プロローグ:ファーストコンタクト
ついに、はじめての【戦争】が終わる。
【女帝】が降伏を宣言したことによって、俺がルール上の勝利条件の一つを満たした。
『今回の【戦争】。勝利したのは【芸帝】プルソン!』
【竜帝】の厳かな声が辺りに響く。
それがどこか穏やかな感情を内包しているように聞こえたのは、俺の気のせいだろうか。
そんな事をぼんやり考えていると、大切な話が聞こえてきた。
『さて、ルールに従い【芸帝】には勝利者特権が与えられる。詳しい説明は後にするとして、まずは戦場の処理をしなくてはな。いつまでもお主たちをそこに閉じ込めておく訳にもいくまいて』
確かにそうだ。
今まで【戦争】に意識を集中させていたので思い至らなかったが、俺達は現在この空間から出ることができない。より具体的に言えば、地形を変える様な破壊を行うことはできても、この空間そのものを破壊することはできないのだ。
つまり【竜帝】がその気なら、俺達をこの空間に閉じ込めておくことすら可能だ、ということになる。【戦争】が帝王達に中継されていたことを考えればその可能性は極めて低いが、そう考えると少し不安だ。
すると、俺の考えを読んだ様に【竜帝】が笑った。
『【芸帝】よ、そう心配するな。ワシとて異空間を生成する術など永遠には維持できん』
はっはっは、と快活に笑う【竜帝】。
やはり彼に隠し事は通用しないようだが、それなら安心だ。
『もしワシがその気であってもせいぜい数百年が限界じゃよ』
…いや、数百年は可能なんかい。
俺は心の中でそう突っ込んだが、どうやら【竜帝】にそんなつもりは微塵もないということも分かった。
俺が安堵に肩を竦めると、【竜帝】がこの場を締めにかかった。
ごほん、と一つ咳ばらいをすると、再び厳かな声を出す。
『さて、二人とも、良い戦いだった。これにて【芸帝】と【女帝】の戦いの全てを終了と……す………』
しかし、その声が途中でノイズがかかったように断ち切られる。
ザザっという雑音と共に聞こえなくなった【竜帝】の声に、俺は眉を顰めた。
「…なんだ?」
「どうしたのかしら?」
【竜帝】の質の悪い冗談かとも思ったが、【女帝】も状況を測りかねているようだ。【竜帝】の弟子である彼女が感じ取れないとなると、この現象に【竜帝】の意志が働いている可能性は低い。
となると、これはもしや…。
(何者かの干渉があったのか?)
俺は即座にその可能性に行きつく。現状を鑑みればそれが最も妥当な線だ。
しかし全ての帝王の頂点に立つ【二十大帝】にして、世界最強と呼ばれる【竜帝】の術式に割り込めるような存在がいるとは思えない。そんなことができるのは、それこそ彼と同格以上の存在だろう。
「ご主人。これは……」
「お父様。なんだか怖いの」
「嫌な空気ですね」
シンと静まり返った森の中に取り残され、俺の仲間達が不安そうに腕を掴んでくる。
その体温を感じ、極力焦りを表情に出さないように努めながら、俺は最悪のケースを想定した。
(他の【二十大帝】が干渉してきたか?)
それが考え得る中で最悪のケースだ。
【女帝】との戦いで死力を尽くした俺達に、もはやそれに抗える力はない。というより万全の状態であったとしても勝ち筋はまるで見えてこないだろう。
ただ、もし仮に【二十大帝】でなかったとしても、【竜帝】の術に干渉できる時点で途方もない力が働いていることは確実だ。それに対抗できるかと言われれば、やはり厳しいと言わざるを得ない。
どちらにしても、このトラブルが誰かの意図によって引き起こされたものなら面倒な状況だ。
「…厄介だな」
眉間にぐっと力を入れて、俺は警戒心を強める。
俺の気配を感じ取ったのか、アルスにはじまり、ルリやシス、さらには【女帝】までもが周囲警戒の構えを取った。
それを待っていたように、ふわりと風が吹いた。
「いやあ、話には聞いてたけど、まさか本当に勝つなんて思わなかったよ」
この場に似つかわしくない、どこか抜けた様な笑い。
それと共に聞こえて来たのは、なぜか懐かしく感じる女の子の声だった。
「誰!?」
「誰っすか!?」
「誰なの!?」
俺の近くで周囲警戒をしていた三人が、背後に広がっていた森に向きなおる。
やがて、彼女は現れた。
「う~ん。ボクのことはティプラーとでも呼んでよ」
まず目に飛び込んできたのは、爛々と輝く翡翠の瞳。
腰のあたりまで真っ直ぐに伸びた黒色の髪は風に靡き、ふっくらとした唇は仄かな桜色に染まっている。
体は深緑のマントに包まれているが、背丈はアルスたちと同じ程度。
その顔に浮かべている微笑みには、他者を威圧するような凄味は無い。それどころか、その笑みは俺の知っている誰かのものに似ているような気がした。
しかし、突如現れたその少女、ティプラーに俺はいよいよ苦笑する。
手に汗が滲み、足が笑い、背中や脇を変な汗が流れていく。
「…まじかよ」
乾いた笑みが漏れる。
俺は帝王だ。
相対すれば、相手がどれだけの存在なのか、それを直感的に感じ取ることができる。
そしてその直感を全面的に信頼するならば、彼女は間違いなく【二十大帝】に匹敵する存在だ。
ゆっくりとこちらに近づいてくるティプラーは、相変わらず笑みを崩さない。
俺は彼女から目を逸らさずに、声を潜めて【女帝】に声を掛けた。
「…緊急事態だ。ひとまず今は協力しよう」
「…ええ、そうね」
【女帝】も冷や汗を滲ませて頷く。
彼女にもまた、少女が内包している恐ろしいまでの力が理解できたのだろう。俺の感覚で言えば、彼女は単身で俺と【女帝】を滅ぼせるだけの力を内包している。一言でいえば化け物だ。
そんな化け物にどうやって抵抗するのか。
その答えは、もう既に出ている。
俺は少しだけ急き込むように口を開く。
「まず、彼女の情報が欲しい。ティプラーという帝王に心当たりは?」
「いいえ、初めて聞く名前よ」
「彼女が偽名を使っている可能性は?」
【女帝】の紅瞳がより一層の真剣味を帯びる。
「ない、とは言い切れないわね。だけど私は何度も【円卓】に参加して【二十大帝】やそれに匹敵する存在を見て来たわ。だけどあの子は見たことがない。少なくとも私達が知っている帝王じゃないわ」
彼女の言葉に、俺は小さく微笑む。
それだけ分かれば、今の所は十分だ。
「そうか、ありがとう」
そう言うと、彼女が眉を潜めて問うてくる。
「どうするの?」
「そうだな。少しだけ、話してみるかな」
最初に黙って殺さなかったということは、少なくとも相手に殺意はない。
俺はその漠然とした考察に賭けて、ゆっくりと深呼吸をした。そして少女をまっすぐに見据えて声を張る。
「…それで、ティプラー殿は俺達に何の用だ? わざわざ【竜帝】アガレス様に喧嘩を売る様な真似までして、なぜこの場で接触を?」
少女ティプラーは、俺の声にニカっと笑った。
「…やっぱりあなたは凄いね。ボクを見ても恐れないんだから」
それは少し違う。
自らを簡単に殺せる存在を前にして、怖くないはずがない。俺だって生きているのだから、死ぬのは怖い。
だが俺は帝王だ。
死ぬのは怖いが、それ以上に仲間達の前で情けない姿は見せられない。それが帝王としての、父親としてのプライドなのだから。
そんな俺の意志を感じたのか、ティプラーはゆっくりと頷く。
そして「やっぱり、言われた通りだよ」と小さく呟いてから、軽く腕を広げた。
「質問に答えないとね。今はちょっとしたお仕事の最中なんだ」
「仕事?」
「うん。ボクだけができる、とっても大事な仕事だよ。けどその前に……」
ふわり、と少女が飛ぶようにして消える。
そして次の瞬間には、俺の目の前にいた。
一秒たりとも怠っていなかった警戒網を、易々と突破されてしまったアルス達が驚きに声を上げる。
「な!?」
「そんな!!」
接近してきた以上、狙いは一つしかない。
それは、俺の命だろう。
絶対絶命のピンチ。
もはや俺の命はない。
誰もが、俺ですらそう思ったが、少女は予想外の行動に出た。
彼女はゆっくりと俺の背中に手をまわして、胸に顔を埋める。
そして深呼吸しながら呟いた。
「…久しぶりだね。父さん」
ティプラーの口から放たれた言葉に、今度は違う意味での衝撃が走った。
「な!」
「な!?」
あわあわと目を白黒させているアルスたちが、再び叫ぶ。
「「「「「なんだってぇえええ!?」」」」
バタバタと足音。
「ち、ちょっとご主人! これはどういうことっすか!?」
「私達に内緒で新しい子を召喚してたの!?」
「戦争に勝つためにそうしたのですか? 詳しく説明願います!」
やいやいと俺に迫ってくる娘たちに、俺は慌てて首を横に振った。
「ま、待ってくれみんな。そうじゃないんだ」
それからティプラーに目を向けて、冷や汗を流しながら続ける。
「…えっと、俺と君は初めましてのはずだよな?」
一応質問してみたが、やはり彼女に心当たりは無い。
ましてや「父さん」と呼ばれるに至った心当たりもまるでない。
だが、それを確信すると同時に、一つ疑問が浮かんだ。
それは俺の魂がこの少女を否定していないことだ。
対応不可能な速さだったこともあるが、自然と懐に入れてしまうほどに、俺は彼女に気を許してしまっている。
もしや、誰かが俺のEPを盗んだのか?
だとすれば、そのEPを使って生み出した配下が俺の子であるという話にも、一応は筋が通る。しかしそれはあまりに無茶苦茶な話であり、EPを盗まれて俺が気が付かないはずがない。
様々な思考が頭の中を巡っていくが、それはティプラー自身の言葉でかき消された。
「うん、そうだよ。ボクとあなたは初対面だ。ごめんね、困惑させちゃって」
「いや、それは構わないが……」
一体どういう意味なんだ。
そう問う前に、彼女は俺から離れた。そしてふうっと息を吐いてから「ん~!!」と伸びをした。マントに隠れていた、白い健康的な四肢が露になる。
そして、それと同時に彼女の懐に収納されていた”武器”が、俺の瞼に焼き付けられた。
一瞬だけチラリと見えた得物に、俺は目を見開く。
それは俺の知っている武器だった。
その特徴的な形、それを収納するホルスター。
知っている者なら、誰もが一度は再現可能か考える、絶対的な力を持った武器。
その完成品をまざまざと見せつけられて、俺は焦燥に駆られた。
(…一体どういうことだ? それに特化した知識を持つ帝王が存在するのか?)
だが、そんな帝王がいるのなら絶対的な実力者に名乗りをあげて然るべきだ。
しかし、【円卓】に参加して帝王の情報を集めたが、そんな気配は無かった。
ますます状況は困惑を決めている。
俺が動けずに固まっていると、ゆっくりと息を吐いたティプラーが動き出した。
「…さて、これでボクも充電できたし、仕事にとりかかろうかな」
その翡翠の瞳が、俺から隣に並んでいた【女帝】に向けられる。
「あなたが【女帝】ルシアーノ?」
「ええ。その通りよ」
冷や汗をかきつつも、帝王の威厳を保ったまま【女帝】が頷く。
「ふ~ん。そっか……」
「あの、何か用かしら?」
「ううん。それじゃあ【芸帝】さん。これから、ボクに託された伝言を伝えるね」
再び、そう何でもないように振り向いたティプラー。
しかし彼女の口から放たれたのは、衝撃的な言葉だった。
「『ここで【女帝】を見捨てて、その戦力を吸収しろ。それがお前の大切な者たちを守るための最適解だ』」
絶対的な強者、その言葉にはそれ相応の重みが宿る。
彼女の言葉は、おそらく真実を語っているのだろう。
「…なんだと?」
だからこそ、俺は困惑する。
一体どういうことだ。なぜ今【女帝】を見捨てろと言う。
分からない。
「それじゃあボクはもう行くね」
そう言うと、ティプラーがふわりと消える。
そして次の瞬間、俺達を境にして、【女帝】の下に広がっていた地面が、音もなく消滅した。
「え…?」
黒く、深い巨大な穴に吸い込まれていく【女帝】の瞳が、驚愕に歪んだ。




