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夢見た烏は、旅に出る 〜旅立ち〜  作者: やまゆり
第二章 旅は道連れ
16/37

海の見える場所へ 1

朝。

かすかな鳥のさえずりと、窓の外から差し込む光が、ユリアのまぶたをゆっくりと開かせた。昨夜の出来事が夢だったかのように、部屋は静まり返っている。

ベッドから身を起こすと、窓辺にとまっていた白い影がふわりと跳ねて、彼女の肩へ舞い降りた。


「……ふぁ、おはよう、ルフ」


ルフは小さく鳴いて、くちばしで彼女の髪をついばむように撫でた。

支度を整えながら、ユリアは昨夜のことをぼんやりと思い出していた。

宿の食堂に降りると、まだ人影はまばらだった。

パンと干し果実の皿、温かいスープを運ばれて、テーブルに腰かける。ルフが湯気を警戒して、そっとユリアの肩に顔をうずめた。


「おはよう」


その声に顔を上げると、入口の影からアルが現れた。眠れなかったのだろうか、眠そうにふらふらしてる


「……おはよう」


それ以上、どちらからも昨日のことには触れなかった。何をしに行ったのか、今はしない。それは互いの距離を保つ、黙契のようなものだった。


「ここからは、までだな、天候が悪くなければ14、5日あれば着くとおもうぞ。」

「うん。地図を見た限り、街道沿いに南へ下っていくみたいね。」

「ああ、少し遠回りではある港町のヴァリーノが、天候が悪くても進めるからな。森の中を抜ける近道もあるが、場所によっちゃ足止めを食らう場合もある。」

「うん。いくつか川もあるみたいだし、街道沿いのほうが確実そう。」

「だな。いくつか町もあるし、特に準備も必要ないな。それじゃあ、行きますか。」


そういいながら、港町のヴァリーノへの旅へ出発した。







「ねぇ、何度目だと思ってるの。」


怒りを抑えた声が、街道に長く伸びる影の中で静かに響いた。

ユリアは一歩先を歩きながら、振り返りもせずに言った。


「ねえ、アル。聞いてる?」

「……聞いてる。めちゃくちゃ聞いてる。耳に風穴があきそうなくらい」

「じゃあ、その口、少し黙ってて。あと、女の人に話しかけるの、今日から禁止」

「いや、でも俺が口を開かないと、この旅、会話ゼロじゃない?」

「それでもいいから」

ルフが肩の上で「ピピ」と鳴いた。完全に同意している。




--------------------




ティラーニアを出発した後、野宿をして小さな町へ着くまでは順調だった。

一つ目に立ち寄った町で、


「やぁ、お嬢さん。その髪、陽に透ける琥珀みたいだ。きっと森の精霊の血でも混ざってるんだろう?」


声をかけられた女性はあからさまに嫌そうな顔をして、避けていく。


「やぁ、君のその青い瞳、澄んだ湖のようだよ」


今度は女性の彼氏らしき人に威嚇されている。


「ちょっ、アル!やめなさいよ、迷惑がられているでしょう?」

「いやぁ、美しい人を見るとつい声をかけたくなっちゃうんだよね~」

「迷惑よ、やめなさい」


ひとやすみするつもりだったが、これは、早めに村を出たほうがよさそうだ。


「もう、アルのせいだからね!」


そういいながらすぐに町を出ることにする。

しばらく離れてから街道脇の木陰で休むことに。


「次からは声をかける相手考えてよね。」

「いや、ちょっと挨拶しただけで・・・」

「その挨拶が問題なの。」

「わかった、わかった」

「次の町では気を付けるよ」

「うん、そうして」


と約束したはずなのに、次の町でも、またその次の町でも同じことを繰り返すので、このままじゃまともに宿で休むこともできない。あきれて他人のふりをすることにした。

あと少しすれば海も見てくるだろうという頃に立ち寄った町で、


「……またやってる」


ユリアは井戸の前で水袋を満たしながら、ちらりと振り返った。アルが今度声をかけているのは、洗濯籠を抱えた若い女性。顔を赤らめて笑っているが、周囲には明らかに物言いたげな視線もちらほら。


その町は、他よりもやや大きく、人通りもにぎやかだった。ユリアは昼食用に果物やチーズを選びながら、アルの姿を完全に視界から外していた。


「……もう知らない。巻き込まれるの、疲れた」


いつもなら数歩後ろを歩いていたアルが、今どこにいるかなんて気にしなかった。

けれど、町の広場を抜け、パン屋の角を曲がったとき——背後から鋭い怒号が飛んだ。


「リア~!」

「そこの女! お前もグルか!!」

「えっ」


振り返ると、こちらの駆け寄ってくるアルの姿、その後ろには、怒りに燃える顔の中年男が、屋台の果物を蹴散らしながら突進してくる。

とっさに隠れる魔法を使いこともできずに、他人のふりをして逃げる。


「いや、違う、誤解なんだ! 俺はちょっと話しかけただけで、そしたら旦那さんが——って、ユリア! 待って! 助けて!」


ユリアはとっさに角を曲がり、さらに角をもう一つ曲る。近くの食堂の扉を押し開けると中に飛び込む。パンの香ばしい匂いと笑い声が迎えてくれる。

アルも何とか滑り込んできて、ドサリと向かいの椅子に腰を下ろす。


「……間に合った……」

「巻き込むの、やめてって言ったよね」

「うん……いや、ほんとごめん。でも、君も冷たくない?」

「冷たくさせてるのはだれ?」


アルはやれやれというように手を上げている。

ルフは店内の梁にとまり、くるくると目を回している。

しばし、パンとスープでささやかな昼食。何事もなかったかのように、町の喧騒は外で続いている。

だが、平穏は長くは続かなかった。


店を出た瞬間——


「いたぞ!! そいつらだ!!」

「止まれッ!!」


広場の反対側、怒り狂った旦那と、衛兵らしき男がこちらに向かって走ってきた。


「……また、あんたのせい……!」

「いや、でも逃げないと! 走って、ユリア!」

「ルフ、ついてきて!」


ユリアはスカートをかかげて駆け出し、アルと並んで路地を駆け抜ける。パン屋の裏、果物屋の裏手、物干し場を横切って、町の裏門へと突っ切る。


「こっち! 塀が低い!」

「ほんとに、もう、なんでこうなるの!?」


怒号と追いかける足音が背後で響くなか、ふたりは塀を越えて、町のはずれの草むらに転がり込んだ。

息を切らせながら、しばらく草の中で顔を見合わせる。


「本当に、次は無いから」


草の上、ルフが小さく羽ばたいて、彼女の頭にそっと降りた。



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