1 悲劇の令嬢と伯爵令息の決意
王宮の庭園には、柔らかな陽光が降り注いでいた。
季節の花々が咲き誇る中、白い丸テーブルを囲んで、俺たちは茶会を始めようとしていた。
俺――アシュフォード伯爵家の息子エルムは、幼馴染であるルシウス・アストライア王太子から「紹介したい人がいる」と呼び出しを受けた。
「エルム、紹介するよ。僕の婚約者、カトレア・ヴァレンシュタイン公爵令嬢だよ」
「アシュフォード伯爵令息、お初にお目にかかります。ヴァレンシュタイン家の娘、カトレアと申します。以後、お見知りおきを」
彼女と視線が合った瞬間、頭の中で見知らぬ記憶が激しく渦巻きだした。
誰の……?いや、違う。これは俺の記憶だ。
俺が前世で妹に勧められ、死ぬほどやり込んだ乙女ゲーム――『Lumière de Fleur〜光と花が紡ぐ恋物語〜』。
目の前の2人はそのメインキャラであり、そして、カトレアは……。
ヒロインをはじめ様々な人に正論を突きつけては疎まれ、最終的に王国を永久に追放されてしまう、悲劇の悪役令嬢だ。
気高く美しく、そして不器用なほどに己の正義を貫こうとする彼女は、俺の「推し」だった。
追放されるなんて、絶対に嫌だ。あんな結末、俺が認めない!
殿下に最も近い「幼馴染」というポジションに転生したのは幸運だが、問題はどう動くかだ。
イベントが発生する場所にルシウスを近づけないか。あるいは、俺が先にイベントを奪ってしまうか。
だが、後者を選べば高確率で俺とヒロインのフラグが立ってしまう!
それはそれで死ぬほど嫌なのだが、そう毎度、ルシウスをイベントから遠ざけるのも限界があるだろう。
……カトレアの幸せのためだ。やるしかない。
そう決意していた俺に2人が声をかけた。
「エルム?どうしたの?」
「エルム様?」
はっ…いけない、ぼーっとしてた。
「申し訳ございません、ルシウス様、ヴァレンシュタイン公爵令嬢。何でもありません。」
「そう?」
まだルシウスは不思議そうだったがそれ以上は追及しなかった。
「カトレア嬢、僕の幼馴染のエルムだよ。アシュフォード伯爵家の息子なんだ」
「お初にお目にかかります、ヴァレンシュタイン公爵令嬢。アシュフォード家の息子、エルムと申します。」
ちょうどその時、ルシウスのメイドがお菓子を運んで来て、紅茶を注いだ。
「カトレア嬢はお菓子は好き?腕のいいコックがたくさん作ってくれてね…」
喜々としてお菓子の説明を始めるルシウスを、カトレアは静かに微笑みながら見ている。
か、可愛い…
カトレアは薄いラベンダーのサラサラしたストレートヘアを横で編み込み、アメジスト色の目を輝かせている。
ゲーム内の彼女は「美しい」と評されるが、幼少期のカトレアは「可愛い」。
幼少期ビジュなんて原作には出てこなかったので、今こうして見られるのが最高に嬉しい。
ちなみにルシウスは金髪に水色の目だ。いかにも王族らしい華やかさだ。
俺…?ライトブラウンの髪に緑の目だが、俺が何か関係あるか?
カトレアは、ルシウスの話に小さく頷きながら、アメジスト色の瞳をきらきらと揺らしていた。
――この子が、将来“追放”される?
胸の奥がざわつく。
原作ゲームの記憶が、嫌でも蘇る。
ヴァレンシュタイン公爵家の令嬢、カトレア。
本来の彼女は、誰よりも誠実で、誰よりも優しい。
だがゲーム本編では、"ヒロインをいじめた"という誤解だけで、
王都から遠く離れた辺境へと追放される。
証拠もなく、悪意もなく、ただ周囲の思い込みと、彼女の不器用さが積み重なっただけで。
――そんな未来、絶対に許せるわけがない。
薄いラベンダーの髪が、光を受けてさらりと揺れた。
その横顔を見ているだけで、胸が締めつけられる。
「……カトレア嬢」
思わず名前を呼んでいた。
カトレアは驚いたようにこちらを見て、ふわりと微笑んだ。
「はい、エルム様」
その笑顔は、原作では一度も見られなかったものだ。
――俺が守る。
どんな未来になろうとも、必ず。
この日、俺は改めて強く心に誓った。
“カトレアを、絶対に救う”と。




