第3話 ブブブのステーキ
この時何も考えないで呟いたが相手がプロテア村長じゃなかったら大変なことになっていたかもしれない。
「異世界?」
「あ、いや、その……」
完全に聞かれてしまい誤魔化しようがなくなった。異世界転生してきたことは伝えてもいいのだろうか。
「やっぱり、君は異世界転生してきたんだね」
「もしかして、プロテア村長も?」
ずっと疑問だった、タカラもプロテアのことは特別視しているようだったし、可能性としては考えられた。しかし、プロテアは渋い顔でどう話そうか悩んでいる。まるでないはずのパズルのピースを探しているようだった。
「いや、そういうわけじゃないんだ、風の噂で聞いたことがあるんだよね。それに、僕のことは気軽にプロテアでいいよ」
「分かりました」
満足げに頷くプロテア。それと対に少し残念そうにするキヨネ。もしかしたら元の世界のことについて知れるチャンスだったが、そうではなかった。しかし、異世界にも異世界転生という概念が存在していることは驚いた。異世界にもそういう設定があるのだろうか。
「異世界転生ってやつはここまでで、まず、キヨネさんは住む場所はあるの?」
異世界転生について聞きたいことがあったがプロテアはそこで遮断してしまう。さらに、現実に戻されたような質問にショックを受ける。確かに、タカラには帰ってきていいって言われたけど、住むってなったら受け入れてくれるかな。いやいや、幼いとは言っても小学生くらいの年齢だろう。他人の判別はつく。
「タカラ君と出会ったんです、帰ってきてと言われたんですけど、さすがにまずいですかね。いや、タカラ君も他人の判別はついていると思うし、こんな私なんかが家に居候なんて、迷惑ですよね?」
そう言うとプロテアは顎に手を当てて少し考えた。
「タカラの家には入った?」
「入りました」
「そこで、何を思いましたか?」
何やら面接のようなことをやらされていることに気づく。一気に緊張感がのしかかり、答えるときに一度考える必要があった。
何を思ったか。タカラのあの案山子を見て、いや、タカラを見て、私は……
「この世界で生きていこうと思いました」
そう真剣に答える、すると村長は一笑した、それも冷笑などではなく、ただ一本取られたと言わんばかりの笑みだ。
「いいね、そういうの嫌いじゃない」
プロテアは少し考えた後、深く頷いた。
「うん、一緒にタカラの所へ行こうか」
「ほんとですか、ありがとうございます」
不安がよぎるが、きっと大丈夫だ、生まれ変わった自分なら、と自分を鼓舞する。そしてその後生まれ変わった自分が初めて家から出た。
プロテアの家から出たキヨネは、ルンルンとスキップをして大広場に出た。
「どう? 外の風は」
「いろんな匂いがします。幸せな匂いが」
もうフードをしなくてもよく、行きよりも建物の高さが高く感じる。屋台に対して目を輝かせることもでき、ショーケースに飾られている豪華なドレスに張り付くこともできる。時々自分の胸部を見て髪色を確認したりする。生まれ変わったキヨネは興奮を抑えられないまま、プロテアを置いていく勢いでタカラの家へと向かう。
途中、暗くなった空を仰いだ。またたく星影に、少し欠けた月、見ている夜空は元の世界とよく似ている。雲を張る空の色は、想像よりもミルクをこぼしたくらい薄い、そんな少し期待外れな色をしている。けど、真っ暗ではなく、どこか安心させてくる。
ただ、いつも見ている時よりも心が躍っていた。異世界に来た事実が常に頭の中にある。やってみたいこと、食べたいもの、着てみたいもの、入ってみたい場所が無限に湧いてくる。なんだかそれが美しく思えてしまう。前の世界では思えなかったのだろうか、世界を美しいと思うためには、生きるしかない、そうこの世界は優しく言ってくれているようだ。
タカラの家から暖かく、柔らかい蝋燭の灯りが零れていたのでタカラはまだ家の中だろう。慎重に扉を開いたからだろうか、タカラの気配がしない。中に入ろうと少し汚れた革の靴を脱いだ時、タカラがひょこッとリビングから顔を覗かせた。
「よっ、久しぶり」
「プロテアさん、お久しぶりです。それに、おかえりなさい、お姉さん」
そういうタカラにプロテアとキヨネは嬉しそうに目を合わせる。大丈夫そうだね、そう耳打ちをされ、プロテアは用事があるからここまで、とどこかへ行ってしまった。キヨネはまっすぐタカラを見て、ゆっくり口を開いた。
「ただいま」
まるでもう住んでいるかのような安心感があった。これは聞く必要もないかもしれない。だが、いきなり寝泊まりするのは寝場所の準備など大変かもしれない、まだリビングしかこの部屋の造りを知らないから寝室がどうなっているのか想像もつかない。
「寝る場所、準備しといたよ」
キヨネが口を開く前にタカラはそう言った。まさか心でも読まれているのだろうか。
「ありがとう、誰かから聞いたの? 私がこの家で寝泊まりするって」
「いや、帰ってくるかなって、信じてたから……」
少し赤面して話すタカラ、なんとも子供らしく愛おしい。そのまま寝場所を確認すると、二階に案内された。階段を上り左側の一番近い部屋だ、中には二つのシングルベッドが両端に置かれていた。
「左がお姉さんでいい?」
「うん、ありがとうばっちり」
別に何も気になる様子がないので親指を立てる。
「お姉さん、お腹空いてない?」
部屋の案内が終わった後、タカラがそう聞いてきた。そういえばこの世界に来てから何も食べてない。ただ、あまりお腹は減っていない。普段なら確実にお腹は減っているはずなのに、異世界転生酔いというものなのだろうか、大広場に出た時は香ばしい香りにお腹を鳴らせたが今はそんなことはない。食欲が行ったり来たりしている。少し不思議な感じだった、ただ、タカラがそう聞いてくるということは、タカラがお腹が減っているということだ、この家に台所はあるが使われている痕跡はない。大広場にあった何かの串焼きとタレの香ばしい香り想像すると、よだれが垂れそうになる。
「お腹減ってきた」
異世界での初めてのご飯に目をキラキラと輝かせた。
「とりあえず、外に出てみる?」
早速二人で外に出る。キヨネの提案で大広場に出ることにした。タカラの身長はキヨネの肩くらいで、隣で歩くと弟のようだ。大広場に着くと、タカラはきょろきょろとし始める。
何を食べようか探しているのだろうか。いや、眉を顰めていてどこか不安そうだ。まるで誰かに見つからないようにしている。
「やっぱり、僕がいつも行ってるお店じゃだめかな?」
「いいよ、体調悪いの? 大丈夫?」
広場に出てからタカラの様子が少しおかしい、何かに怯えている。人酔いなのか、顔が青ざめている。
「うん、大丈夫」
ゆっくりと歩きだすタカラにキヨネは自然に手を取った。きょとんとした表情で顔を上げるタカラ。
つい手を取ってしまった。なぜだろう、まるで自分を見ているようで、ここまで痛心に堪えないのは。そのまま会話もなく進んでいった。いつの間にかキヨネよりも前にタカラが歩いていた。それでもタカラは手を離そうとしなかった。手を握ることの代償かのように手汗が湧き出る。それでもなお、タカラは手を離そうとしなかった。
階段をいくつか上がったり下がったりかなり複雑な道を進み、着いたのは村の端にある小さなレストランだった。看板には豚みたいなたれ目の丸い動物がイラスト風に描かれていた。ドアを開き、中に入る。
「いらっしゃい! お、タカラ君!」
店にはウサギのような女性の獣族の店主がいた、店主は珍しいものを見る表情で隣にいたキヨネに気付く。顎に手を当て誰か当てようとした。
「姉、いや、親戚?」
「あっ、私は…」
「お姉さんはお姉さんだよ」
「そういうことね」
曖昧な答えに店主は納得した、それでよかったんだとキヨネは安堵した。すぐにタカラの隣に座る。店の中は小さなバーのようになっていてカウンター席しか用意されておらず他に客はいない、もっと夜遅くならお酒を飲みに来る客が来そうな雰囲気、あの的は、ダーツ? あれはアーケードゲームだろうか? なんだか元の世界にもあった娯楽によく似た設備がある。
「いつものでいいか?」
「うん、ブブブのステーキで」
「タカラは好きだなぁブブブのステーキ、お姉さんも同じでいい?」
「あっ、はい、お願いします」
勢いで同じものにしてしまった、メニューであろう冊子を手にしようとしていたところなので少し残念な気持ちになる。店主の反応からタカラはいつもブブブのステーキというメニューを注文していることが伺える。
それでも気になったキヨネはメニューを手にし、この店に何があるのか調べておくことにした。異世界でのご飯は充溢したものにしたいという心の表れである。この世界での通貨は、よくわからないマークで、ブブブのステーキは100と書かれている。これが高いのか安いのかは別のメニューを見て判断することに。
「これ、食べたことある?」
キヨネはタカラにサギサのソテーというメニューを指さした。値段は150、どうやらブブブのステーキはかなり安い方だ、高いものだと1500が最大だろうか。ムーマのステーキ、これは記念の時に食べるものなのだろう。
「サギサ? 僕、鳥肉はあまり食べたことないけど、ここに始めてきてからずっとブブブのステーキだけ食べてきたから」
サギサは鳥なのか。
「おいしそうだね」
頷くタカラ、顔色が良くなっていて安心する。
「はいこれ水ね」
「あっ、ありがとうございます」
またまた語頭にあっ、と付いてしまう。こうなるたびに自分の頭をポカンと叩いてしまいたくなる。そんなこと誰も気にせずに、店主がカウンターに水を二つ置く。元の世界でも似たようなことがあったのだろうか、なぜか親近感が湧き、両手で丁寧に持ち上げた。冷たく冷やされた水は体全身を冷やし、体の色が変わった感覚になる。水だけでこんなに満足できるなら。ステーキにも期待してしまう。
すると、店主がテキパキと動き始めた、カウンターなので少し顔を上げれば料理過程を見ることが出来た。若い店主は料理になると雰囲気がガラッと変わった。一つ一つ丁寧に器具を準備し、食材としっかり向き合っている。
肉を切る工程、肉のブロックは何ら変哲のない普通の肉の形、小さな山のようなものだ、色も現実とは変わらず少し霞んだ赤色、脂肪の部分は白いピンク色のようで食欲をそそる。
肉は5㎝の幅で切られ、その分厚さにキヨネは吃驚する、その肉の一枚を縦に半分にして、肉のブロックは冷蔵庫に戻された、半分にされてもなお大きいので食べきれるか心配になる、ふとキヨネはタカラの方を向くと、タカラは思い切り背を伸ばしてキヨネと同じようして料理過程を垣間見ていた。
フライパンに火をつけ、塩と胡椒を肉にかけ、少し経った後、肉をフライパンにのせた。肉が焼ける音、まるで無数の小さな何かが弾け飛んでいるような音に思わず吸い込まれそうになる。クンクンと嗅いでみると肉の香ばしい香りが店中に広がっている。
「お腹すいてくるね」
「そうだね」
両面数分焼き上げ、側面も転がすように焼き上げた。そのまま焼けた肉をアルミホイルに包み、どこか別の場所に置かれた。
その間、店主はに店の裏側へ丸いパンを二つと葉っぱを二枚持ってきた。パンを横に半分に切切った断面からほくほくと湯気が上がっているのを見ると、出来立てのように感じる。
大きな平たいお皿を二つ準備し冷蔵庫から手のひら位の葉っぱを洗い、水気を切るとまずそれから乗せ、肉をアルミから出すと、肉汁が溢れでている、それをそのまま葉っぱの上に、パンを肉に凭れ掛けた。そろそろ終わるかという頃、冷蔵庫から緑色の個体を乗せた。
二人は席にしっかり座ると、二つの大きなお皿が置かれた。
「完成だ! ブブブのステーキだ!」
真ん中には存在感を誇る大きなステーキ、それを支えているのは下に引かれている葉っぱ、パン、そして、謎の緑色の個体。
「あと、サービスで、オニンのスープだよ」
「ありがとうございます!」
茶色く透き通るスープは、香ばしく満たされる香りに包まれていた。
「いただきます」
「い、いただきます」
タカラは変わらないテンションで手を合わせた。その後すぐにナイフとフォークを使い肉から豪快にかぶりつく。キヨネはまずはスープを味わう。一口飲むと、少し風変りな香りのパンチに水とは変わった色で体が覆い包まれる。初めは鼻にスーと抜ける葉っぱのような香りから、だんだんとコクが深くなっていく。元の世界で言うオニオンスープに近いだろうか。
次にステーキに目を向ける。わっと広がるその圧巻のビジュアルに、五感で楽しむにはあと味わうだけだ。フォークを肉に刺し、ナイフで肉を切る。切れたものをフォークで刺し、口にする。
んっ! まるで急にパンチされた衝撃、ソースのようなものは何もかかっていない故の素材の味、普通の肉だ。そのはずなのに、ものすごく柔らかく、香ばしい。
「おいしい」
思わず口からこぼれる。その後すぐに我に返り、恥ずかしそうに口をふさぐように口元を拭いた。
「それはよかった、その緑色のバターを使って、その草で巻いて食べたら味変なるよ」
店主はおいしそうに食べるキヨネに一つ食べ方を教えた。
「これ、バターなんですね、それに、この葉っぱは?」
「バターの方はバジバターっていうんだ、バジっていう薬草を練りこんでるから、鼻に抜ける風味も一段と上がる、下に引いたその葉っぱは今裏から取ってきた新鮮な葉っぱさ包んで食べるのもよしだぜ」
店主は意気揚々と親指を立てて言った。
ということは、雑草? そんなことは置いといて、バジバター……
キヨネはナイフの先端にバターを乗せ、そのバターににらめっこのように顔を合わせる。それに新鮮な葉っぱを切った肉と共に包む。
「いただきます」
真剣な表情でもう一回言い、意を決して口に入れた。これもまた衝撃だった。肉の豪快な食感がしゃきしゃきの野菜で包み込まれていることでまた新しい食感が生まれている。それにバターの風味で料理の格が一段と上がった。複雑な味だけど、こっちの方がおいしい。葉っぱもとても新鮮で苦みもえぐみも感じない。
「おいしいの?」
「うん、バター多めがいいかも、ほんとにおいしい」
「そういうなら」
タカラはバターと肉を草で包み、目を閉じて勢いよく口の中に入れた。風味に驚いたのか目を見開き、キヨネに向かっておいしいと言わんばかりに頷いた。
「よかったな、タカラ」
店主も嬉しそうにしていた。その様子にキヨネも喜んだ。それからパンもバターと肉と合わせて食べると草とは違う食感に驚きながら食べた、どんな食べ方をしても美味しかった。
「ごちそうさまでした」
手を合わせ、二人は口をそろえて言う。
「僕、今まで野菜を残してばかりでごめんなさい……」
タカラは俯きそう言った、きっと今までバターと草を食わず嫌いしていたのだろう。ただ店主は優しい笑みを浮かべた。
「いいよ、普段あんなにもおいしそうに食べてくれるのはタカラくらいだったから、生きがいみたいなものだったんだ」
そう優しく言ってくれた、その言葉にタカラは嬉しそうに笑って見せた。
「ありがとうございました」
そのまま店を出た。キヨネは異世界での初めての食事らしい食事で嬉しかった。
そして家に帰る。行きは会話がなかったが帰りはキヨネが口を開いた。
「空、きれいだよね」
「この空は、創造主が作ったって言われてるらしいよ」
「へぇ、神様みたいなものなのかな?」
「かみさま?」
このまま他愛のない話が続くと思っていたが、神様でつまずいてしまった。二人は立ち止まり、顔を見合わせた。
「神のこと、私は様付けしちゃうけど」
「髪? 紙?」
イントネーションの違いからタカラは別の用語を口にする。
そうだ、ここは異世界だ、変なことを口走ってはこのようなことになる。ただ、この世界には神様がいないということ? 別に問題があるわけではないが、少し疑問に思った。神ってなんだろう?
「神って何だと思う?」
「だから、白くて、何か書いたりする紙なのか、毛の方の髪なのかどっちのこと?」
「どっちも違う、想像してみて、神は一体何なのか」
子供相手に難しい質問だ、いや、全人類に対して難しい質問だ。きっと、元の世界で辞書を引いても超越した存在としか出てこないだろう。ただ、本当にそうなのだろうか、その意味で務まっているのだろうか。
「分かんないよ、お姉さんは何だと思うの?」
「私? 私もよく分からないや、でも、神っていうのは人々を超越した存在で、人々が支持して、願って、祈って、信じられて、でも、存在していないんだ」
「かみは存在していないの?」
「そう、存在してはいけない、もし神がいたら何もかも裏切られたと思ってしまうから」
「裏切られる? なんだか王様みたいだね、常に人々からの支持を得て、称賛されて、でも結局、私利私欲のために動いている、それがあからさまだったら皆、口をそろえて裏切ったと言う」
「私もそう思う、人間の裏側っていうかね、なんというか」
「なんだろうね、そういうのって信じたくなるもんだよ、だって願いなんてそんなもんでしょ? 何もないところにぶつけているようでどこか何かを信じているんだ、それは環境であったり、自分であったり、多分それがお姉さんの言うかみなんじゃないかな。僕、お姉さんの言う神は信じてもいい気がしてきた」
素直なタカラにフフと笑う。タカラの言ったことは正しいと思う。願いなんてそんなもんだ。
「なんだか、タカラの言うこと分かる気がするな」
「いや、そんなことない。それならさ、僕たち二人の言葉は同じ力を持とうよ、僕、答えのないこういう話をボーっと考えるくらい好きだし、僕たち二人だけは、ずっと、同じラインで進んで、生きていきたい、な」
そう思いついたタカラは顔を近づけるように少し背伸びをしていた。その時吹いた風により、片目が隠れるほど長い前髪が揺れ、コンタクトレンズはしておらず、黒い瞳と琥珀色の瞳の両目が合う。タカラの家で見た時よりも、輝いていて、まるで水中から見える月明かりのように儚い美しさをしていた。
「そうだね」
なんだか嬉しくなったキヨネはこの気持ちを表す表情を持ち合わせていなかった。ただ、自然と口角が上がり、共感することしかできなかった。
そしてそのまま会話もなく帰り道を進んだ。こんなにいい気分なのにふと空を見上げると、まだやっぱり空は想像よりも薄い色をしていて、どこか期待外れだ。
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