第一話:信頼の証
ティプラーの狙いは俺ではなく、【女帝】だった。
自分が対象でないと判断したことで油断した。
「…ちっ!!」
そのことに思い至らなかった自分に舌打ちをしながら、突如空中に放り出され、何もできずにいる彼女に手を伸ばす。しかし、俺が【女帝】の手を取る前に、彼女は穴の中におちていった。
「ルシアーノ!!」
思わず名前を呼び捨てにしてしまったが、今はそんなことどうでも良い。
俺の手をすり抜けて落ちていく【女帝】に目を向けて、アルスが焦った顔で叫ぶ。
「ご主人! 一体どうすれば!!」
必死に頭を回す。
ここに飛行能力を持った者はいない。【女帝】を助けようにも、もはや俺は役に立たず、アルス達を危険に晒す訳にはいかない。
「…飛行能力者を連れてくるの!!」
ルリがそう言って走り出そうとするが、シスがそれを止める。
「ルリ! 今うかつに動くのは危険です! これは揺動で、ティプラーがまだ近くにいる可能性があります!」
その通りだ。
それに今から助けを呼びに行ったのでは、【女帝】を助けることはできない。
ふと頭の中に、この世界に来て最初の頃の知識が思い浮かぶ。
この世界について知る為に、俺は種族に関する本も読み漁った。
そこで得た知識が正解なら、【女帝】を救うことができるかもしれない。
(だが、どうする?)
その知識が正しいという保証はない。
そして俺の読みが外れた場合、俺は【女帝】と共に限りなく死に近づくだろう。
もし俺が死ねば、この子達の頑張り全てを無駄にしてしまう。ようやく綱渡りを乗り越えて戦争に勝てたというのに、そんな危険な行動に出て良いのだろうか。
刹那の思考。
しかしそれは巨大な迷いとなって俺の体を硬直させた。
(【女帝】を助けるなら、今動くべきだ。これ以上時間をかければ彼女を視認できなくなる。そうなれば助けるも何もない……俺は一体、どうすれば)
考え込む俺の背中を、三人の手がバシッと叩いた。
一気に現実に引き戻される。
はっとして背後を振り向くと、アルスが微笑みながら頷いた。
「ご主人。迷うなら助けるべきっす」
「だが、俺のわがままにみんなを巻き込む訳には…」
俺に皆まで言わせず、アルスの隣にルリが並ぶ。
「お父様だけのわがままじゃないの。私もシリルたちと約束したの。ルシアーノ様は殺させないって」
やれやれといった笑みを浮かべてシスも前に出る。
「そうですね。それに折角の勝利を穢されても困りますし」
この子たちの考えは分かる。
だが、俺には仲間の命を守る帝王としての責任がある。
「…正直危険な賭けだぞ」
「そんなことは百も承知なの。私はお父様の子どもだから、お父様が考えていること、何となく想像がつくの」
「ですね」
「反対しないのか?」
意外にもあっさりと許可が出て、俺は逆にとまどってしまう。
すると二人の前に出たアルスが、俺を見上げてぐっと親指を立てた。
「…ご主人は、自分達がどれだけ言っても止まらないっすからね。それに、【女帝】ルシアーノを助けられるのはこの場にいる誰でもない。ご主人だけっすから」
その瞬間、俺は決意した。
この子達の期待に応える。それが俺の成すべきことだ。
俺は即座に【芸具模倣】を発動して、頑丈で長い縄を作り出す。
そしてそれを己の体に巻き付けながら、何重にも巻かれた縄をアルスに預けた。
「ありがとうみんな。それと、これを頼む」
「これは?」
「万が一の保険だ。俺達がいつまで経っても落下しているようなら、三人でそれを全力で引っ張ってくれ」
最悪の場合でも、ワンチャンス残ればそれでいい。
アルスもそれを理解してくれたようで、しっかりと頷きを返してくれた。
「了解っす」
「それじゃあ、行ってくる」
俺がそう笑うと、三人は一切の躊躇なく、全力で俺の背中を押した。
その凄まじい力を受けて、俺は超高速で【女帝】が落ちた穴へと飛び込んだ。




