かもめの食卓1
食卓の上には、香ばしく焼かれた湖魚と、ネイヴが摘んできたという野草のスープが並んでいた。暖かな湯気の向こうで、ユリアはそっと旅の地図を広げた。
「まずは、帝国を目指そうと思うの」
パンをちぎっていたエリンが、ぱちりと目を丸くした。
「帝国? いきなり大きな町を目指すんだね!」
するとルチアが、すぐに反応した。
「それなら、ちょうどいいかもしれないわ。私たちも、あと一週間でここを引き上げる予定なの」
「えっ?」
「帝国のすぐ隣にある王国の港町に向かうの。今度こっちに来る予定のカモメの夫婦たちが、今そっちに滞在してるはずでね。私たちみたいに外で暮らしてると、時々交代することがあるのよ」
「へえ、そんなふうに?」
「そのあたりには、長く滞在している人はいなかったんだけど、情報を集めるのに良さそうな場所だから、先に探しておいてもらったの」
「情報……?」
「族長たちに、時々報告に行ってる人がいるでしょ?」
「うん……何を話してるのか、よくわからなかったけど」
「拠点を作って長くとどまる人たちと、常に動きながら各地を回る人たちがいるのよ。飛翔族だけじゃなく、森の民や海の民にもね」
「そういえば、なかなかエルシアに戻ってこない人もいるよね」
「そういうわけで……ユリアも、途中まで船に乗っていかない? 一緒に」
「いいの?」
「もちろん。ちょうど積み荷も少ないしね。どう、ガロ?」
そのガロはというと、エリンに塩を手渡しながら、落ち着いた声で答えた。
「ああ、それがいいだろうな。帝国を目指すなら、船で行ったほうが楽だ。陸路だと、ちょっと揉めてる国を通ることになるからな。連絡船を乗り継いで行く方法もあるが……帝国の動きも、最近は妙だからな」
「というと?」
「つい先日、この港に帝国の軍船が寄っていたんだ。ここは帝国と友好関係にあるはずだから、軍船が来るのはめったにないんだが……何か調べていたらしい」
ルチアもうなずく。
「そうそう。ひと月、ふたつ月くらい前からかしら?街中でも帝国の人たちを見かけるようになったのよね」
「軍隊ほどじゃないが、騎士団っぽい連中もいたって話だ。なんだか物々しいよ。寄港してた船も、船脚の速そうなやつだった。あちらも、もうすぐ出ていくはずだ」
「軍船……?」
「何かを起こそうってわけじゃなさそうだけどな。たぶん、巡回の一隊だろう。急いで行きたいなら、大きな港から帝国行きの商船に乗る手もあるが……」
ユリアは、ひと呼吸おいて笑った。
「ううん。できればゆっくり行きたい。少し遠回りしてでも、せっかくだからいろいろ見て回りたいし……海も初めてだしね!」
ガロがにやりと笑った。
「そうか。じゃあ、うちの小舟でのんびり行こうじゃないか。風まかせ、波まかせってな」
エリンがぱっと笑顔を見せて、身を乗り出す。
「じゃあ、途中まで一緒だね! 楽しそう!」
ネイヴもうれしそうだ。
「もちろん。でもまずは、船酔いしないか確かめてからね」
ルチアがくすくすと笑いながら、ふと思い出したようにユリアのほうを見た。
「そういえばユリア、昔はね、飛翔族が自分で空を飛んで移動していたこともあるらしいのよ。帝国ができるよりずっと前の話だけど」
「ほんとうに?」
「ええ。今度会うあの二人に聞いてみるといいわ。結構歳は上だったから、何か知ってるかもしれないわよ」
ルチアはフフフと笑いながら、ワインを口に運ぶ。




