第5話:おかーさんといっしょ
「それでは、わたしが先行しますので」
『はーい、りょーかーい。お手柔らかにー』
「はい、では、参ります」
左右確認しつつ、ウィンカーを出して。
クラッチレバーを握って、クラッチペダルを踏み込んで一速に入れる。
再度、左右確認して、クラッチレバーをゆっくりと離しながら、スロットルを、開ける。
ミッションがスムーズにギアからチェーン、そしてカムを通じてタイヤへと連動して、すうっと、動き出す。
コンビニの駐車場から幹線道路へと、左折で出て、バックミラーで後方を確認。
祥子さんの車が、同じように追走してくるのを認めると。
制限速度まで、加速。
「車間、注意してくださいね」
『わかってますよー』
ヘルメットに仕込んだヘッドセットで、祥子さんと会話しつつ、走行。
バイクが先導した方が、さらに前方の視界が見やすくなるから、車の後ろをバイクが走るよりも、安全性が、増す。
後ろが煽り屋ならいざ知らず、知り合いなら、安全安心。
『ほんと、寒くない? 大丈夫?』
真冬の早朝。
そりゃまあ。
「寒いのは寒いですけど、まぁ、慣れたものです」
幸い、お日柄も、よく。
じゃ、なくて。
お天気も、よく。
路面状態も、良好。
今日は。
祥子さんと、はじめての、遠征。
遠出。
確かに、祥子さんの車に同乗させてもらえば、寒さもしのげる。
高速代とか、ガソリン代とか考えたら。
車に同乗させてもらった方が、色々メリットは、ある。
んが、しかし!
やっぱり。
せっかく遠出するなら、自分で、バイクで、走りたいっ。
ってね。
ちょっと、わがまま。
今日は、バイクと車で。
この一度で終わりではなく。
また次回、今度は、車で、って約束で。
「信号、黄色に変わりそうなので、止まりますよ」
『んー、加速すれば行けそうだけど?』
「ダメです。無理は禁物です」
『んんー、河崎さんて、なんかお母さんみたい』
「えー!?」
いや、祥子さんの方が、ずっとお歳のはず。
「お母さん関係ないですよ。安全運転安全運転」
『はーい、おかーさん』
ぎゃーす。
なんだかんだ。
おしゃべりつつ。
南を、目指す。
さすがに、この冬のさ中。
北上するよりは。
南下して、海を、目指す。
午後からスタートして、夕刻には、目的地近辺。
撮影ポイントをいくつか下見をして。
近くで一泊して、翌朝、早くから鳥撮りに出かける予定。
そんな、走行中。
『それはそうと、ねえ、河崎さん』
「はい? どうかしました?」
なんだろう。世間話の合間。
『安全運転なのはわかるんだけど』
「はい」
はて。わたしは交通ルールを可能な限り順守して走っている、だけ。
『安全すぎて、なんか怖いんだけど……』
「えー……」
まぁ、確かに。
見通しの悪い交差点ので減速したり。
歩行者の居る横断歩道で減速したり。
もちろん、横断者が居たら、停止するし。
『今の一時停止も完全に止まってるし、追突しそうになるわよ』
「あー……」
ほとんどの人は。
一時停止の場所でも、徐行程度の減速で、停止までしない人が大多数。
下手をすると、減速無しで交差点に突っ込むヤカラも。
実際。
『誰も見て無いし、ちょっとくらい』
「だめです。それが当たり前になったら……」
そう。
事故を起こす人は、ほとんどが、そういう考え。
『まあ、河崎さんがいろいろと教えてくれるから、へー、って感じで面白いからいいけど』
なんて、実際に走りながら、交通ルールの話とか、バイクと車の違いとか、他にもいろいろ、世間話を、しつつ。
撮影ポイントの下見も終えて、夕刻。
中華レストランで夕食も済ませて。
今日、泊まるホテルへと向かう。
「ホテルって駅前のイメージありましたけど、結構、郊外にあるんですね」
『ええ、ちょっと割安なところだから』
祥子さんが予約してくれたという、ホテルが、見えてきた。
もっとこう、背の高いビルっぽいビジネスホテルを想像してたんだけど?
なんか、三階建てくらいの、背の低い建物で、そして、なんか、カラフル?
『あ、そこ、左の脇道に入って。すぐ右側が入口よ』
左ウインカーを出して、左巻き込みを注意しながら、左折。
すぐさまに、右ウィンカーを出して、ホテルの駐車場の入口に入ろうとして。
「え?」
急ブレーキで、コケそうになったわよ。
『うああ、止まんないで、そのまま入って』
「いや、だって、ここって……」
駐車場は建物の一階部分。
その入り口に、垂れさがった、カーテンのような、って言うか、ある種のカーテンか、これ。
てか、これ。
これって。
ここって。
「ラブホテルじゃないですかーっ!?」
『そうよ』
「いやいや、いやいや、なんで!?」
『駅前のビジネスホテル二部屋取るより、こっちの一部屋の方が安かったのよー』
「ひと部屋!?」
『いいじゃない、女同士なんだし、ね』
いや、まぁ、なんと言いますか。
『別々の部屋に泊まるより、楽しいわよ、きっと』
「あーうー、もう、予約しちゃってるんですよね?」
『うん』
仕方ない……。
祥子さんに宿の予約をまかせてしまったわたしの落ち度でもある。
か?
ラブホテルなんて初めてだけど。
んー、なんか、興味無くも、ない?
かな?