愛されたくて
春が過ぎ去り、雨季が明けそうになった日の深い森に囲まれた集落で、彼は生まれた。「あーあー」と力強い産声をあげて少し、大きな赤ちゃんだった。
彼を生んだ母をはじめ、集落に居る大人達は皆、彼を可愛がって育て、抱きしめた。
しかし、四歳を迎えた頃から、村人の態度は少しずつ変わっていく——
彼は周りの4歳児と比べて、明らかに背も頭も大きく、何より、知恵がよく回る。大人ができない計算も難なくこなし、様々な問題を解決することが出来てしまう。
それは、今まで狩猟と採集だけで生きていた大人達とは明らかに違う生き物だった。だから、大人たちはそんな彼に野性的な恐れを抱き、遠ざけた。母親も新しくできた弟を可愛がることに集中し、彼に目を向けない。
小さいながらに孤独を知ってしまった彼は学ぶことに没頭した。それは動物の簡単な狩り方や寒さを凌ぐ方法、食べられる植物の研究など、主に生きることに重点を置いた。
彼が12歳になった頃、周りの動物が別の土地に移ったことあり、集落も移動することになった。その頃には彼は自分のことをアルディアスと名乗り、立派な皮の鎧を着こみ、獲物を狩るための弓などの武器を持っていた。キレイな装飾品も身に付けているので芸術面でも優秀なようだ。
集落の大人達は、裸体に近い服装をしているのに比べ、アルディアスはやはり異常だった。そんな彼を妬み、戦いを仕掛ける奴もいたがいつも容易く打ち負かされていた。
彼は未だ、愛を知らなかった。頼みの綱である、母親も1年ほど前に最後の言葉も聞けず他界してしまい──ほかの家族を知らない彼は本当の一人ぼっちになってしまった。
だから、アルディアスは愛に飢えていたので、ある計画を練る。
そして、その時は来た。それはアルディアスが生まれた日でもある。いよいよ、集落が移動する時、彼はみんなに向かって大声で宣言した。
「俺はこの集落から去る!!そして、いつか、俺を愛してくれる人を見つけてやる!!!絶対に成し遂げる、このアルディアスの名に懸けて」
彼の言葉に耳を傾ける集落の人間はだれ一人としていなかったがアルディアスはそれで良かった。これは自分の覚悟を鼓舞する儀式みたいなものだったから。
それからアルディアスは集落の人とは真逆の北に向かって進み、自分を愛してくれる人を探す旅に出た。
旅そのものは順調だった。アルディアスのサバイバル能力は凄まじく、空腹を覚えれば、生き物を狩って、あまりは保存食にする。雨が降れば木と葉っぱを使って簡易的な住居を作った。
しかし、アルディアスの捜し物は未だ、見つからなかった。既に、いくつかの集落を見つけ、名乗り、交流をしたものの。見た目も頭の良さもどこか違う彼を受けいれてくれる人はいなかった。何より、集落の人は部外者を嫌うことが多い。
そんな事が続き、気付けば実りの季節は過ぎ去り、白くて冷たい粒が降る季節になった。
アルディアスの住んでいた集落でも雪は降っていたので慣れたものだが今年の冬は今まで体験した中で最も辛いものだった。吹雪は毎日のように吹き荒れ、視界は常に白一色に染まる。あんなにもあった保存食も底を尽きかけ、足の感覚が足先から徐々に鈍っていく。
「あぁ......あ...うぁああああ」
アルディアスは必死に声を張り上げた。たとえ、叫び声が吹雪にかき消されても、声を出さなければ意識が雪に溶けてしまいそうだった。次第に声はかすれ、視界がぼやけ出す。
アルディアスは力なくポスッと雪道に倒れた。
非情にも雪は彼に覆いかぶさり、彼の存在を白で描き消そうとする。
『まだ……愛されて……』
——その想いは、誰に届くこともなく、雪に沈んだ。
アルディアスの薄れる意識の片隅に懐かしい母の姿と隣にいる小さな男の子の姿があった。それは彼の意識と共に、プツリと消える。
****
「ねぇ、お父さん……あの人、死んじゃうの?」
ネフィーは瞳に涙を滲ませ、震える声でお父さんに尋ねる。彼女はアルディアスの物語を見ていた。彼の壮絶な生涯は恐ろしく、そして悲しかった。
そんなネフィーを安心させるためにセレンは彼女の頭を優しく撫でる。
「いいかいネフィー。この物語がどんなに辛くとも目を背けてはいけないよ。──それを見届けるのが私たちの役目なんだから」
ネフィーは涙を拭いさり、質問の回答を待つ。その姿は仕事だからって、彼をこのままにしていいのかと言わんばかりであった。
「安心して、彼は物語において重要な存在だから、私達が導かないといけないんだ。ネフィーにはまだ難しいかもしれないけどね。今からやることを見ていて」
そう言ってセレンは自分の髪から1本の毛を抜き取り青い球体の上に乗せると、それは沈むように消えていった。ネフィーはその光景をじっと見つめる。
すると、木が一瞬、点滅したかと思えば、木の周りに赤い紐が現れた。セレンはそれをタップして、その次に真っ白に染まっている映像をタップする。紐はウネウネと動き出し、映像の中へと吸い込まれていく。ネフィーは突然の出来事に目をぱちくりし、お父さんの顔を見る。
「お父さん、何が起こっているの?」
「あの紐はね、人と人を繋ぐ道しるべ──ほら、映像を見てごらん」
ネフィーは真っ白なままの映像を不安げに見つめる。特に環境の変化はないし、アルディアスの動きもない。やっぱり駄目なのか、そう諦めそうになった時、映像にうっすらと二つの人影が見えた。それはどんどん濃くなっていき、吹雪の中から一人の女性と大男が顔を出す。
ネフィーは息をのみ、彼女がアルディアスを助けることを願った。




