海に捧げた祈り 2
「それから、エル=ルカ島まで一緒に旅する間に、驚くほど打ち解けていったのだ、いつか一緒に旅に出ようとも誘ってくれた」
懐かしそうに、セリュナが微笑んだ。
セレイアたちはそのまま神殿へ向かい、セリュナは祭祀に集まる巫女たちのもとへと案内された。
祭祀は無事に終わったかに見えたが、最終日、セレイアとサピエルとともに街を歩いていたそのとき――島全体が突如として揺れだしたのだった。
幸い、大きな波などは起こらなかったが、祭祀は失敗だったのではないかと、人々の間には不安が広がっていった。
セレイアたちはエル=ルカにしばらく留まることになり、私は島に戻る船で彼女たちと共に一度帰ることになった。
島へ戻る前夜のこと。サピエルにこう尋ねられた。
「魔女の娘のことを知っているか?」
それが古い生贄の伝承に関わっていると知ったのは、ずっと後になってからだった。
島に戻ると、私は巫女様に挨拶するため、いつもの祠へ向かった。
イアスに会えるのではないかと、どこかで期待していた。
けれど祠には誰の姿もなかった。帰ろうとしたそのとき、奥からうめき声が聞こえてきた。
イアスだった。
苦しそうに呻くイアスに何があったのかと尋ねても、はっきりとはわからない。ただ「そばにいてほしい」と、何度も囁かれた。
しばらくそばにいたが、容体はまったく変わらない。私は人を呼びに街へ向かい、薬師を連れて戻った。だが症状は不明で、イアスを知る者も誰もいなかった。
海の民だと明かすわけにもいかず、私は思い悩んだ末、こう願い出た。
――「島を出る船に、イアスを乗せてくれませんか」と。
セレイアたちのいるエル=ルカ島へ再び向かうことになった。
そのときは、もう二度と戻れなくなるなど思いもしなかった。
「その男には関わらぬほうがよい」と巫女様は忠告してくれたのに、私はそれを振り切ってしまったのだ。
エル=ルカに着くと、セレイアたちに再会し、事情を話して医師を探してもらった。
だがイアスの病は依然として良くならず、祭祀の失敗のあと、海神を鎮める方法を探していたセレイアは言った。
「一度、神官に見せてみて」
彼女は、イアスが海の民であることに気づいていたのだ。
浜辺近くの小屋にイアスといた。彼はうわごとのように「そばにいて」と繰り返し囁き続けていた。
神官が小屋に現れ、イアスを見るなり祈りを始めた。
そのときだった。再びエル=ルカ島が揺れ、小屋が大きく揺らぐ中、私はイアスを庇うように覆いかぶさった。
次に襲ってきたのは、波だった。
まるで私たちを狙ったかのように波が迫り、小屋の壁を壊して私たちをさらった。
サピエルが神官の手を引いて空へ舞い上がった。私にも手を差し伸べてくれたが、私はイアスに必死でしがみついていた。
そのとき、不思議なことが起きた。あれほど苦しんでいたイアスが正気を取り戻したのだ。
「……ずっと、そばにいて」
波に呑まれながら、イアスは私にそう言った。
私は答えた。「もちろん。そばにいるわ」
次の瞬間、波が渦巻き、高く舞い上がり、私たちはそのまま深く海底へ沈んでいった。
私は気を失った。けれど、その意識の奥で、イアスの声だけははっきりと聞こえていた――
「ずっとそばにいて」
気づいたとき、私はここにいた。
封印されていた岩が、リヴァイアサン――海神の姿へと変わっていた。封印は、解けてしまったのだ。
私はイアスを探した。すると、彼はリヴァイアサンに触れていた。
助けなければ――その一心でイアスに抱きついた。
すると、リヴァイアサンの姿が少しずつ小さくなっていく。
驚いているうちに、イアスの姿がリヴァイアサンへと変わってしまったのだ。
元のリヴァイアサンは、ひとりの男の姿となって、そこに倒れていた。
イアスはまだ意識があった。荒れ狂う海の中、彼は言った。
「ごめん……でも、そばにいて……一緒にこの力を抑えて……セリュア、この海を……守って……」
声とも言えぬ声だった。それきり、呼びかけても彼はもう答えなかった。
どれほどの時が経ったのか、わからない。
気づくと、私はここにいた。
岩になってしまったイアスに何度呼びかけても、もう応えてはくれない。
ただ、私はもう空腹も感じず、体の奥から力が湧いていることに気づいていた。
あれほど荒れていた海が、いつのまにか静かになっていた。
そして、誰かがこの場所に近づいてくる気配がした――セレイアと、サピエルだと、すぐにわかった。
セレイアは、私と別れたあと、神官たちとともに封印の方法を探していたのだという。
「生贄が必要なのかもしれない」というところまではわかった。だが、“魔女の娘”が誰を指すのかまでは、まだつかめていなかった。
彼女は言った。助けられなかったことを謝る、と。
けれど私は、イアスについていっただけ。セレイアが謝ることではない。
ここで起きたこと、イアスとのことを、私は彼女たちに語った。
何が起きたのか――私たちにはまだ理解しきれない。
だが、私には確かに不思議な力があり、イアスの言葉どおり、この海を守ると誓った。
「必ず方法を見つけて、戻ってくるわ」
そう言い残して、セレイアは去っていった。
そのあとも、彼女は何度かここを訪れてくれた。
最後に会ったのは……いつだったかしら。
ここに長くいると、時間の流れが曖昧になってしまうの。
――ああ、そう。セレイアは、“詩の場所”を探していると言っていた。
すべてが集まる場所、《ハリカ・テペ》を。
もし、セレイアに会ったなら、伝えてほしい。
私はここにいること、イアスのそばにいられることに、満ち足りていると。
そしてネリオン――お前は、この島の外に出たことがないな。
もし旅に出たいなら、ユリアについていくといい。
ここは、私が守るから。
ただ、ただこの場所で、“海神”になる日を待つのではなく、
一度、この広い世界を見てきなさい。
――まだ大丈夫。私の力が尽きるまでは、この海はきっと、守られているから。




