第三話:嵐の後で
目を開くと、青い空が見えた。
背中にはしっかりとした大地の感触、後頭部には柔らかさと温かさを感じる。
どうやら、帰ってこれたらしい。
俺は今回も危険な賭けに勝ったということだろう。
安堵して小さく息を吐くと、頭上から声が降ってくる。
「お父様。お疲れさまなの」
閉じかけていた目を開くと、ルリの幼くも可愛らしい顔があった。
俺を頭上から覗き込んでいるのは、彼女が俺を膝枕してくれているからだ。
それに安堵すると、限界を超えてからだを動かした疲労感がどっと押し寄せてくる。あと数時間はこのままこうしていたいが、そういうわけにもいかない。
目が覚めたのなら、俺にはやるべきことがある。
気合いを入れて体を起こす。
「ありがとう、ルリ」
「どういたしましてなの!」
ルリに礼を言って、地面に座りながら辺りを見渡す。
するとシスとアルスが、こちらに向かって歩いてきた。
安堵した表情を浮かべている二人に、俺はさっそく問う。
「…二人とも、警戒してくれてありがとう。早速で悪いんだが、あれからティプラーは?」
「来なかったっすね。一応シスに上位探知を使ってもらってたんすけど…」
「反応はありませんでした。この空間から完全に立ち去ったと見ていいでしょう。それにしても……」
シスが、俺の背後を見やって口を閉ざす。
アルスも、ルリも、そちらを同じく見やって眉を潜めていた。
三人から感じ取れるのは、悔しさの感情。
俺は静かに背後を振り返って、その光景に呟く。
「……ティプラーか。全く、凄まじい相手だったな」
目の前に広がっているのは、巨大な暗黒の空洞。
向こう一キロメートルほどに渡って続く、巨大な大地の亀裂だった
「……ご主人、一つ聞きたいっす」
この惨状を生み出した存在、ティプラーに思いを馳せていると、アルスが躊躇いがちに口を開いた。
「なんだ」
「ご主人はティプラーを知らなかった。でも『何か』は知っていたんじゃないっすか?」
アルスの真剣な眼差しが、俺を捉える。
存外鋭い指摘をするアルスに驚きながらも、俺は正直に頷いた。
「ああ。その通りだ。俺は間違いなくティプラーとは初対面で、何一つ知らない。だがたった一つ、彼女の武器には見覚えがあったんだ」
独特の形状、ホルスターに収まっていたあの武器。
それは俺が持つ知識の中でも、ぶっちぎりの火力を持つ科学兵器だった。
「その話、実に興味深いな」
その武器について考え込んでいると、背後から凄まじい威圧感が放たれた。
俺は即座に振り返り、その人物に頭を垂れる。
「【竜帝】アガレス様」
俺がそう言うと、【竜帝】は俺の肩に手を置いて口を開いた。
「【芸帝】プルソンよ。まずは此度の騒動について詫びさせてもらおう。今回の事態を招いたのはわしの甘さじゃ。あのような危険な存在を、空間に入られる前に察知できなかった。すまなかったな」
そういきなり謝罪をされて、少し面食らう。
現最強と呼び声高い帝王が、俺如き新米に謝罪をしたのだ。
俺は驚きつつも不自然の無い範囲に沈黙を留め、即座に返答する。
「いえ、そんなことはありません。アガレス様が見届け人になってくださったからこそ、俺たちは全力で戦うことができました。今回の素晴らしい経験を与えてくださったのは貴方です。感謝しています」
彼が与えてくれた機会は、俺たちを大きく成長させてくれた。
今後に向けた課題も見えて来たし、こんな経験はそうできないだろう。
本心からそう言うと、【竜帝】は安堵した様に息を吐く。
そして俺の肩から手を離した。
「そうか、それは良かった。わしからはまた後で話をさせてもらおう。それよりも、ほれ」
そして、背後にいた少女の背中を押す。
「…あ、アガレス様」
「そう緊張するな。いつも通りいけばよい」
「そうは言われましても……」
たどたどしい動きで俺の前に立ったのは、金髪紅瞳のヴァンパイアだった。
俺から視線を逸らして髪を弄り、頬を赤らめている。その背中では、大きな黒色の羽がぱたぱたと動いていた。
体のラインがさらに際立ち、妖艶さが増した気がするが、彼女は【女帝】ルシアーノで間違いない。おそらくは俺の血を吸血したことで、体がより成長した姿に変化したのだろう。まだ幼さの残る美少女から、美女への階段を一歩登った感じだろう。
俺はゆっくりと立ち上がる。
そして、背丈は変わらず、俺よりも頭一つ分小さい【女帝】に声を掛けた。
「【女帝】ルシア―ノ。助けられたみたいだな、ありがとう」
俺は彼女の力に救われた。
最後の最後で自分の力を使って助けられなかったのは情けないが、まずは感謝を示す必要がある。
少し気恥ずかしそうに視線を逸らしていた【女帝】は、俺の言葉に驚いたようだった。わずかに目を見開いて俺を見やり、苦笑する。
「いいえ、今回助けられたのは私のほうよ。ありがとね、プルソン」
それからゆっくりとその笑みを柔らかいものに変え、もじもじとしながら、少し早口で続けた。
「それと、これから私のことはルシアと呼んで欲しいの」
今度は俺が驚く番だった。
「…良いのか? 他の帝王に舐められるんじゃないか?」
彼女は【新人最強】の呼び声高い帝王だ。
俺の様な新米に名前で呼ぶことを許していては、彼女の格が落ちかねない。
そう思っての発言に、女帝は常の勝気な笑みで答えた。
「それならこっちの力をもう一度分からせてやれば良いまでよ。それに私は貴方を認めた。だからプルソンには、そう呼んで欲しいのよ。もちろん無理にとは言わないけどね」
吸い込まれそうなほど赤い瞳が、まっすぐに俺を見つめる。
その中に内包されているのは、期待か不安か。【女帝】の体が少し震えていた。
どうやら、彼女は勇気を出してそう言ってくれたようだ。
これに答えなくては、男が廃るというものだろう。
俺は小さく微笑んで手を差し出す。
「そうか。それなら言葉に甘えさせてもらう。俺のことは今まで通りプルソンで構わない」
「ええ」
ほっとした表情で、胸に片手を当てた【女帝】ルシアーノ、改めルシア。
その光景に満足げに頷いた【竜帝】が、一つ咳ばらいをして告げる。
「さて、それでは戦争を終了させるとしようか」
これから、最後の大仕事が始まる。




