肩に降りた小さな歌
翌朝、ぼんやりと目を覚ますと、すでに日は高く昇っていた。
髪に手をやってふと気づく。黒髪だ――
その事実に、ユリアは少しだけ安堵し、やっぱり夢だったのかと、ぼんやり思いながら体を起こした。
ふう、と深く息を吐いて背筋を伸ばす。
そのとき、すぐそばにいた小さな白い鳥が、ちょんちょんと跳ねながら近づいてきた。
丸くてふわふわとした姿はひな鳥のようだが、尾羽はしっかりと長く、成鳥のようにも見える。
昨日、最後に見たあの鳥だろうか?
「昨日のことって……夢だったの? それとも現実?」
そう声をかけると、鳥はまるで聞こえていたかのように、首を小さくかしげた。
ユリアは思わずくすりと笑って、
「ふふ、わかるわけないか」
とつぶやきながら、出発の支度を始めた。
特訓の成果か、体の疲れは思ったほど残っていない。
だが、なんとなく髪の色が気になり、茶色の髪に変装の魔法をつかう。
(しばらくはこの姿でいよう)
二日目も、悪くない滑り出しだ。
やがて、小川を見つけたユリアは、顔を洗って水を汲んでおくことにした。
水筒に水を詰め直し、荷物を背負って再び歩き出す。
森の木々の間を抜けながら、ユリアは鳥のさえずりに耳を澄ませていた。
ふと背後で羽音がして、振り返ると――あの白い鳥が、少し離れたところからついてきていた。
「……ついてきたの?」
立ち止まると、鳥も歩みを止める。
ユリアが進めば、またちょんちょんと後を追ってくる。まるで、そうすることが当たり前かのように。
やがて鳥はひと跳ねして、ユリアの肩に乗ってきた。
その小さな重みと、羽のやわらかな感触に、ユリアの表情がふっと緩む。
「ふわふわで白くて……なんだか、綿毛みたい」
そう呟いたあと、ユリアは少し考えてから言った。
「……ルフって呼んでみようかな。綿毛っぽいし、似合ってる気がする」
鳥は首を傾げたあと、軽く羽をふるわせて鳴いた。肯定とも取れるその仕草に、ユリアはくすっと笑った。
「うん。じゃあ決まり。よろしくね、ルフ」
もともと一人きりの旅だった。
誰かが隣にいるだけで、こんなにも心が穏やかになるなんて。
ユリアはルフを肩に乗せたまま、山間の道をまた歩きはじめた。
昼近く、岩陰に腰を下ろして木の実をかじりながら、少し休憩を取った。
ルフも傍に降り立ち、羽をふるわせながら日差しを浴びている。
風はやわらかく、空は高く澄んでいた。
白くて小さな旅の仲間――ルフとともに、ユリアは静かに山道を進んでいった。
途中小さな村で食料を調達したり、役に立ちそうな薬草を見つけて積んでみたり。
ルフがいるだけで、なんだか気分がよかった。
そうやって旅を続けて数日。
岩の多い斜面を越え、細い獣道を抜け、木々の間から遠くの空が見えたとき、ユリアは思わず足を止めた。
「ねえ、ルフ。あの辺りが、たぶん湖の町の方角……たぶんあと二日ってとこかな」
肩に乗っていたルフが、羽を小さく揺らして応える。
ユリアはその反応に笑みを浮かべながら、再び歩き出した。
「……でも、思ったより早く進めてる気がする。やっぱり、ひとりじゃないって違うね。ね、ルー?」
冗談めかして短く呼びかけると、ルフは小さく「チィ」と鳴いた。
本当に返事をしたのか、それともたまたまなのか――けれどその瞬間、ユリアの心にふわりとあたたかいものが広がった。
午後には道がいったん開け、小さな草原のような広場に出た。
そこで軽く腰を下ろして干し果実をかじりながら、ユリアは空を仰ぐ。
雲の流れが少し速くなっている。山の天気は気まぐれだ。そろそろ今夜の寝床も考えておかねばならない。
「ルー、今日は……どうしようかな。もう少しだけ進めそうだけど、暗くなってからじゃ遅いし……」
そう呟いて立ち上がると、ルフもすぐに飛び上がって肩に戻ってきた。
ユリアは少し歩みを速め、周囲に視線を走らせながら適当な場所を探す。
地面が平らで、風があまり通らず、木々の間に身を隠せるような場所――
山の斜面を少し登ると、岩場の裏にちょうど良いくぼ地を見つけた。
「……ここ、よさそう。風も弱いし、夜露もしのげる」
ユリアは荷を下ろし、ルフをそっと手に乗せて近くの枝に移してやった。
ルフは一瞬じっとしていたが、すぐにその枝に馴染むように羽をたたんだ。
「ねえ、ルー。明日には、きっと湖が見えるんだろうね。……私、ほんとうに、知らない場所まで来たんだな」
言葉にしてみると、それがなんだか現実味を増して胸に響いた。
けれど、隣にルフがいる。見上げれば空がある。地に足をつけて、歩いてきたこの旅のすべてが、ユリアを少しだけ強くしてくれているようだった。
日が沈みかけ、山の影がすっと長く伸びる。空気も冷え始め、薄青い闇が少しずつ降りてくる。
ユリアは焚き火の代わりに、暖を取るためにマントをきつく巻きつけ、そっとルフに声をかけた。
「おやすみ、ルー。明日も、よろしくね」
ルフはその羽をわずかに震わせ、静かに目を閉じた。
やがて夜がすべてを包み込み、山のくぼ地は、星と風の音だけの世界になっていった――。




