第7話:はじめてのラブホ
「へぇ、中、こんな感じなのね」
うぅ、本当に入っちゃったよ……
ラブ・ホテル。
そこらにポコポコ建ってるのは知ってたけど。
もちろん、中に入った事などなく。
入ることも、まま、無いだろう、と、思ってたのに。
何の勢いなのか。
しかも。
「ほら、見て見て、こんなところにも照明付いてる。うわぁ、変な色~」
何故か、ものすごく楽しそうな、米田さん。
歳上の、女性。
野鳥撮影の、仲間。
お友達と。
普通のホテルで二部屋取るより、安いからって。
あと、撮影現場に近いから、って。
ま、まあ、『女子会』と、思えば。
ごにょごにょ、するわけじゃなくて。
ただ、一泊、お泊り、宿泊するだけ、だし。
「これだけ大きなベッドなら、並んで眠っても問題なさそうでしょ?」
おっしゃる通り。
意味不明なくらい、大きなベッド。
大人三人くらいなら、並んで眠っても問題なさそう。
「そ、そうです、ね……」
うん。
大じょゆぶ。
あぁ、なんか混乱してる。
大丈夫?
「さーて、じゃあ、わたし、先にシャワー浴びて来るわね」
「あ、はい、どうぞ」
米田さんはそう言ってお風呂場へ。
ベッドが部屋を占領してる感じで、それ以外の設備は、と。
小さな鏡台、それにテレビくらい、か。
テレビ。
なんかやってる、かな?
リモコンが置いてあったので、電源ボタンを、ぽちっと。
押して、すぐに、後悔。
すぐもういちど、電源ボタンを押すハメに。
あぁあああ。
なるほど。
そういう映像が流れる仕組み、なのか……。
あぅうう……。
チャネルを変えれば、普通のテレビ放送も観れるっぽいけど。
まぁ、もぅ、いぃ、や……。
はぅううう……。
手持無沙汰になってしまったので。
機材のチェックでも、と。
カメラバックを、開いて。
カメラ、レンズを取り出す。
大学時代、アルバイトに明け暮れて。
やっとの思いで買った、白レンズ。
サンニッパ。
300㎜/F2.8の、望遠レンズ。
白の鏡銅は、太陽光の吸収を抑えて、内部の空気の揺らぎを低減する。
ワンランク、ツーランク上の、レンズ。
それなりの、お値段。
中古の250ccバイクよりも、はるかに高く。
250ccの新品バイクと、同程度の価格。
カメラも、新品だと同じくらいの値段だから、セットにすると、リッターバイクくらい買えちゃう罠。
バイクとカメラと、両方やってるから。
トホホ。
体格的……ちっちゃい身体……のこともあって、取り回しもしやすい250ccにしてるけど、予算的な部分も、大きい。
カメラ、レンズだけじゃなく、三脚や雲台、カメラバックやら、こまごました機材やら整備グッズ。
うん。
我ながら、って感じかしらん?
せっかくなんで、ベッドの上に、ずらり、と並べて。
並べた機材を、スマホのカメラ機能で、ぱしゃり。
なんて、遊んでたら。
「ふぅ、河崎さん、次、どうぞ」
米田さんが、お風呂から上がって来た。
「はぁ……い?」
振り向いて、米田さんの姿を見て、ちょっと固まってしまう。
「へへ。バスローブ置いてあったから着ちゃった。パジャマ代わりによさそう」
ピンク色の、ちょっとモコモコな、バスローブ。
「な、なるほど。じゃあ、わたしも入ってきます、ね」
機材をしまって、米田さんと交代で、わたしも。
替えの下着やら入ったサブのリュックサックを手に、バスルームへ。
髪を濡らすと乾かすのが面倒なので、タオルで巻いて、と。
脱衣所は狭いけど、浴室に入ると、わりと広いめ。
浴槽も、ふたりでゆったり入れるくらいに、大きい。
洗い場も……。
うん、壁に立てかけてある、空気マットは、見なかった事に、して。
大きな鏡の前、ちょっと恥ずかしい感じもするけど、シャワーで。
身体を、流してから。
鏡を見ないように、ちょっと横を向いて、変わった形の椅子に座って、身体を洗って。
再度。
シャワーで、ソープを流して、と。
身体を拭いて、脱衣所に戻ると。
なるほど、これかな?
バスローブが、掛けてある。
水色。
せっかくなので、わたしも、これをパジャマ代わりに、と。
もちろん、下着はつけて、その上から。
部屋に戻ると、米田さんは、ベッドの上に座って、スマホ。
ヘッドホンも着けて、動画でも見てるの、かな?
わたしも、ポーチからスマホを取り出して、ベッドへ。
米田さんと少し距離を置いて、同じように座って。
地元の、野鳥撮影仲間のグループチャットを開いて。
少しやりとりしたあと。
わたしも、動画でも観る、かな。
しばらく、して。
「さ、そろそろ。明日も早いし、ね」
「そうですね、寝ましょうか」
ふたり、そろって、並んで。
って、いうのが、ものすごく違和感あるけど、まぁ。
修学旅行?
みたいな感じだと、思えば。
「おやすみなさい、河崎さん」
「はい、おやすみなさい、米田さん」
って。
すんなり、眠れるわけも、なく……。
「河崎さん、もう、寝た?」
「あ、いえ、まだ……」
米田さんも、同じく?
「ちょっと、いいかな」
「はい?」
答える間も、無く。
ずり、ずり、と、米田さんが、こちらにすり寄って、来られる!?
そして。
「えへへ」
近い近い近い。
間近。
マジか?
「はぁ、なんか、落ち着くー、これで眠れそう」
って。
「ちょ、米田さん!?」
横向きに、片手をわたしのお腹に乗せて。
「なんか、ものすごく久しぶりに……ひと肌が恋しくなっちゃったのかも」
「え?」
「もう、何年も……何十年も、ずっと、ひとりだったからねー」
あー。
「まぁ、そうですね……」
わたしも。
両親と一緒に住んでたけど、子供の頃に子供部屋に移って、ひとりっ子だったし。
他人と一緒に寝るなんて。
それこそ、修学旅行以来、かな?
あぁ、野鳥撮影の仲間との遠征で、たまに、一緒にって、あったけど。
同じ部屋でってのは、滅多になかった、かな。
「ん、これで眠れるー。おやすみ」
ま、いっか。
「はい、おやすみなさい」