、小さな一歩なのだから。




第六章 小さな波紋

 自分で作った応援キーホルダーを鞄につけて三日目の朝、電車の中で声をかけられた。


「すみません、それ、どこで買ったんですか?」


 隣に立っていた、四十代くらいの女性だった。スーツ姿で、疲れた表情をしている。


「え、これですか? あの、買ったんじゃなくて、自分で作ったんです」


「手作り? すごく温かみがあって素敵ですね。『I support you』……応援してます、か」


 女性はそのキーホルダーをじっと見つめた。


「実は私、母の介護と仕事の両立で、もうへとへとで。でも今朝、これを見て、なんだか元気をもらえた気がしたんです。変ですよね」


「変じゃないです」


 私は思わず強く言った。


「私も、誰かを応援したくて。応援されたくて。それで作ったんです。まだ一個しか作ってないし、下手くそですけど……」


「下手なんかじゃないですよ。とても、心がこもってる」


 女性は微笑んで、次の駅で降りていった。


 その後ろ姿を見送りながら、私の心臓は高鳴っていた。


 たった一個のキーホルダー。たった一人に見られただけ。でも、届いた。確かに、誰かに届いた。




第七章 SNSという海

 その日の夜、私は震える指でスマホを操作していた。


 Instagramのアカウントを新しく作る。アカウント名は「@support_keychain_project」。


 最初の投稿。手作りの応援キーホルダーの写真と、長い文章。


『十年前、子連れのお母さんを見て思いました。「応援したい」って。でも何もできなかった。それから十年、ずっと口先だけで生きてきました。今日、やっと一歩踏み出しました。これは私の、小さな応援の形です。』


 投稿ボタンを押す。


 最初の三日間、反応はゼロだった。フォロワーもゼロ。いいねもゼロ。


 でも、私は毎日投稿を続けた。二個目を作った過程。三個目のデザインを変えてみたこと。失敗して縫い直したこと。


 一週間目、初めて「いいね」がついた。知らない人からだった。


 二週間目、初めてコメントがついた。


『素敵な活動ですね。私も介護で疲れています。応援されたいです』


 私は震えながら返信した。


『こちらこそ、あなたを応援しています。一緒に頑張りましょう』


 三週間目、フォロワーが五十人を超えた。

 そして、一通のDMが届いた。




第八章 思いがけない協力者

『はじめまして。あなたの投稿を見て、とても感動しました。私はデザイナーをしているのですが、もしよければ、キーホルダーのデザインをお手伝いさせていただけませんか? もちろん無償で。あなたの想いに共感したので』


 送り主は「田中恵」という三十代の女性デザイナーだった。プロフィールを見ると、企業のロゴデザインなどを手がけている実力派のようだ。


 私は何度も文章を書き直してから返信した。


『本当ですか? でも、私にはお金もないし、これがビジネスになるかもわからなくて……』


『大丈夫です。お金のためじゃありません。私も昔、精神的に辛い時期があって、見知らぬ人の優しさに救われたことがあるんです。今度は私が誰かを応援したい。だからあなたの活動を応援させてください』


 翌週末、私たちは都内のカフェで初めて会った。


 田中さんは、想像していた通りの柔らかい雰囲気の女性だった。彼女はノートパソコンを開いて、いくつものデザイン案を見せてくれた。


「手のひらのモチーフは残しつつ、もう少し洗練させてみました。それから、カラーバリエーションも。オレンジだけじゃなくて、ブルーやグリーンもあると、好みで選べますよね」


「すごい……私が作ったのと全然違う」


「いえ、美咲さんの手作りの温かみは本当に素敵です。でも、もっと多くの人に届けるなら、少しプロの手を入れた方がいいかなって」


 私たちはその日、三時間以上話し込んだ。


 キーホルダーの意味。どんな人に届けたいか。どうやって広めていくか。


 田中さんは言った。


「クラウドファンディング、やりましょう。私、そういうのサポートできます。写真撮影も、ページのデザインも手伝います」


「でも、失敗したら……」


「失敗してもいいじゃないですか。少なくとも、やらないで後悔するよりは」


 その言葉が、胸に刺さった。




第九章 クラウドファンディング

 それから一ヶ月、私たちは準備に没頭した。


 田中さんがデザインしたキーホルダーの試作品を、製造業者に依頼。サンプルが届いたときは、二人で歓声を上げた。


「これなら、本当に商品として出せる」


 クラウドファンディングのページも完成した。


『あなたを応援する、小さなキーホルダー——「サポート・キーチェーン・プロジェクト」』


 プロジェクトの説明文は、私が何度も書き直した。


『十年前、私は誰かを応援したいと思いました。でも何もできませんでした。

十年間、口先だけで生きてきました。

でも今、やっと動き出しました。

このキーホルダーは、「あなたを応援しています」というメッセージです。

子育て中の人も、介護をしている人も、障がいと向き合っている人も、毎日を必死に生きているすべての人も。

そして、このキーホルダーをつけている人を見かけたら、「ああ、この人は私を応援してくれる人なんだ」と思ってください。

小さな応援が、大きな力になる。

そんな世界を作りたいのです』


 目標金額は五十万円。リターンは、応援キーホルダー本体と、お礼のメッセージカード。


「公開しますか?」


 田中さんが公開ボタンの前で聞いた。

 私は深呼吸をして、頷いた。


「お願いします」


 ──クリック。

 プロジェクトが世界に公開された。




第十章 広がる共感

 最初の一時間、支援者はゼロだった。


 私は会社から帰ってスマホを何度も確認したが、数字は変わらない。


「やっぱり、需要なんてなかったのかな……」


 でも、田中さんからメッセージが来た。


『大丈夫。まだ始まったばかりです。信じましょう』


 その日の夜、最初の支援者が現れた。


 三千円のコース。一人。

 メッセージ欄には、こう書かれていた。


『母の介護をしています。毎日辛くて、誰も応援してくれないと思っていました。でも、このプロジェクトを見て、泣きました。私も誰かを応援したい。そして応援されたい。ありがとうございます』


 私は画面を見つめたまま、涙が止まらなくなった。

 届いた。確かに、届いた。


 翌日、支援者は十人になった。

 三日目、五十人。

 一週間目、二百人を超えた。


 SNSで拡散され始めた。


『これ、すごくいいプロジェクト』


『応援される側も、応援する側も幸せになれる』


『こういう優しい世界、広がってほしい』


 そして、思いがけない人からメッセージが届いた。




第十一章 十年越しの再会

『美咲さん、覚えていますか? 十年前、コンビニのイートインであなたに「赤ちゃん、かわいいですね」と声をかけてもらった者です。先日、コンビニでもお会いしましたよね。

実は、あの時のあなたの言葉に、とても救われたんです。

当時は産後うつで、誰も私を見てくれないと思っていました。

でも、あなたは笑顔で声をかけてくれた。

このプロジェクトを見つけて、すぐにあなただとわかりました。

あの時の優しさが、こうして形になったんですね。

私も応援させてください。微力ですが支援させていただきます』


 私は震える手で、返信を打った。


『覚えています。あなたのことを、ずっと忘れられませんでした。

あなたがいたから、このプロジェクトが生まれました。

本当に、ありがとうございます』


 クラウドファンディング開始から二週間。

 目標金額五十万円を達成した。

 さらに支援は続き、最終的には百五十万円を超えた。




第十二章 新しい世界

 三ヶ月後。

 応援キーホルダーは、支援者全員に届けられた。


 そして私たちは、余剰資金で追加生産を決めた。オンラインショップを開設し、誰でも購入できるようにした。


 SNSには、キーホルダーをつけた人たちの写真が次々とアップされた。


『電車で、同じキーホルダーをつけた人と目が合って、お互い微笑み合いました』


『子どもを連れて泣いていたら、このキーホルダーをつけた方が「大丈夫ですよ」と声をかけてくれました』


『介護疲れで倒れそうでしたが、このキーホルダーを見るたびに「応援されてる」と思えます』


 小さな応援が、確かに広がっていた。


 ある日、私は会社の休憩室で同僚に言われた。


「美咲、最近、変わったよね。前より生き生きしてる」


「そう?」


「うん。なんていうか、キラキラしてる」


 私は自分の鞄につけた応援キーホルダーを見つめた。


 オレンジ色の、小さな手のひら。


 十年間、私は何もしてこなかった。口先だけだった。

 でも、やっと動き出した。小さな一歩を踏み出した。


 そしたら、世界が変わった。

 いや──私が変わったのだ。




第十三章 応援される側へ

 プロジェクト開始から半年後、思いがけない知らせが届いた。


 母が倒れた。

 膝の痛みだけだと思っていたが、実は心臓に問題があったらしい。緊急入院。手術が必要だという。


 私は新幹線に飛び乗って実家に向かった。

 病院のベッドで、母は小さく見えた。いつも元気だった母が、こんなに弱々しく見えるなんて。


「ごめんね、美咲。心配かけて」


「私こそ、ごめん。全然気づいてあげられなくて」


 母は微笑んだ。


「美咲、応援キーホルダーのこと、お母さん、すごく誇りに思ってるよ。あの子が、あんなに素敵なことを始めたんだって」


「お母さん……」


「お母さんもね、一つ買ったの。ほら」


 母がベッド脇のテーブルから取り出したのは、オレンジ色の応援キーホルダーだった。


「入院する時も、手術室に持って行くの。美咲が応援してくれてるって思えるから」


 涙が溢れた。


 応援する側だと思っていた。でも私も、応援されていた。

 ずっと、ずっと。




最終章 口先だけじゃない人生

 母の手術は成功した。

 回復には時間がかかったが、三週間後には退院できた。


 その間、田中さんがプロジェクトを支えてくれた。新しい協力者も増えた。大学生のボランティアが発送作業を手伝ってくれたり、地元のカフェが販売場所を提供してくれたり。


 小さな応援の輪は、確実に広がっていった。


 そしてある日、私は会社を辞めた。

 上司には驚かれた。同僚にも心配された。


 でも、私は決めたのだ。

 これからは、このプロジェクトに全力を注ぐ、と。


「口先だけの人生は、もう終わりにします」


 退職の挨拶で、私はそう言った。


「十年間、やりたいと言いながら何もしてこなかった。でも今は違う。やりたいことを、本当にやります」


 最終出社日、同僚たちが小さなパーティーを開いてくれた。

 そして、一人一人が応援キーホルダーをつけて現れた。


「美咲の応援、私たちもするよ」


「頑張ってね」


「また会おうね」


 温かい言葉が、胸に染みた。




エピローグ

 それから一年。

 応援キーホルダーは、全国で一万個以上売れた。


 テレビや新聞にも取り上げられた。

 「応援し合う社会を作りたい」という私の言葉が、多くの人に届いた。


 でも、私が一番嬉しかったのは、街中でこのキーホルダーをつけている人を見かけるようになったことだ。


 電車の中で。カフェで。病院で。

 オレンジ色の小さな手のひらが、そこかしこに。


 ある日、駅のホームで、若い母親が赤ん坊を抱いて困っていた。

 泣き止まない赤ん坊。疲れ切った表情。


 そこに、応援キーホルダーをつけた高齢の女性が近づいた。


「大丈夫よ。頑張ってるわね。応援してるわよ」


 そう言って、優しく微笑んだ。

 母親の目に涙が浮かんだ。


「ありがとうございます……」


 私はその光景を、少し離れたところから見ていた。

 これだ。これが、私が作りたかった世界だ。

 応援し合う世界。支え合う世界。

 小さな優しさが、当たり前にある世界。




 その夜、私は田中さんとオンラインミーティングをしていた。


「次は何をしましょうか?」


 田中さんが聞いた。


「そうだな……応援カードとか、どうかな。キーホルダーをつけられない場所でも、持ち歩ける小さなカード」


「いいですね! それから、応援ステッカーも。お店とか、公共施設に貼れる」


 アイデアが次々と湧いてくる。


 もう、「でも」や「できない」は言わない。

 やりたいことは、やる。


 口先だけじゃなく、行動する。

 それが今の私だ。




 十年前の私へ。


 大丈夫。あなたはちゃんと、変われるよ。

 口先だけの人生は、終わらせられる。

 一歩踏み出す勇気があれば。

 小さな一歩でいい。

 不格好でもいい。

 大切なのは、動き出すこと。


 そしたら、世界は応援してくれる。

 私がそうだったように。


 応援キーホルダーを手に、私は窓の外を見た。


 夜空に、小さな星が瞬いている。

 一つ一つは小さな光。

 でも、集まれば、夜を照らす。


 応援も、きっと同じだ。

 小さな応援が集まれば、誰かの人生を照らす光になる。


 そして私も、照らされている。

 たくさんの人の、小さな応援に。


「ありがとう」


 私は、誰にともなく呟いた。

 応援してくれたすべての人へ。


 そして、一歩踏み出した自分自身へ。

 これからも、応援し続けよう。

 応援され続けよう。


 それが、私の生きる道だから。


【完】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ