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第六話:遥かな夢

 業火に焼かれる【アルブヘイム】に、俺はいた。

 倒れた複数の人影に、腕の中には妖精の少女。


 白い肌に付着した紅の血が、目に飛び込んでくる。

 くすんだ栗色の髪、閉じかけていた碧眼を安心したように歪めて、少女が俺の頬に手を添える。


 そして、ゆっくりと口を動かした。

 しかしその声は聞こえない。

 それを知りたくて、俺は必死に少女を揺らす。


 願いは、叶わなかった。

 頬にあった少女の手が、滑るようにして離れていく。

 

 鮮烈な紅。

 辺りを覆う血の雨の中で、少女は息を引き取った。


 俺は怒り、狂い、叫ぶ。

 そして、視界が白く染まった。



「ん……」


 目を開ける。

 豪勢な装飾が施された、白い天井が見える。

 

 どうやらテーブルの椅子で横になっていたらしい。

 ひんやりとした大理石のような長椅子に手をついて体を起こすと、正面でワイングラスを傾けていた【女帝】ルシアーノが、紅の瞳を俺に向けた。


「…プルソン、大丈夫? ずいぶんうなされていたようだけど、何か悪い夢でも見たのかしら?」

「…どうだったかな」


 酷い夢だった、というのは覚えている。

 しかし、その内容はすでに忘れてしまっていた。


 ただ、胸の奥が燃えるように熱く、そして痛い。

 頭の中には靄が掛かっているような不快感があった。


 目を瞑り、頭を左右に振って痛みを追い出してから、辺りを見回す。


「ここは?」

「【円卓】のホールよ」


 どうやら無事に【円卓】に戻ってこれたらしい。

 見れば様々な帝王が、テーブルなどに並べられた料理などを楽しんでいる。


「ノルンと【五帝同盟】との戦争はどうなった?」

「今丁度執り行われているわ。戦況としては【運帝】ノルン様の圧勝ね。私達のように中継されているわけじゃないから、詳しくは分からないのだけれど、五帝の内すでに四人が拠点を滅ぼされて戦闘不能になったわ。残すは【騎帝】ただ一人よ」


 【騎帝】、五帝同盟の中心人物。

 やはり彼が最後まで残ったか。


「そうか。ノルンは本当に強いんだな」

「当然だわ。だってノルン様は【二十大帝】のお一人だもの。たとえ私が【五帝同盟】に力を貸していたとしても、勝ち目はないわ」


 ルシアは迷いなくそう言い切る。


「ルシアが同盟を蹴った理由はそれか」

「それもあるわ。でも一番の理由は、彼らは同盟を組むに値する相手じゃなかったからよ」

「そうか」

「ええ」


 会話がひと段落して、しばらく俺達の間に沈黙が降りる。

 何をいえば良いのか少し考えていると、ルシアが言った。


「そういえばプルソン。あなたまだ【領地】を持っていないらしいわね?」

「ん? ああ、まだな。だから今はノルンの【領地】に居候させてもらってる」


 唐突な話題の転換に戸惑いながらそう言うと、ルシアは少しだけ安堵したような表情を浮かべ、そして俺から目を逸らして続けた。


「そ、それなら今度、私の【領地】を見に来ない? 視察として色々案内してあげるわ」


 ありがたい話だった。

 新人でありながら中堅帝王にも負けない戦力を持っているルシアが、どのような【領地】を運営しているのか興味がある。それを自分の【領地】運営に繋げることができれば、格段に良い【領地】を作ることができるだろう。


 ただ、一つだけ問題がある。

 

 それは、俺がこの世界の地理に詳しくないことだ。


 他の帝王がどこに【領地】を持っているのか知らない上に、この世界には普通に暮らしている人もいる。俺がむやみやたらに他の帝王の【領地】や、他国の領土に踏み入れば、それが引き金になって【戦争】が勃発する可能性があるのだ。


 頭の中にそれらのリスクが浮かんでくる。

 そして俺は、今回はルシアの誘いを断ることを決めた。


「ぜひ見に行きたい所だが、今回は遠慮しとくよ。他勢力の【領地】の場所、それと帝王以外が納めている国や街の情報が分かるまでは移動しにくいんだ」


 彼女の【領地】へ赴くのは、この世界についてさらに詳しくなってからのほうが良いだろう。


「そ、そうよね。ごめんなさい、忘れてちょうだい」


 ルシアが明らかにショックを受けた表情になった。

 

 彼女は同盟者として、できる限りの知識を俺に与えようとしてくれたのだろう。それを無下に断ってしまった罪悪感と、知識を蓄えておかなかったことに対する不甲斐なさが俺を満たす。

 

 またしても、俺達の間に沈黙が降りる。

 ルシアはワイングラスをぎゅっと握りしめて黙り込み、俺は何を言うべきか分からずあたふたしてしまう。


 そうこうしていると、大きな溜息がその空気を吹き飛ばした。


「全く、その答えは男として恥ずかしい限りだよ、キミ」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには真っ白い人がいた。

 白い髪、白いスーツ、モノクル。その特徴的な人物に、俺は声を上げる。


「オリアスさん? どうしてこんな所に?」

「戦争終わりのキミたちを労おうと思ったんだけど……」


 オリアスはそう言って、俺とルシアをチラリと見やる。

 そして再び大きな溜息をついて、俺を指さした。


「プルソン、一つ教えてあげよう。同盟を結んだ相手の【領地】には、【帝王録】が持つ機能で転移可能だ。だからキミは、他の勢力とは一切干渉せずに彼女の領地に行くことができる。…それにしても、女の子にそんな顔をさせておいて気が付かないなんて、キミは朴念仁ぼくねんじんなのかい?」

「ぼくねんじん? どういう意味だ?」

「それは後で調べたまえ」


 三度溜息。

 それからオリアスは「キミも苦労するな」とルシアに笑いかけた。

 俺が一人首を傾げていると、背後からジャラジャラと金属音が聞こえる。


「起きたか【芸帝】よ」


 振り返ると、腕を組んだ【竜帝】がそこにた。

 俺は椅子から立ち上がり、片膝を付く。


「アガレス様。この度は私の力不足でお手数をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」

「よい、ルシアーノを助けてくれた礼じゃ。それよりもノルンの戦争が片付くまで、少し話をせぬか?」


 その真剣な顔から、内容は想像がつく。


「…ティプラーについて、ですね」


 俺がそう言うと、【竜帝】は低く唸りながら頷いた。


「うむ。あれは脅威だ。もし水面下で巨大な力が動こうとしているのなら、その動きを捉える必要がある。これは先ほど行われた【二十大帝】会議の総意だ」

「【二十大帝】が既に会議を!?」

「ああ、事態が事態ゆえに、秘密裏に執り行われた」


 ルシア同様に、俺も驚く。

 帝王の頂点に立つ【二十大帝】が、この事態を看過できないという判断を下した。それほどまでに、先ほどのティプラーの乱入が重大な事件だったということだろう。


 緊張が走る。

 しかし【竜帝】はその空気に苦笑して、ゆっくりと息を吐いた。


「まあ、三人とも座れ。詳しくは酒でも飲みながら話そう」

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