始まりの種
「もぉー!!水のお姉ちゃんも火のおじちゃんも遊んでくれない!!」
そう言って、小さな女の子は頬を膨らませ、プリプリと歩いていた。
歳はまだ6才。瑠璃色の目とふわりとした金色の髪がよく映える可愛い女の子だ。
名前はネフィーラ・ゼーレ。
お父さんや親しい人からはネフィーと呼ばれている。
そんなネフィーは今、怒っていた。
いつも構ってくれるお姉さんもおじさんも、今日は仕事で忙しいとかで遊んでくれないからだ。
彼女の周りには同年代がおらず、気の合う友達が出来ないので、
周りにいる大人たちが彼女の遊び相手になっていた。
「むぅ〜こうなったら、お父さんに遊んでもらうんだもん!!
おじちゃんもお姉ちゃんも、もう構ってあげない!!」
構ってもらっているのはどっちだと尋ねたくなるものの、
その発言自体が、彼女が周りの人に愛されている証拠だった。
自宅にたどり着いたネフィーは、自分の身長よりも少し高いドアノブに手をかけ、右に回してドアを開ける。
「ただいまー!!」
「おかえり、今日はいつもより早く帰ってきたね?」
靴を玄関に脱ぎ捨てると、トタタとリビングへ駆けだした。
リビングにはお父さんが椅子に座って、宙に浮いた青い球体を操作していた。
彼の名前はセレン・ゼーレ。
ネフィーと同じ、瑠璃色の目と金色の髪をしていて、雰囲気もそっくりだ。
ネフィーはお父さんがどういった仕事をしているのか分かっていないが、
球体を通じて仕事をしているのは知っていた。
つまり、お父さんは今、お仕事をしているのだが、退屈が嫌いな彼女にとっては匙だった。
ネフィーはセレンの右隣に空いている椅子を引っ張って登り、お父さんの顔を見上げる。
「ねぇねぇ聞いてお父さん!!
水のお姉ちゃんと火のおじちゃんが遊んでくれないの。
だから私、早く帰ってきたの」
「そうか……それは残念だったね。
ごめんね、お父さんもお仕事だから、ネフィーは一人でも大丈夫?」
ネフィーは首を勢いよく振って、セレンの服の袖をつかむ。
「大丈夫くない!!
お父さんが遊んでくれないといじけちゃう」
セレンはムムムとうなり、腕を組んで考え込む。
ネフィーの駄々っ子ぶりは今に始まったことではないが、
毎回どう対処すべきか悩まされていた。
ふと、開けていた窓から柔らかな春風が吹き込み、家の中を春の心地にしていく。
セレンは何かを思い出したように青い球体を操作した。
ネフィーはお父さんの手の動きを目で追いかけている。
すると、青い球体がほんのり明るくなったと思えば、
セレンの手から一粒の種が現れる。
ネフィーは不思議そうにそれを見つめ、尋ねる。
「お父さん、それ何?」
「ちょうどね、『種』を植える時期がやってきたようだから、
ネフィーに見せようと思って」
そう言って、セレンは種を床に置いて、人差し指で優しくタップした。
すると、種から双葉が出てきた。
それがグングンと伸びていき、ネフィーぐらいの大きさになると枝分かれをして、葉をつけ、一本の木になる。
ネフィーはその光景に目を輝かせ、いろんな角度で観察する。
「お父さん!すごい、すごいよ」
「いやいや、凄いのはこれからだ。よく見ておくんだよ」
セレンは自分の指の腹を爪でひっかき、木の上に血を垂らす。
最初はドロリとしていた血が徐々に光っていき、その光が木全体に広がる。
次の瞬間、色とりどりの光がワッと宙に舞い、
セレンの前に長方形の白い“映像”が映し出された。
それはまるで星のようで、ネフィーの心に感動を与える。
「わぁ……きれいだね、お父さん」
セレンは「うん」と頷き、床に座り込んでネフィーを自分の前に座らせ、映像に指をさす。
「ネフィー、あの映像が見えるかい?
あれはね、さっきの種から生まれた物語だよ」
ネフィーはイマイチよく分からない顔でセレンを見つめる。
「物語?」
「そう。お父さんはね、その物語を紡いでいくお仕事をしているんだよ。
水のお姉ちゃんも火のおじちゃんも同じ仕事をしているんだ」
「ネフィーもいつか、この仕事をする時が来るから今のうちに学ぶと良いよ」
ネフィーはやはりイマイチよく分からない顔で「そうなんだ」と呟き、映像の方を見る。
さっきまで白かった画面は違うものに置き換わっていた。
そこにはネフィーと同じ形をした、生き物がいた。
セレンはそれを『人間』と呼んだ。
「ほら、ネフィー、始まったよ」
春がやってきた今日。
それは、ネフィーラにとってかけがえのない物語の始まりになる。
春風がもう一度家に入り、ネフィーの頬を撫で、きれいな髪を揺らした。




