第3話:遠征は車かバイクか
二年前の、初夏。
初めて祥子さんと出会って。
当初はお互いの名前も知らず。
なんだかんだ、行く先々で偶然に再会すること、数回。
特に、最初に出会った湿地帯で会う事が多く。
お互い、名乗り合ったのは秋も深まる頃。
そもそも。
同じ鳥撮りってことで、会話したりはするものの。
互いに名乗ることもなく、その場限りってのが、ほとんど。
それが度重なると、顔見知りになって、それから程よく、仲良くなって。
仲良くなれば、鳥さんやカメラ機材の話だけでなく、プライベートな話も、ちらり、ほらり。
聞けば、祥子さんも、わたしより少し前にこの土地に転勤してきたらしい。
「あぁ、だからこっちの方言とか訛りがないんですね」
「うん、そう。あなたもそうだったのね」
「はい、五月にこっちに転勤で」
「わたしは四月だったから、ほとんど同じくらいだったのね」
偶然、ってあるんだなぁ、と、思いつつも。
だからこそ、野鳥を探してウロウロしているところで、出会った、と。
なるほど。
「せっかくだし、これからも一緒に撮影できればいいわね……そうだわ、連絡先、交換しましょうよ」
「あ、はい、そうですね」
メッセージアプリのアドレスを伝えあって。
「そういえば、お名前は? わたしは米田よ」
「わたしは河崎です。三本川じゃなくて、サンズイの河の方です。よねださんは、こめださん、ですよね」
「うんうん。お米の田んぼよ」
なんて。
名も知らず、数か月。
この時点では苗字だけで、下の名前はまだ、知らず。
転勤前の実家の地元には、同じ鳥撮りの仲間……高校時代の同級生でもある友人が居たから、その人たちとつるんでた。
でも、転勤して引っ越してからは、基本的に、ひとり。
だった、けど。
祥子さん。
彼女だけが、鳥撮りの仲間になりつつあって。
連絡先も交換して、待ち合わせして、一緒に行動する事が、増えて。
自転車で手軽に行ける近隣が主なフィールド。
祥子さんが自転車なので、わたしも自転車で。
バイクに比べるとシンドイけど、三脚の積み下ろしとかは、楽。
バイクだと三脚をしっかり固定しないといけないけど、自転車はカゴに入れるだけで済むからね。
ふたりで、あちら、こちら、鳥さんの居そうな場所を探して、走り回る感じ。
そして、季節は、冬へと突入。
猛禽さんはじめ、冬鳥さんの活動が活発になるシーズン。
祥子さんと最初に出会った湿地帯で、早朝から待機。
ひとりきりだと、考え事したり、ひとり言つぶやいたり。
だけど。
「お正月は実家に帰るの?」
仲間がいると、待機中に会話もできて。
「あ、はい、さすがに帰らないとですね」
「そっかー、お正月は、わたしひとりかー」
あら?
てっきり。
「米田さんは帰らないんですか?」
「うん、帰る家も無いしねぇ」
「え……」
しまった、これは深く突っ込んではいけない話題でしたか。
「早くに両親を亡くしてるからね。兄弟も居ないし、まぁ、気楽なものよ」
気楽、か。
なんて。ちょっと、凹が入ったわたしの表情を見かねてか。
祥子さんは。
「帰りは新幹線?」
そんな風に話題を切り替えてくれて。
「あ、いえ、今回はバイクで帰ろうかなって」
「え!? バイク!? 危険だし、それに、すごく寒いんじゃない?」
うぉっと。えらい驚かれよう……。
そう、お正月、すなわち、真冬ってのもあるか。
「冬でも走り慣れてますし、休み休み、ゆっくり走りますよ」
寒いのは寒いけど、冬用の暖房装備とかも、あるしね。
「うーん、バイクには乗らないからわからないけど、なんか、怖いわねぇ」
「あはは、まぁ、そうですよねぇ」
確かに、車よりも色々、危険なのは確かなんだけど。
集中して、安全運転に徹すれば。
「ほんと、気を付けて、ね」
「はい、それは、はい」
ね。
そんな世間話なんかも、しつつ。
時折、ふらっと現れる猛禽さん……オオタカさん、ハイタカさん、ノスリさん、それに小鳥さんたちを、撮影しつつ。
「帰省とは別に、わたしの車で少し遠出、してみない? 海とか」
え。
「遠征……海、ですか」
「うん。海鳥も撮ってみたいなーって思って」
祥子さんの車で、か……。
「行くのはいいですけど、わたしはバイクで行きますよ?」
遠出するなら、やっぱりバイクで走りたい、よね。
「え? 車も運転できるんでしょ?」
「一応、免許は持ってますけど……」
ほぼ、ペーパードライバーなんですけど、ね。
「なら、わたしと交代で運転すれば、お互い少し楽に行けるわよ?」
「あー、車、ほとんど乗らなくて、慣れてないから怖いんですよね……」
祥子さん、きょとん。
「あら、そうなのね……でも、車とバイクで別々なんて、道中、寂しいじゃない」
「あ。インカムあるんで通話はできますよ」
「インカム?」
さらに、きょとん。
「えっと、ヘルメットに付けたマイクとヘッドフォン、ですね。それでスマホ経由の音声通話ができるんです」
「一緒に車の方がガソリン代とかも節約もできるのになー」
確かに。
実家の地元では、仲間もみんなバイクだったから、そっちの方が普通だったから、感覚がおかしくなってる?
「まぁ、でも」
ん?
「一度だけじゃなくて、最初は車とバイク、次は車で、とかでもいい、かな?」
お。
「あぁ、なるほど……そうですね」
祥子さんの方が、折れてくれたと言うか。
交渉術?
なのか。
さすが年の功、とか言ったらちょっと失礼なので、ここは。
「じゃあ、先ずはどこに行きましょうか?」
しれっと。
遠征の流れに、流れ流され。
ぐっと、ふたりの距離が近付く事に。