第7話 魔法の練習
「あり! おおありだよ!」
思わず机に身を乗り出してしまう。異世界らしいことの提案に胸を躍らせる。魔法、魔法かぁ。魔法と言う単語を聞くたび、待ち焦がれていた気持ちで胸がいっぱいになる。まだ使えるようになっていないのに、使えている自分の姿を想像して気分が高揚し夢心地になる。
「それで、どこら辺で練習しましょうか?」
場所探しで村の端を二人で歩く。青天白日に広がる広大無辺の草原。そこにカラフルな色を付ける人々がいる。剣の素振りや、ランニング、ボール遊び、魔法の練習、ベンチに座って読書をしている人もいる。獣族と人間が一緒になって遊んでいる情景は、キヨネの心の琴線に触れた。
「もう少し歩いてみる?」
「そうですね、それがいいかもしれません」
美しい川並を架ける橋を越える。川門の瀬には、千鳥のような小さな鳥が小枝と小石のようにちょこんと、そこに刺さっていた。
「なんだか、とってもきれいだね、この並木がつくる影も、辺りを囲う草原が映えるね。夏草かな?」
口にしなくてはいられなくなり、手でカメラのフレームを作るポーズで一面を見渡すキヨネ。初めは深く頷きながらも、最後の言葉にアザミは首を傾げる。
「今は初春ですよ?」
「そっか、春か」
そういえばタカラの家にはカレンダーがなかった。肌寒さもなければ暑苦しいこともない。言われてみれば春になる、それも2月くらいの初春に。異世界ということもあり、季節の感覚がよく分からないものだ。きっとこの並木もこれから花を咲かすのだろう。
「あそこらへんで練習しようか」
歩くのに満足し、適当に空いているスペースを指差す。並木道から草原に足を踏み入れる。サクッという感触とともに、足を上げるとフワッとする。そんな草原に思わず小躍りしてしまいそうになる。
「それじゃあまず、水魔法の初級からやりましょう!」
元気いっぱいに手を掲げるアザミに対し、困った様子でポツンと立っている。
「私、何からすればいいのか、分からなくて……」
「それなら、これを読んでいてください、私も感覚が失われたときはこれを読んでいますから」
ふっくらと膨らんだ肩下げのカバンからは、ある一冊の本が出てきた。タイトルは、魔法の基礎。こんな都合よく魔法の初歩の初歩の本を持ち歩いていることに感心しながらも本を開く。一章、魔法とは何か。二章、魔法の基礎。三章、魔法の種類。四章……。と計八章構成のかなり分厚い本だ。
一章 魔法とは何か
魔法、それは創造主の加護。あるいは、ある偉大な大魔法使いの功績。魔獣の生んだ力。など、様々な教えがある。ここでは一番有力な説、偉大な大魔法使いについての話をする。魔法がない世界では、(中略)そもそも魔法に使う魔力が別次元の力だということに気づいた初代魔法使い、ポエカはまずその力を自然エネルギーへと変換を試みた。しかし、(中略)その結果、現代の魔法が生まれた。ただ、大魔法使いポエカは魔法という難攻不落のパズルを残し、突然不明の死で若干24歳で亡くなってしまった。ここに全人類からの敬意を示す。そんな魔法は現代魔術学では、(後略)
様々な図や写真で魔法についての解説があった。要はまだ解明されていないということだ。まじまじと本を読んでいると、隣にアザミがしゃがみ込んできた。顔を近づけて一緒に読もうとするので、二章に移る。
二章 魔法の基礎
一章で述べたように魔法は完全には解明されていない。ただ、誰でも魔法を利用することが出来る。次のようなステップを行うことで誰でも簡単に魔法を使えるようになる。
1.瞑想して魔力に触れる。
2.触れた魔力に伴い、火、または水のどちらか決定する。
3.体に火、または水を通す。
4.それを形にする。初級魔法、出現の完成。
図には瞑想はどんな姿勢でもよいと書いてある。ある人は寝ている時にイメージが湧くとか。読み進めていくとアザミの顔が段々近づいてくる。その美しい横顔に思わず見入ってしまう。進まない手にアザミがこちらを見る。目が合った途端双眸が垂れるように笑みを見せる。
「なんとなく分かりましたか?」
「とととりあえず、やってみようと思うよ」
「頑張ってください」
近すぎる顔に焦って呂律がうまく回らない。少しだけ距離を置き、自分の思う瞑想のポーズで瞑想をしてみる。単純に胡坐を組んで膝の上に丸を作った手を置くものである。目を瞑り、深呼吸をする。
瞑想って何をすればいいんだろう。何かが見えてくるのかな。闇の中を泳いでいるみたい。
始めは何も変わらないでも特に気にならなかったが、数十分ほどたつと流石に目に力を込めて無理やりでも何かを見出そうとする。
そんなとき、肩を突かれ集中が途切れる。目を開きその方向を見るとアザミが何かを言いたそうな顔をしていた。
「別に、そんな力を込めすぎなくてもいいんですよ、見ていてください」
すると、草原に大の字で寝っ転がるアザミ。真似してください、そう言われて真似をする。大の字になると首元がこそばゆいが、なんだか気持ちがいい。
「空を見てください」
言われるがままに空を見る。真っ青だ。雲もそれに溶け込んでいる。
「私は一人でいる時、こうやっているのが好きなんです。そしたら水魔法が使えるようになったんです」
瞑想のポーズはなんでもいいと書かれていたがここまで自由とは。その後手足を草を掻くように動かしてみたり、少し眠ってみたり、アザミの魔法を見てみたりもした。アザミはまだ初級しか使えないのか、地味な練習をしている。今は手から出てくる水の粒をまとめようとしている。そんな様子をぼんやり見ているだけで時間は過ぎていく。
「どうです? なにか掴めましたか?」
起こされて眠っていたことに気づく。寝ぼけまなこで首を横に振ると、アザミは残念そうな顔を見せる。日の暮れた草原にはもう人は少ない。
「いや、こういうのってやっぱり時間をかけた方がいいっていうからさ、急に魔法が使えるようなっちゃうと、天才か! って話だし……」
「そうですね、ゆっくりが一番です」
苦笑を交えながら言うキヨネにアザミもこれ以上何かを言うことはなかった。ただ、眠っていたキヨネとしては魔法の練習ではなくただ有意義な時間を過ごしただけだった。別に悔しさも何も感じていない。魔法は喉から手が出るほど習得したいが、もう異世界転生を果たした身からするとこれ以上は何も望んでいない気がする。
「今日、晩ご飯はタカラと一緒ですか?」
アザミからこういうことを聞いてくるのは珍しい気がする。なんだか嬉しくなり、一緒に食べることになり、アザミが手料理を振舞ってくれることになった。帰り道、広場で材料と調味料など慎重に選び抜いた。
家は明かりがついていたのでタカラが家にいることが一目瞭然だった。
「ただいま」
返事が返ってこない。不審に思いながらもリビングに顔を覗かせると、机に頭を押し付けてぐっだりとしたタカラがいた。
「あぁ、お姉さん、おかえり、それに、アザミさんも」
二人一緒にいることには何も疑問に思わないタカラ。明らかに様子がおかしいが、タカラよりもおかしく感じたことがある。案山子がない。別に案山子に関してはアザミはきっと理解してくれると思っていたので説明する準備はしていた。ユッカともう遊べなくなって気がへこんでしまっているのだろう。それで案山子を片付けるのだろうか。服装がパジャマなので今日は一歩も外に出ていないのかもしれない。
「今日は、アザミの手料理を食べれるんだよ。アザミ、頼んだ」
「任せてください」
タカラは小さく拳を掲げてやったぁと、かすれた声で言った。
テキパキ動いて数十分後、お米も炊き上がり準備ができた。いい匂いを察知してタカラは起き上がる。目の前に出された料理はレストラン顔負けのビジュアルで見ているだけで涎が垂れてくる。
「準備が終わりましたよ、食べましょう」
「いただきます!」
草原で寝っ転がっていただけでもお腹は減る。手を合わせて早速料理に手を付ける。まずは野菜のスープから。シンプルな味付けの奥にある丁寧な下処理のおかげで野菜本来の味が舌に直接届く。
「アザミはきっといいお嫁さんになるね」
頬が落ちるほど美味しい料理にご機嫌になり言うキヨネ。アザミは少し恥ずかしそうにしていたが、足の揺れが激しくなって喜んでいるのが伝わる。一通り味わった時、ようやくタカラが手を動かした。フォークを物騒に握り、野菜を刺す。そうして口に加える。すると、すぐに晴れた表情になり、バクバクと手と口を進めた。そんな様子に二人は目を合わせて嬉々としていた。
「片付け、僕がやるよ」
「みんなでやればすぐ終わるよね」
「ええ、こんなのへっちゃらです」
食べ終わり、片付けも済んだ後、アザミは嬉しそうに家に帰っていった。
「美味しかったね」
「うん。あ、そうだ」
手をポンと叩き、何かを思い出したことを伝える。リビングにある本棚から魔法の基礎という、今日アザミが見せてもらった本と全く同じ本を取り出す。表紙を見せるとタカラは不思議そうな目で見つめてきた。
「タカラ君はこれを読んだことある?」
「いや、ないけど」
首を横に振るタカラに対して衝撃を受ける。
「じゃあ、魔法を使えるようになるまでどのくらいかかった?」
「時間のこと?」
頷くと、タカラは指を広げて何かを数える仕草を見せる。それから少し悩んだ末、口を開いた。
「6歳の頃には使えてたよ」
余計に衝撃を受ける。やはりこの世界の住民は、言語のように勝手に魔法が使えるようになるのだ。この本は魔法の使い方ではなく、ただ魔法の基礎を解説しているだけに過ぎなかったのだ。
「魔法を使えない人っているのかな?」
「それは、分かんないや……」
絶望的な状況に分かりやすく落ち込む。悄然とさせてしまったことに対してタカラはすぐに弁解をした。
「でも、ちゃんと勉強すれば、きっと習得できるよ。僕だってまだ分からない魔法があるんだし、分からないことを不可能と決めつけるのは違うよ」
そんな力強い言葉を受け、キヨネは顔を上げる。せっかくの異世界、せっかくという言葉に不甲斐ないようにするには、諦めてはいけない。
「そうだね、私頑張ってみる」
「一緒に頑張ろう」
少しだけ魔法の基礎を読み進め、就寝の準備をした。
翌日、またもや朝早く起きてしまったキヨネは全ての準備を終わらせて家を出ることにした。時刻は午前五時半。彼は誰時の空を眺めながら散歩をしていると、途中何かの集まりが目に入った。誰かの家の前、随分とガヤガヤしている。集団を虚ろな目で見ながら通り過ぎようとすると、中にユッカがいることに気づく。向こうも気づいたようで、こちらに駆け足で近づいてくる。
「キヨネさん、おはようございます」
「お、おはよう」
まさか声を掛けられるなんて思ってもいなかったキヨネは、久々のユッカとの会話に緊張していた。ユッカはタカラを心配しているようだった。
「タカラは大丈夫そうですか?」
「うん、昨日は私の友達の手料理を食べて喜んでた。でも……」
「でも?」
「やっぱりユッカちゃんがいないと寂しいみたいで、昨日は外に出ていないのかも」
そう言うと、ユッカは俯き、お似合いのひらひらしたワンピースを皺になるほど強く握りしめる。
「……なのに」
「え?」
「振られたのは、私なのに」
その時、ドクンと心臓が脈打った。振られた? タカラに?
「それって、どういう……」
詳しく聞こうとすると、勢いよく顔を上げ、指を差してくる。
「キヨネさん!」
「はい!」
急に呼ばれたことで背筋が伸びる。
「私はあなたのことをずっとライバルだと思っていたけど、次会う時は仲間よ」
指を降ろし深呼吸をした後、返事を返す間もなく去っていった。こちらを向いたとき、ユッカはとびっきりの笑顔で手を振った。タカラが何かユッカに吹き込んだのだろうか。それでも笑っているユッカを見て安心したキヨネも手を振り返す。夢で見た自分のような最大限の笑顔を真似て。
また散歩に戻ろうとしても、ユッカの発言が頭に残って消えない。振られたのは、私。ユッカはタカラに告白をした?
「まさか! タカラはあの少女を振ってしまったのですか?!」
今朝の出来事を昼食事に話すと、昨日とは逆のアザミが机に乗り出した。
「おぉ、なんだか騒がしいですね」
アザミの大声にプロテアがコーヒーカップを持ってこちらに近づいてきた。二人は不審な表情で見つめる。
「今日は休暇でしてね、このカフェに来てみたかったんですよ。隣いいですか?」
コクリと頷くアザミに対し、にこやかに笑いながら座る。
「お仕事は終わりですか?」
「はい、この後は魔法の練習をしようと思っていて」
「いいですね、僕も少しだけ同行してよろしいでしょうか」
断る理由もなく、会計を済ませる。昨日の草原に三人で向かう。道中、キヨネが気になったことをプロテアに耳打ちする。
「リモトルボ村って、何か訳アリの人が住んでいるんですか?」
その質問に少し考える仕草を見せる。答えがまとまったようでプロテアもまた耳打ちをした。
「この村はね、子供一人でも、誰でも住めるようになってるんだ。きっとその影響だろうね」
確かに子供一人で住んでいることが可能なのはかなり訳アリの人にとっては好都合だ。実際私も訳アリだし。
納得したキヨネはプロテアに対し言えていなかった感謝を述べた。どういたしまして、そう優しく返してくれてなんだか心が軽くなったような気がした。
「着きましたよ、さて、今日も練習頑張りましょう」
振り向いたアザミは二人がなんだかニヤニヤしていることに気が付き、首を傾げた。
「何笑ってるんですか?」
「いや、練習が楽しみだなって。練習頑張るぞ!」
「僕も久しぶりに色んな魔法を使ってみたかったんです」
三人は子供に戻ったように草原を駆けていき練習を始める。キヨネは色んな体勢で瞑想をしたがイメージが湧くことはなかった。プロテアからのアドバイスとして、何もないところからというよりか、闇からイメージするのがいい。とのことで、闇から何かを捻じりだすように瞑想をし始めることにした。
結局瞑想に疲れてしまったキヨネは今日の所、二人の魔法を見学することにした。アザミは相変わらず器用に水の粒を操っている。聞いた話によるとこれは中級魔法の『操作』という過程らしい。
そんな中、プロテアが魔法を披露すると目を見開くほどの実力を持っていた。手から出てきたのは氷であったからだ、見た瞬間アザミが騒ぎ出す。理由を聞くと、氷魔法というのは上級魔法の過程を通さないと出来ないということだ。
中級と上級では天と地の差があり、自然エネルギーの中でも陰と陽に作用するものを分離し、それを上手く合わせることが出来たら氷や電気までを操れるとか。
「プロテア村長は、大魔法使い何ですか?!」
「いや、そんなことはないよ、ただの村長さ」
大魔法使い、そういえばユッカが大魔法使いを探していたような。
「大魔法使いって何なんですか?」
ふと疑問に思ったことを聞くと、アザミは呆然と目が点になった。その後すぐに我を戻して解説に入った。
「大魔法使いというのは、超級魔法、例えば、飛行魔法だったり、天気を操る天候魔法など。とてつもない魔力量と技量を持ち、三つの王国から認められる魔法使いのことです」
完璧な解説にプロテアも拍手を送る。エッヘンと胸を張るアザミだったが、すぐに俯いてしまう。
「まぁ実際はなろうと思ってもなれないのが現実です。生まれた時から魔力を蓄えれる器は決まっているなんて研究もありますから……」
「アザミなら、絶対なれると思うけどな」
そう言ったプロテアは顔を上げたアザミと目を合わせようとしない。
「私も、そう思うよ」
今度はキヨネが口を開いた。そう言われてアザミは嬉しそうに二人の手を取った。
「私は魔法が大好きです、それと同じくらいお二人も好きです。だから、頑張ってみます」
白い歯を見せて笑うアザミは溌剌とした様子で魔法の練習に戻った。
「プロテアさん、私は魔法が使えるようになると思いますか?」
「いや、それはちょっと……」
前向きな返事が返ってくると思っていたキヨネは、答えを渋るプロテアに軽いチョップを食らわす。大袈裟に反応をするプロテアにそれが面白くて笑うキヨネ。そんな二人を見て仲のいい兄妹みたいだなと微笑んだ。
読んでいただき誠にありがとうございます。
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