他所事
ある朝、一台の車が田舎道を土煙を巻き上げながら走っていた。
運転手の男は窓から腕を出し、吸いかけのタバコを外に投げ捨てる。そして、イライラした様子で新しい一本を口にくわえ、火を点けた。煙を大きく吐き出すと、彼はまた窓の外に腕を出し、指先でドアを叩く。
静かだ。町は遥か後ろで今なお背を縮め、周囲には野原。頭上には青空が広がっている。平穏な朝だが、まるで作り物のように感じ、落ち着かない。
彼はふと思いついてラジオのスイッチを入れた。オーディオから軽快な音楽が流れ始めると、少しだけ気分が和らいだ。
だが、その安らぎは長くは続かなかった。
『速報です。昨夜、刑務所から受刑者が脱走していたことがわかりました。警察は検問所を設置し、逃走中の受刑者の逮捕に全力を尽くすとのことです』
音楽が突然途切れ、ニュースキャスターの緊迫した声が響く。彼は舌打ちしながらバックミラーを覗き、シートから尻を少し浮かせ、前方も確認して警察の気配を探った。だが、前も後ろも荒れた道が続いているだけだった。ラジオは再び音楽を流し始め、彼はふーっと息を吐く。
『最新の情報です。都市部で爆破事件が発生しました。犯人は現在も逃走中で、爆弾を所持している可能性があります』
またもや音楽が中断された。ニュースキャスターの声はさらに慌ただしい。
それを聞いた彼は、にやりと笑った。
――騒げ、騒げ。こんな田舎道を走っている俺には無関係だ。もっと世間が混乱してくれたほうが都合がいい。
番組はまた音楽に戻った……かと思えば、再び切り替わってニュースが流れる。それがその後も何度も繰り返された。
『たった今、大規模な地震が発生しました。震源地は不明ですが、多くの建物が倒壊し、多数の死傷者が出ている模様です』
『新型ウイルスが国内で確認され、感染者が急増中です。幻覚や暴力行為を伴う症状が報告されており、医療機関が混乱しています』
『先ほど発生した大地震の影響で、原子力発電所から大量の放射能が漏れ出しました。政府は緊急避難指示を出していますが、対応が追いつかず危険な状況です』
『巨大な隕石が地球に接近中です。衝突予測地点はこの国です!』
『宇宙人が攻めてきました!』
ニュースが流れるたびに、彼は怯えた表情で周囲を見回した。しかし、最後のニュースが流れると、小さく笑った。
――なんだ。これはきっと……
『緊急速報です……実は、これまでお伝えした内容はすべてフェイクニュースでした。実際には何も起こっていません。国民の皆様、安心して一日をお過ごしください』
予想が当たり、彼は大笑いした。
『朝早くから失礼しました。この特別ラジオドラマ、いかがでしたか? それでは、今日もこの国と偉大なる総帥のために働きま――』
ブツッ。突然、ラジオが途切れると同時に車体が大きく揺れた。彼はハンドルを握り直し、車を停めて外に出て後ろを振り返った。
「……ああ、これは大変なことになってるな」
彼は天高く伸びるキノコ雲を見上げ、そう呟いた。そして、車に戻りエンジンをかけると、再び国境に向けて走り出した。
ラジオからはもう何も流れてこない。だが、車内には国家元首の重責から解放された彼の軽快な鼻歌が響いていた。