湖面に浮かぶ寺院 2
食事を終えたころ、アルは椅子から立ち上がり、少し照れくさそうに言った。
「ちょっと、寄るところがあるんだ。先に戻っててくれ」
「わかった。気をつけてね」
ユリアは軽く手を振り、食堂の外で別れた。
宿屋へ戻るつもりで歩き出したものの、心のどこかであの高台の寺院が引っかかっていた。夢に出てきた場所とは違うかもしれない。でも、なぜか気になって仕方がない。
「ちょっとだけ……見に行ってみようか」
そう呟くと、肩にとまっていたルフが「クル」と小さく鳴いて、羽を震わせた。
夜の町は、港の近くこそ明かりがあったが、少し離れるとほとんど真っ暗だった。高台への道は人気もなく、静まり返っていた。
ユリアは足を止め、小さく息を吸う。目を閉じ、魔力を全身と視界に流し込む。
目を開けると、闇が薄く透けて見える、隠匿の魔法も使っているので人に見つかることもないだろう。これなら行ける。
寺院への道を慎重に進んでいると、何かの気配がした。ザッ……ザッ……と複数の足音。ユリアはとっさに道端の茂みに身を隠し、そっと覗いた。
やはり、さっきの食堂にいた怪しい男たちだ。数人が、何かを抱えて運んでいる。木箱か袋か、その内容は分からない。彼らは無言のまま、町のほうへ戻っていった。
ユリアは静かに息を吐き、ふたたび寺院を目指す。
ほどなくして、目的の建物が見えてきた。近くで見ると、寺院は思った以上に古びていた。石とレンガでできた壁は所々崩れ、屋根も傾いていて、月明かりの下では廃墟そのものだった。
夢で見た、あの白い神殿とは似ても似つかない。だが、それでも何かの手がかりがあるかもしれない。ユリアは崩れかけた柱の隙間から中へ入れそうな場所を探す。
その時、建物の裏手からかすかに火の光が見えた。耳を澄ますと、複数の人の話し声。さらに、ユリアの接近に気づいたらしい者たちが、こちらに向かってくる気配もあった。
ユリアは急いで物陰に身を潜め、少し離れた林の中へと移動した。木々の影から様子をうかがっていると、さらに何人かの人影が集まってくるのが見えた。もはやただの見学では済まされない。
「まずいな……今は戻ったほうがよさそう」
戻りながらも、ユリアは振り返って寺院の様子を見た。先ほどまでいた人物たちは、それぞれ別方向へと離れていくところだった。
「なんだったんだろう……」
その時、近くの木の陰に、ひとつの人影が潜んでいるのを見つけた。身構えたユリアだったが、見覚えのある姿だ。
「……アル?」
「うわっ、リア!? びっくりした……」
ユリアは声を潜めながら詰め寄った。
「しっ。こんなところで何やってるの」
「それはこっちの台詞だよ。宿に戻ってないじゃないか」
言い合いになりそうになったその瞬間――
ドォン!!
耳をつんざくような轟音が、寺院の方角から響き渡った。地面が軽く揺れ、夜の空気がざわめき始める。
ユリアとアルは顔を見合わせ、すぐさま音のした方を見やった。
「今の……爆発?」
「行こう!」
ふたりは声をそろえるようにして走り出した。




