K
週末の大通りを黒猫が歩く。御自慢の鍵尻尾を水平に、威風堂々とー。
孤独。黒猫は別に、それを寂しいことだとは思っていない。いや、初めこそは寂しかったのかもしれないが、時間が経つにつれ忘れてしまった。人を思いやることなんて煩わしいと思い、寧ろ孤独を望んでいるくらいだ。
闇のように黒いその体を見て、人々は黒猫を悪魔か何かとでも思っているのだろうか。石を投げられる黒猫の体には、傷が絶えない。
そんな黒猫のもとに、1人の男が近づいてくる。
「今晩は。」
そういうとその若い絵描きは黒猫を抱き上げた。
「素敵なおチビさん。僕らよく似てる。」
黒猫は逃げた。引っ掻いた。もがいた。孤独という逃げ道に走ろうとした。生まれて初めて触れた人の優しさを、黒猫は信じることができなかった。それでも変わり者は付いてきた。どれだけ逃げようと、どれだけ足掻こうと、決して黒猫を離しはしなかった。
冬。黒猫は絵描きとの2度目の冬を迎えた。
「マイフレンド。お前の名前はホーリーナイトだ。"黒き幸"。ホーリーナイト。」
絵描きのスケッチブックは闇のようであった。
黒猫は初めての友達にくっついて甘えていた。孤独という逃げ道を塞いでくれた友達に。
ーバタンッ!
絵描きは倒れた。貧しい生活に耐えることができなかった。最後の手紙を書くと彼はこう言った。
「走って。走って。こいつを届けてくれ。夢を見て飛び出した僕の帰りを待つ恋人へ。」
冷たくなった名付け親を前に、黒猫は胸が締め付けられた。しかし黒猫には、その感情が何かわからなかった。
「俺みたいな不吉な黒猫の絵が売れるわけがない。それでもアンタは俺だけ書いた。だからアンタは冷たくなったんだろ?手紙は、確かに、受け取った。」
雪の降る山道を黒猫が走る。今は故き親友との約束を、その口に咥えて。
ー見ろよ、悪魔の使者だ!
石を投げる子供。
「なんとでも呼ぶがいいさ俺には、消えない名前があるから!!」
親友は彼を聖なる夜と呼んだ。優しさも温もりも全部詰め込んでそう呼んだ。忌み嫌われた黒猫は、温かさに触れて人を愛することを知った。そんな親友を亡くした黒猫の胸に浮かんだのは、悲しさでも寂しさでもなく、固い決意だった。
「俺にも意味があるとするならば、この日のタメに生まれてきたんだろう?どこまでも走るよ!」
彼は辿り着いた。親友の故郷に。恋人の家まであと数キロだ。
走った。走った。既に満身創痍だ。立ち上がる間も無く、罵声と暴力が彼を襲う。
「負けるか。俺はホーリーナイト。」
千切れそうな手足を引きずり、彼はなお走った。
「見つけた!この家だ!」
ー手紙を読んだ恋人はもう動かない猫の名にアルファベット1つ加えて庭に埋めてやった。聖なる騎士を埋めてやった。