エピローグ:勝者
「…驚いたわね。まさかファブニールを打倒すなんて…」
アルスの剣を受け止めながら、【女帝】は疲れた様な笑みを浮かべる。
そして一度強く剣を払い、アルスから距離を取った。
アルスがじっと【女帝】を睨みつけ、俺を背中に庇うようにして移動する。
すると、丁度そのタイミングで遠くから二人の少女が走ってきた。
「パパ! 大丈夫ですか!?」
「すごい怪我なの! シスたん! すぐに治療してあげて!!」
「もちろんです!」
俺の両脇で、白と黒の天使が何やら騒いでいる。
と思った瞬間、俺の視界が急速に回復した。
視界だけではない。
体中を走っていた痛みが、右腕に深く刻み込まれていた剣跡が、みるみるうちに無くなっていく。相変わらず体中を倦怠感が支配しているが、もう痛みを感じることはない。
俺の目を真っ直ぐに覗き込んで、シスとルリが目尻に涙を浮かべて微笑んだ。
「お父様。無事で良かったの」
「遅くなってごめんなさい」
俺は無意識の内に二人の頭に手を伸ばして、ゆっくりと撫でながら苦笑する。
「…いや、いいんだ。俺が弱いせいで苦労をかけたな」
俺が【女帝】を倒せていれば、それで済んだ話だ。
俺が弱かったせいで、みんなには無茶をさせてしまった。
なんて、情けない。
もし一人だったら、この子達がこの場に居なかったら、俺は悔しさのあまり発狂していただろう。
不甲斐なさと仲間達への感謝、そして死から救われた安堵など様々な感情が胸の内に浮かぶ。俺は深呼吸と共にそれらを一旦押し殺して、立ち上がった。
アルスの元までゆっくりと歩き、その方に手を乗せながら、正面で強気な笑みを浮かべている【女帝】に向き直った。
「さて、【女帝】ルシアーノ」
「…何かしら?」
剣を掲げ、未だ抵抗の意志を示している【女帝】に、俺は宣言する。
「これ以上戦っても、両軍無意味に犠牲が拡大するだけだ。さっきの言葉を返すようだが、降参したらどうだ」
【女帝】は切り札たる黒龍を失い、軍を失い、そして俺を仕留めるタイミングを失った。こうなった以上、もはや俺達の勝利は揺らがない。
それは【女帝】も理解しているようで、彼女は俺の言葉を聞くと、今回の戦いで初めて疲れた様な笑みを浮かべた。
「…そう、ね。もう私達に撃てる手は残されていないわ……でも、それでも私は諦めたくない。もし私がこの状況でも徹底抗戦すると言ったら、あなたはどうするつもりかしら?」
俺はその言葉に、小さく肩を竦めて見せる。
「どうもしない。最後までとことん付き合ってやる」
【女帝】が降参しないのなら、もはや手段は選べない。
俺は【帝王】として、この【戦争】に勝つために、全力で【女帝】の軍や拠点を叩くだろう。それこそ彼女達が抵抗できなくなるまで徹底的に。
…脳裏に、起こり得る凄惨な未来が浮かぶ。
俺はため息交じりにそれを頭から追い出して、個人的な思いを口にする。
「…だが、それは本当に何も生まない戦いだ。泥沼になった戦争ほど見るに耐えないものはないだろ?」
戦争の歴史、世界の歴史を見れば、泥沼化した戦争がどれほど無益な損害を生み出すかは想像に難くない。そして、これまで何度も【戦争】に勝利してきた【女帝】であれば、同じように考えるだろう。
「確かにそうね。今まで何度もそういう戦争を見て来たから、それが愚考だということは分かるわ。でもね……」
だが、彼女はただただ苦笑して続けた。
「実際に負ける立場になってみると、命を賭してでも戦いたいって思うものなのよ。…私も今回初めて気が付いたのだけれどね」
剣を掲げた彼女の瞳に、きらりと光るものがあった。
それはきっと、大切な者を守ろうとする意志だ。
そんなことは分かり切っていたが、俺は敢えて問う。
「…それは何故だ?」
「そんなの簡単よ。愛する配下がいるから。あなたにもそれは分かるでしょう?」
俺の傍に控える三人を見やって、【女帝】が力なく笑う。
「ああ、良く分かるさ。俺のために頑張ってくれている仲間を裏切るような真似はできない。相手にどれだけ甘い言葉で誘惑されようとも、最後まで必死に抵抗する、その気持ちは痛い程わかる」
だから俺は、自分が死ぬかもしれない局面になろうとも、アルスに黒龍を追わせたのだ。そして、【女帝】はまさに今同じような立場に立っている。そんな彼女を説得することの難しさは、俺が誰よりも分かっているつもりだ。
故に、俺は彼女を説得しない。
俺にできるのは、ただ事実を告げることだけだ。
【女帝】をじっと見据えて続ける。
「俺はアンタに対して具体的な提案を持ち合わせていない。それを語ったところで、アンタが受け入れるはずないからな」
【女帝】がぐっと喉を鳴らす。
どうやら図星だったらしい。
俺はそれに小さく口角を吊り上げて、それから穏やかに笑って見せた。
「だから、俺ができるのはあくまで約束だ。俺はアンタに、一つだけ約束する」
俺は指を一本立てて、ゆっくりと口を開く。
「もしアンタが降参してくれるなら、俺はアンタの配下に手出しはしないと誓おう。戦争勝利者の特権として、双方に限りなく被害が少ない方法で戦争を終結させることを誓うよ」
最初から考えていたことだ。
俺は【女帝】を完全に滅ぼす気はない。
なぜなら、帝王は仲間を作らなければ生き残っていけないからだ。
配下に対して愛情を持ち、俺のような新参者相手でも油断せず、いざという時は確実に勝つためにプライドを捨てられる。そんな【女帝】は信頼に足る人物であり、彼女を味方にすることができればとても心強い。派閥に属するのは拒んだが、同盟という形であれば喜んで受け入れよう。
そんな事を考えながら放った言葉に、【女帝】は目を丸くした。
そしてなぜか興奮したような声音で続ける。
「…あなた、正気なの? 今回の戦争は私が吹っ掛けたものよ。私の配下をすべて奪っても、あなたは誰からも文句を言われないわ。負けが確定している状況で言うのもあれだけれど、私の軍は強いわよ?」
「そんなことは分かってる」
【女帝】は強かった。
軍も、彼女自身も、俺が最後の切り札まで使ってようやく勝てた相手だ。それを全て吸収できれば俺は絶大な力を得ることが可能だ。
「けどな。あの軍はアンタだからこそ動かせるんだ。無理やり俺の軍に併合した所で、本来の力の一割だって出せやしない。それなら、もっと友好的に進めたほうが良いと思ってな」
【女帝】の軍は、彼女がトップに立っているからこそ機能する。
俺が彼女の上に座する存在になってしまえば、もはや全力は出せないだろう。それよりかは、同盟相手として迎えるほうが俺としても利益になる。
それに、これからは帝王の本業である【領地運営】についても考えなくてはならない。そういった様々な状況を加味して、俺はどのような結果になっても被害を最小限に抑えるやり方で戦争を終えるつもりだ。
俺の真剣さを感じ取ったのか、【女帝】は掲げていた剣を下ろす。
そして腰に手を当てて唇を緩めた。
「…あなた、何か企んでいるようね。それを聞かせてはくれないの?」
「アンタと話したい事は山ほどあるんだ。この【戦争】が終われば、いくらでも話をしてやるさ」
「意地悪なのね」
「慎重派だと言ってくれ。……それで、どうする?」
どうする、というのは言うまでもないだろう。
【女帝】は俺の言葉にわずかに思考した後、パチンと剣を鞘に納めた。
「良いわ。プルソン、あなたの提案に乗りましょう」
そして、清々しい微笑みと共に、彼女は右手を天に向かって掲げる。
「【女帝】ルシアーノは、今回の【戦争】において降参することを宣言するわ!」
【女帝】の声がこの戦場に響き渡り、天空で時間を刻んでいた砂時計が止まる。
そして辺りに、戦争終了を告げる”声”が響き渡った。
『【女帝】ルシアーノの降伏を確認した! これにて戦争を終了する!!』
この戦争の見届け人にして、この仮想戦場を作り出した【竜帝】の声。
それを聞いて、体中から力が抜けていく。
「…ご主人、大丈夫っすか」
思わず地面に座り込みそうになった俺の左肩を、アルスが支えてくれる。
「ああ、ありがとう」
強がり、微笑んだは良いものの、足に力が入らない。
何とか歩こうと足に力を入れていると、今度は右肩を支えてくれる存在がいた。
「お父様、やったね!!」
「私達の初めての勝利ですよ」
シスの言葉で、ようやく実感が湧いてくる。
そうだ、俺達は勝ったのだ。新人最強と言われた【女帝】相手に一歩も引かず、その切り札さえも打ち破って、完璧な勝利を収めた。
アルス、ルリ、シスに改めて視線を送る。
装備も所々壊れ、ボロボロの状態だ。髪の毛も肌も土や血に汚れている。
しかしそんなことは構わず、俺は気合いでその場に立ちあがって、彼女達を抱き寄せる。そして胸の内に押し寄せる感情のままに、抱擁する腕に力を込めた。
「ああ。俺達の完全勝利だ」
高台の防衛に始まり、敵中央部隊への奇襲、黒龍ファブニールとの戦い。その他にも数多の綱渡りを成功させて、俺達は【女帝】に勝利した。それはもはや、完全勝利といって差し支えないだろう。
「ご主人、痛いっすよ」
「お父様力が強すぎるの」
「ですね」
三人は笑顔でそう言って、俺に身を委ねてくれた。
俺はそのことが、ただただ嬉しかった。
こうして俺の、俺達の初めての【戦争】は大勝利で幕を閉じる。
勝利の立役者であるアルスたちは、俺が抱擁と解くと互いに抱き合って歓喜した。俺はそれを眺めながら、勝利を噛み締め、それと同時に胸の内に湧き上がった悔しさを忘れないように、心に刻み付ける。
誰に言うでもなく、俺は一人心地に空を見上げる。
「…さて、登って行こうか」
この子と一緒なら、きっとできる。
彼女達が率いる軍団と共に、最強の帝王へと成り上がろう。
俺はそう決意して、心地よい勝利の風に身を委ねた。
【戦争】が決着しました! 少し長めの章で苦労しましたが、楽しんで頂けたら嬉しいです!




