かもめの食卓2
昨夜はすぐに眠りにつき、ユリアは翌朝、港町の喧騒で目を覚ました。
港が近いせいか、船の音や市場のざわめき、人々の声が窓越しに聞こえてくる。
軽く身支度を整え、階段を降りて二階へ行くと、ルチアがすでに朝の支度を終えていた。
「おはよう」
「おはよう、ユリア。さあ、そこに座って。パンとスープ、用意してあるわ」
テーブルには湯気を立てたスープと焼きたてのパンが並んでおり、ネイヴとエリンはすでに食べ始めていた。
「ガロは?」
ユリアが尋ねると、ルチアは片手で髪をまとめながら答えた。
「今朝着いた荷物を取りに、港に行ってるの。それを街の方に運ぶ手伝いよ。だから午前中は、私が店番ってわけ」
「そっか」
「午後になったら、少し街を案内してあげるわ。それまでにご飯を食べて、ネイヴとエリンと一緒に町をぶらっと散歩してきたらどう?」
ユリアはうなずき、焼きたてのパンに手を伸ばした。
新しい町、新しい朝。見知らぬ場所のはずなのに、どこか懐かしい空気が胸に広がっていくのを感じていた。
「ああ、そうそう、ユリアは私の姉さんの子が遊びに来てるってことにするから、この辺の人になんにか言われたらそう言って」かもめの店の親戚って言ったらわかってくれるわ。と付け加えた。
ユリアはエリンとネイヴと一緒に、港町の通りへと足を踏み出した。朝の光に照らされた石畳は少し湿っていて、潮風が頬を撫でるたびに、海の匂いが混じる。
通りにはすでに多くの人が行き交い、魚を売る声や、商人たちの呼び込みの声が活気にあふれていた。焼きたてのパンや干物の匂いが立ちのぼり、思わずお腹が鳴りそうになる。
「なんだか、元気になってきたかも!」
ユリアはそう言いながら、きょろきょろと周囲を見渡す。ルフも周りを見ながら飛んだり方に泊まったりしている。
「ルフも楽しいの?」
「ピイ」
港町の喧騒は、不思議と心を軽くしてくれる。エリンは楽しげにあちこちを指さし、ネイヴは一歩引いたところから二人の様子を見ていた。
やがて港に近づくと、大きな船が何隻も並んでいるのが見えた。高くそびえる帆柱、甲板に並ぶ樽やロープ——見るだけで胸が躍るような風景だった。
「うわ!あれ、すごい!」
ユリアは思わず足を止め、沖に停泊している一際大きな帆船を見上げた。その存在感に圧倒され、目が離せなくなる。
そのすぐそばには、黒い帆を掲げた重々しい船も停まっていた。側面に鋲が打たれ、船首には帝国の紋章が刻まれている。
「あれは、もしかして軍船?」
周りの船とは異なり黒くていかにもな見た目だ。
船の周辺では、荷を運ぶ人々が列をなし、何やら検問のようなことが行われている。兵士らしき者が樽の中身を確認し、帳簿に目を落としている姿も見えた。
「なんだか、ちょっと物々しいね」
はしゃぎながら通りを歩いていたユリアだったが、軍人たちの姿を見た瞬間、少しだけ足をゆるめた。黒い服に金の飾緒を付けた兵士が数名、街道を見張るように立っている。帝国の兵士か騎士たちは、皆目印のように似たような服を着ているようだ。
エリンも小さく「わっ」と声を漏らし、ネイヴは黙って視線を逸らした。
「ここは、通り過ぎよう」
そう言って再び歩き出したユリアの声には、どこか緊張が混じっていた。
しばらく歩くと、魚の匂いが一層強くなる。見上げると、大きな倉庫が連なっており、開け放たれた扉の中では、魚を仕分けする人々がせわしなく動いていた。銀色の魚が詰まった籠、干される前のタコやイカ、氷を詰めた箱。港町ならではの光景に、ユリアは思わず見入る。
その隣には、商人たちが談笑しながら書類をやり取りしている小さな広場があり、布の地図や荷物の目録が広げられていた。
「いろんな人が、いろんなふうに旅してるんだな……」
ユリアはそうつぶやきながら、初めての港町の景色を目と心に刻んでいた。




