第2話 ウィッグとコンタクト
「ここが、僕の家」
並んである石造りの家の中の一つの家の前で止まる。村の入り口のすぐ近くだったので人も少なかった。タカラはドアノブに手を近づける、しかし、途中で静電気が走ったかのように一度手を少し遠ざける。その様子に首を傾げたキヨネはタカラの手を見ると少し震えていた。何かがおかしいタカラにキヨネは心配になったが、震えていたのも束の間だった。キヨネを一目見て。大丈夫、そう呟いた。今のキヨネにその意味を理解する余地はなかった。今度はしっかりとドアを開き、玄関へと踏み込む。
「た、ただいま」
灯りのついていない家から返事はない。この家には誰もいないのだとすぐに分かるが、時間を考えると家に親がいてもおかしくない時間だ。タカラは指でくるっと円を描くと指の先と蝋燭が導火線で繋がっているかのようにパチパチと火花が移動し、家中にある全ての蝋燭に火が付いた。きっとこれが魔法なのだろう。その光景に少しの間釘づけにされる。本当になにも種も仕掛けもなく、ちゃんと火は暖かい。
「これってどうやってやったの?!」
「火魔法のこと? ちょっと手を借りるね」
そう言うと、タカラはキヨネの手を掴んで教えようとする。しかし、手を握った瞬間、青ざめた表情で手を振り払った。その時、つめたっ、と反射的に言っていた。別にタカラの手はとても暖かいわけではなく、冷え性だったという記憶はない。
「これは……、いや、まぁ、とりあえず入ってください……」
結局キヨネは何も掴めず、タカラは変わらず深刻そうな表情をしていた。ドア付近のスイッチを押し、灯りを付ける、そこにあった光景にキヨネはゾッとした。四人掛けテーブルの四つの椅子のうち二つには案山子かかしのような、木でできた人型の何かが座っていたからだ。白く塗られているものと、黒く塗られているもの。タカラは平然としていて、さらにはそれに話しかけ始めた。
「母さん、今日はお客さんが来てるよ。」
独り言、いや、少年は黒い案山子に母という設定で話しかけた。それも寂しそうに、きっともう一つは父。キヨネはさっきタカラが心配そうに言った大丈夫の意味が今理解した。
「は、初めまして、キヨネと申します!」
張りきった様子で言うとタカラは少し変に笑った。出会ってから初めてタカラの子供らしい表情を見た。
「ごめんね、こんな変なことに付き合わせちゃって」
「変なことだと思わないよ、きっとタカラくんが強くいられる理由だと思うから」
子供らしい表情を前になんだかそれっぽいことを口走る。その後、少しの沈黙が二人の間をするりと抜けた。何か変なことを言ってしまったかと思い返す。
「僕が、強くいられる?」
そんなはずないと俯く。そして勢いよく顔を上げると眉間に皺を寄せてじっとキヨネを見つめる。この緩急はまるで鹿威しのようだ。
「キヨネさん、少し話があるんだけど」
「はい!」
急により低い声で、まるで怪談を始める雰囲気で話すタカラに対し、反射的に返事をした。しかし、真剣な眼差しは幼さを感じさせない冷徹さを醸し出している。すぐにキヨネ自身も冷静さを取り戻した。
「お姉さんは、魔族?」
「ま、まぞく?」
突拍子もないことを聞かれて思わず聞き返してしまう。魔族と聞いてレンガの表面のように荒れた紫色の肌を持ち、二本の角に四つの羽をもつ姿が頭に浮かぶ。とても人間に聞くような言葉ではない。しかし、答えを待つタカラに否定することはできない。ただ、キヨネはまず頭を触り、その後背中を痒い所を探しているように探った。別に角も羽もあるわけではない。ひとまず頷き、答えをまとめる。
「私は人間だよ」
「そうだと思ってた、後一つ、こっちの方が大切、その黒い髪、黒い瞳は生まれた時から?」
自信のない答えだったがタカラは人間だと認めてくれた。黒い髪、黒い瞳。自分の姿すら頭に浮かばない状況でそう聞かれても分からない、目にかかっている前髪は黒いので髪は黒いのだろう、それよりも…
「そうだけど、大切って、どう言う意味?」
少し怖かった、もしかしたら魔族の特徴として述べたものがあるとなると、どう弁明しても無理だ。いっそ異世界転生のことを口にすることも考えたが、信じてくれないだろう。
「黒い髪と黒い瞳は魔族の象徴とされているんだ」
「……え?」
魔族の象徴、そう聞いていい気はしない。揶揄っているわけではなく、本気で言っているタカラを前にどんな顔をしていいのか分からなかった。
「僕はうまく説明できないんだけど、僕の母さんは黒い髪だという理由で、拉致されて、まだ帰ってきていない、そして」
前髪を上げ、片方隠れていた目に手を当てて、何かを摘んだ、花びらのようなものだ。そして摘んだものを取り出すと、黒い瞳が姿を表す。掴んだものはカラーコンタクトレンズだった。
「僕は呪われた子として母が拉致された後に強制的に思考を操られた。母のことも別れ際以外微塵も思い出せない。自分でそんなこと言いたくないけど、紛れもない事実なんだ」
ユッカと同じ年だと仮定すると12歳、その年とは思えないほど哀愁漂う雰囲気と、その悔しそうな表情に心臓が握りしめられているように心が痛くなった。けど、私にはどうしてやることもできない、というか、今何をすれば、何を思えばいいのかすら分からない。ただ、来たばかりのこの異世界生活、早速危機が訪れそうになっているのは確かだ。
「とりあえずお姉さん、その姿じゃこの辺は危険、どこからきたのか分からないけど、とりあえず村長のところへ行った方がいいかも」
「村長?」
「うん、きっと村長ならどうにかしてくれる、この不思議な瞳の色を変えるものも村長からくれたんだ」
コンタクトレンズを? もしかすると同じ転生者なのかもしれない。タカラは席を離れ、村長の家までの地図と、黒いローブを渡してくれた。逆に目立たないか心配したが、直接黒い髪だとバレるよりかは変な人だと思われた方がマシだという。肝が据わっている考えに本当に子供なのか疑うほどのメンタルだ。白い服の上にローブを羽織る。
そして家から出ようとする時。
「いって、らっしゃい…」
そうタカラに変な笑顔で言われた、それに応えるようにキヨネも満面の笑みで、いってくるね。そう返した。タカラは嬉しそうにしていた。きっとその時見せた顔はお母さんに見せたかった顔なのだろう。
まだまだ子供らしいところがあるじゃん。そして、家から出る。何だかこの世界でやりたいことが決まりそうになっていた。
「僕の家なら、帰ってきていいから!」
キヨネは短く頷き、駆け出した。暗い外、街灯の下で地図を確認しながら目的地に向かう。そして村の中央部となる大広場に出ると、香ばしい匂いがキヨネを迎える、思わず足を止めて見渡してしまう。ネズミが街に出て少し立ち止まるように、その輝かしい景色に圧倒されていた。大通りにはたくさんの屋台、飲食店、売店が見える。暖かい照明が照らす大広場はまるで祭りのようだ。ガヤガヤとしている居酒屋のようなところもあった。通る人の中には獣の耳と尻尾を持つ獣族もいた。
このような光景を見て異世界に来た実感が湧いてくる。不安と期待が交差し、どこかポツンと置いて行かれてしまったような感じだ。せっかくなら知らないものを食べてみたり、買ってみたりしてみたかった。ただ、タカラの表情がまだ脳裏に残っている。きっとここでローブを取れば私は通報されて拉致されてしまうかもしれない。事実無根かもしれないが、この大通りに黒髪黒眼の人なんて一人もいない。そんなことを考えるとタカラのことも相まって無気力になってしまう。あの案山子を見た、あの表情を見た、あれは嘘ではない。そして、一つ見届けたいものができた。そのためにこの世界は上手く生きないといけない。そう思うと同時に足が動いた。大通りをかなりの距離進み、右に曲がる。すると、とんがり帽子の屋根の家が見えてくる、特徴的な家という情報から、きっとここが村長の家なのだろう。駆け足でドア前に向かい、呼吸を整える。ノックをしようと手を握るがノックするあと少しの力が入らない。すると、中から向かってくる足音がし、ドアが開いた。覚悟が決まっていなかったキヨネは顔を合わせることができず、俯いたまま硬直してしまう。
「うわ! びっくりした!」
村長であろう人物は驚いたのか、かなり過剰な反応をしているようにも聞こえる。硬直したままで反応しないでいると、コホンと咳払いで場を一旦落ち着かせた。
「ごめんね、今少し大変な用事があって、用件だけ聞こうか?」
キヨネは何を話すか一切考えていなかったので頭の中は真っ白で、二人の間に沈黙が訪れる。
「どうしたの? 大丈夫?」
村長であろう人物はかがんでキヨネと目を合わせようとした。慌てたキヨネは勢いでフードを外してしまった。もうどうにでもなれ、その一心だった。
「………」
目が合った。村長であろう人物はキヨネと同じくらいの年齢で、爽やかな好青年という印象を抱く。ただ、そんな爽やかそうな人が私の姿を見ると、ぎょっとした顔をしている。眉は痙攣し、声が出ないのか、口は半開き。目の前に地獄があったら好青年でもここまで顔を崩すのだろう。
なんでそんな顔をするの? 違う、私は何も知らない、ただ、この世界に放り込まれただけ。
キヨネは心の中で訴える。タカラの言ったことは本当であったのだろう。これから何をされるのだろうか。もしかしたら前世に、とっても悪いことをしたのかもしれない。これはその罰なのかもしれない。
そんな風に考えているとキヨネの顔色も暗くなっていく、だんだんと俯き自信が失われていく。すると、目の前の村長は面白いことでもあったのだろうか、プッと吹き出したあと、ふにゃっと笑う。
「ごめんごめん、とりあえず中に入ろう」
随分と感情豊かな村長を前にキヨネの心臓は爆破寸前だった。笑ったのは、面白い拷問でも思いついたんじゃないだろうか。村長の家の中に入ると、真ん中にある丸い机を囲う椅子に座らされた。
「あー! びっくりしたな、まさか本当に黒髪黒眼の人が存在しているなんて、ね」
思っていたよりもカジュアルに驚く青年に目を見開く。なんだかわざとらしい反応にも見えるが、別に軽蔑の眼差しも、嘲笑の一部も感じられない。
「初めまして、リモトルボ村の村長、プロテアだ、君の名前は?」
「キヨネです……、って、え?」
このまま牢獄にでも放り込まれると思っていたので目を見開く。いや油断禁物だ、本当のサイコパスは油断させてはどん底に落としてくるからだ。
「私、これからどうなるんですか?」
「どうにもなんないよ、まあ最初は黒髪黒眼であるキヨネを見たから驚いただけ、安心して、この家の中は安全だから」
初対面からいきなりの呼び捨てに随分と馴れ馴れしいなと感じる。それに、この家の中は安全だと言われると、より黒髪黒眼の人が明らかに普通の人じゃない対応をされるのが垣間見える。
「どうして、この世界では黒い髪に黒い瞳を持つ人は差別されてしまうんですか?」
もう一度質問を繰り返す。ただただ疑問だった、タカラから聞いたときはまだ完全に危機感を持っていなかったが、この家を訪ねた時の村長の顔は絶望を形にした顔をしていた。
「差別、は別に人それぞれだね、魔族に親を殺された人はもちろん黒髪黒眼を恨むだろうし。別に何とも思わない人だっている。僕もそうだ」
いや出会った時まるで死人を見たかのように驚いていましたよね。そう突っ込みそうになるが、いったんは引っ込め、次に質問を繰り返す。
「魔族の象徴とは聞きました、それってどういうことなんですか?」
そもそもこの世界は何なのだろうか。石造りの家、色鮮やかな髪色に瞳、獣族、魔法。ここまでは従来の異世界の認識として頷ける。しかし、黒髪黒眼が恨まれる世界。元の世界がどんなだったのかも朦朧としていてはっきりしないが、そんなことはなかったはずだ。やはりここは完全なる異世界だ。
もう一つ、私は異世界転生というものを果たした。異世界転生というのは元の世界で事故にあったりし、死を迎えることで起こることだ。自分が元の世界でどんな人だったのか覚えていない。ただ、自分がその世界で死を迎えた事実に少し落胆する。きっとまだやり残したことがあったのだろう。きっとまだ見れた景色があったのだろう。そう考えると無気力になる。多分よく分からない感情というのは自分に対しての追悼であろう。それに、きっと前世の私は……。
「魔族の生みの親が黒髪黒眼、じゃ納得いかないよね?」
少し間の空いた答えに物思いに耽っていてしまっていた。プロテアも渋い表情を見せている所から、本人も納得がいっていないのだろう。ただ、魔族がどんな存在なのかは理解しがたいが、きっと邪悪な存在に違ない。そんな生みの親の特徴と一致しているとなると、必然的に恨まれる……。
自分で考えるのはいいが、考えていて心が痛くなる。ため息をつき、これからのことについて考える気も失せる。せっかくの、異世界なのに。
「そんな落ち込まないで、対処法はある。」
「え……? ふっ、んんっ?!」
プロテアは立ち上がり、キヨネの顎をつまみ上げた、これはいわゆる顎クイというものなのだろう。村長の淡い紫色の瞳がまっすぐキヨネの顔に降り注ぐ、ただそんなことを考えている間もなく村長は話を続ける。
「まず、キヨネにはウィッグとコンタクトレンズを渡そう、話はそれからだね、何色がいい?」
顎を上げられたままなので答えることができない、それに気づいたプロテアはパッと手を離した。キヨネはゆっくりと深呼吸をする。タカラがつけていたからコンタクトレンズは分かっていたが、まさかウィッグまでこの世界にはあるなんて。異世界でウィッグなんて逆に非現実的な要素だと思っていた。思いを巡らせていると、ある一つ色を思いつく。思いつくというよりも、その色が頭の中で一滴垂れ、頭に広がった。
「赤、それもとっても明るい赤色でお願いします」
「赤か、いいね! 早速準備を始めようか」
どこか別の部屋に入ると中から真っ赤なウィッグを持ってきた、そのまま背後に回るプロテア、期待を込めて目を瞑るキヨネ。プロテアは肩まで整えられたキヨネの髪の毛をネットでまとめ上げる。慣れた手付きでウィッグを取り付けた。その間約1分。終わったよと言われてもほぼ何も感じなかったのでまだ目を開かない。そして肩をツンツンされてようやく気付く。まさかこんなにも早く終わるものなのかとゆっくりと片目ずつ開く、机の上には手鏡が置かれていた。
「どうぞ、新しい人生には新しい色を、だね」
そして覚悟を決めて手鏡を力強く握り、自分に向ける。そこには鮮やかな宝石のような赤色の髪をした自分がいた。髪の毛は艶があり、思わず手を通してみたくなる。
「すごいです、こんな素敵な髪、ありがとうござい……」
「こら、ちゃんと顔も見なさい」
髪の感想を言おうとしたらムッとした村長は手鏡をもっと顔の近くに動かされる。そこには自分の顔しか映っていない。
「顔……?」
そう呟く。髪に関しては、長さは少し長めで胸辺りまでの長さ、おしゃれな女の子という感じが自分の中の何かが満たされた。ただ、顔を見なさいと言われ、口角を下げてみたり、ほっぺたをつねってみたりした。自分だ、この鏡に映っている人は自分だった。しかし、自分の姿を知れても思い出せることは何一つない。それに、何も思わない。手鏡を置くとプロテアはまたもやムッとした。
「キヨネは見ててすごく不安になる」
機嫌のよくないプロテアに返す言葉が見つからない。
「自分の顔を見てどう思った?」
「いや、なんとも……」
「まったく、今伝えたいのは二つ」
片手を腰に手を当て、もう片方は指を二本立てた。
「自分のことは自分はどう思ってもいいこと、かっこいいとか、かわいいだとか。何を思っても自由、けど、自分が思うことと周りが思うことは全く違うからね、周りがかっこいいとかかわいいとかっていうのは勝手に言わせればいい。けど、自分で思うことは自信に直結できるからね。それにプラスとかマイナスとかとは違った、生きることに直結するんだ、これがまず一つ」
そうして指を一本畳んだ。
「一つ目は長くなったから、こっちは完結に」
そう言うと目を合わせてくるプロテアに目を逸らしてしまう。
「好きになるのは自分から」
その言葉を聞いて目を見開き、逸らした目は元に戻った。目が合うと、プロテアは満面の笑みでピースを向けてくる。急にピースをしてきて面白くて笑ってしまう。なぜだろう、今まで自信が微塵もなかったけど、今動かされた、0が1になったような、そんな気がした。そのまま二人は心地よく笑い合った。
「もし悩んだらまたノックしてきて、先客がいたら別の日って形になっちゃうけど、極力相談に乗るから」
「ありがとうございます!」
今度ははっきりとお礼が言えた。
「そしてこれ、コンタクトレンズ」
「あっ、ありがとうございます」
丁寧に両手で受け取る。そして付け方を習い、実際につける。真っ赤に美しい瞳の完成だ。そしてまた鏡を見るとまるで別人のような姿に生まれ変わったようでなんだか感無量になる。
「嬉しそうでなにより」
誇らしげにプロテアは言った。
「でも、なんで異世界なのにコンタクトレンズとウィッグがあるんだろう……」
読んでいただき誠にありがとうございます。




