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第二十三話:マジック

~プルソン視点~


 アルスを送り出してから二十分ほどが経過した。

 その間俺は、とにかく全力で逃走していた。


「プルソン! 覚悟!」


 【女帝】がそう叫んで、剣を振り下ろす。

 凄まじい轟音と共に、一つの人影が右腕をごっそり両断された。

 俺に攻撃を命中させたと認識している【女帝】は、それに小さく微笑みを浮かべて…。


「違う!? これプルソンじゃない!」


 その異変に気が付いたらしく、驚いた様子で声を荒げた。


 彼女が切り裂いたのは俺ではなかった。

 地面に倒れ込んでいくのは、俺のダミー人形だ。


 特性【芸具模倣】によって生み出したもので、一つ作るのに、EPを1000消費する。

 人形はすでに十体以上作成し、所々で煙幕も追加したので、戦闘開始前に20万ほどあったEPは18万まで減少していた。

 

 それなりにEPを消費するだけあって、人形の完成度はかなりのものだ。ただ俺に似ているとはいっても所詮は人形なので、切り裂いた所で血が噴き出すというスプラッターな光景にはならない。だが、あれが命中したら俺も同じように切り裂かれていただろう。


「…まったく厄介な術ね!」


 【女帝】がそう呟き、次の瞬間にはダミー人形が粉々に砕かれる。

 それからも【女帝】は、俺が捲いたダミー人形を見つけては次々に破壊していった。


 少し離れた位置を走り、彼女から距離を保ちながら、俺はその光景に冷や汗をかく。


(おいおい、勘弁してくれよ。アイツに補足されたら俺もああなるってことか?)


 痛いなんて次元ではない気がする。

 というか、あんなものを喰らえば間違いなく即死だ。


「それにしても……」


 チラリと背後を見やって、【女帝】の剣さばきを確認する。

 本当に鮮やかな手際でダミー人形を破壊していくものだ。


 【女帝】の戦闘能力は未知数だったが、こうして実際に対面してみるとアルスと同じくらい強い。訓練の一環としてアルスと手合わせをしておいて本当に良かった。あの日々が無ければ逃げることすらできなかっただろう。


 しかし、問題が無いわけではない。

 相手にするのが【女帝】だけであれば良かったが、そういう訳にもいかない。この場にはもう一人の敵がいるのだ。


「ルシア様! こちらに本人を発見しました!」


 俺の背後から、猛スピードで美人エルフが追いかけてくる。

 彼女は【女帝】の側近、Aランク上位の力を持つ存在だ。


 Aランクだからといって侮ってはいけない。

 ここが森の中である以上、エルフである彼女の能力値には大幅な補正が付いている。

 その力は伊達ではなく、木々の間を縫うようにして逃走する俺に、いとも簡単に追いついてきた。


 空を駆けるようにして背後に迫った存在を振り返りつつ、俺は叫ぶ。


「マジかよ!?」


 最大限焦りを滲ませて、あたかも想定外である顔をしつつ、地面に煙球を投げつける。

 一瞬にして白煙が辺りに広がるが、エルフはそれでは止まらない。

 手中に生み出した風の刃を、俺に向って射出してきた。


 煙幕が立ち込める空中を二分して、風の刃が俺に迫る。

 それをしっかりと見極めて、俺は超速で【芸具模倣】を発動した。


 一瞬の内に、俺の等身大の人形が出来上がる。

 俺はそれを盾にして、風の刃から身を守りつつ地面を蹴った。


 洗練された一連の動作のおかげで、見ている者にとっては俺が切り裂かれたように感じられるだろう。何度も俺の術に騙され、その仕組みを理解しているであろう【女帝】も、これには歓喜の声をあげる。 


「よくやったわリリス!」

「……?」


 だが、主の声にエルフの少女は不可解そうな顔で首を振った。

 どうやら本人には、今の一撃が俺を無力化するものではなかったと分かるらしい。


「…いえ、どうやらこれも偽物のようです。一体あれは…?」


 エルフの呟きに、【女帝】も唸りながら辺りを見渡す。

 それから俺の気配を探りながら、どこか遠くを見やるように顔を上げて呟いた。


「そうね。人形からは魔力を感じないから、魔術ではないわね。プルソンは生産系か強化系の能力を持ってる帝王だから、そういった能力もあるかもしれない。でもあんな技、見た事も聞いた事もないのよね」


 【女帝】が見たことがないのは、当然のことだろう。

 なぜなら俺が用いたのは、この世界ではまだ発展していない芸能だからだ。


 俺の格好をした人形の傍で、あれこれを議論しながら辺りを警戒している二人。

 俺は彼女達に気取れれないようにその場を離れながら笑う。


「マジック。この世界じゃまだ育ってない、新しい芸能さ」


 俺はそう呟きながら、手に握った煙玉を地面に投げて、再び森を深い煙で包む。

 そして再び、足音を極限まで抑えて走り出した。


 マジック、奇術とも呼ばれるこの術は、古代ギリシア・ローマが起源だと言われている。

 奇術 (きじゅつ)は人間の錯覚や思い込みを利用し、実際には合理的な原理を用いてあたかも「実現不可能なこと」が起きているかのように見せかける芸能だ。奇術師きじゅつし手品師てじなし、またマジシャンとも呼ばれる彼らは、数百年の長きにわたって技術を磨き、伝え、新たな術を生み出してきた。


 それは、紛れもなく伝統芸能だろう。


 そしてマジックは、俺が操ることができる全ての芸能の中で、現状では【女帝】たちに対抗できる唯一の手段でもある。


 なぜなら、彼女達がマジックを知らないからだ。

 この世界では超常現象を魔力によって引き起こしている。だから彼女達は、何か異常な事態が起これば、それは魔力による作用だと、何か特別な能力によるものなのだと考えるだろう。


 煙幕、ダミー人形、その他にも無数のマジックを見せつけられた【女帝】達の脳裏には、漠然とした疑問が浮かんでいる。


 《もしかしたら、【芸帝】プルソンは自分達の想定外の能力を持っているのではないか》という可能性がある以上、彼女達は俺を警戒せざるをえない。そしてそれは、自身の動きを制限することに繋がる。相手の動きを制限できることは、戦いで有利に働くだろう。


 だが、それが分かっていてなお、俺は攻撃できない。

 二人が俺を警戒してくれているからこそ、何とか逃げ延びることができているに過ぎないからだ。本来二人は俺の手に負える存在ではない。だから今も、二人から全力で遠ざかっているのだ。


 だが、【女帝】は絶対に俺を見逃しはしないということも、俺には容易に理解できた。

 俺がどれだけ【芸能】を使って離れようが、彼女達は必ず俺を見つけ出し、追いついてくる。それをどう回避するかに、今は全力を注がなければならない。


 俺の予想を肯定するように、人形を観察していた【女帝】が叫ぶ。


「…どれだけ似た人形を作って私達を翻弄しても、本体は必ず一つ。……そうよね、プルソン!」

 

 俺を挑発するためか、戦意を喪失させるためか。

 どちらにせよ、【女帝】は俺を揺さぶろうとしているのだ。もし俺がこの言葉に答えれば、それで位置を割り出す。答えずとも仕組みを理解していることを伝えて俺を焦らせる。どちらに転んでも有利になるのは【女帝】だ。


 だから俺は、沈黙を選んだ。

 ようやく離れられたのに、彼女の言葉に答えるわけにはいかない。それに【女帝】も答えを期待しての発言ではないだろう。


 俺からの返答が無かったと判断するや否や、再び【女帝】が動く。


「リリス、【魔力探知】使ってプルソンを追いなさい!」

「了解!!」


 そんな会話の数秒後に、俺の体を風のような衝撃が通り抜けていった。

 その独特の感覚に、俺は冷や汗を流す。


「【魔力探知】か! 厄介な特性使いやがって!」


 今のは【女帝】の指示でエルフが発動した特性、【魔力探知】の効果だろう。


 【魔力探知】はノルンの側近の一人であるローゼも使える。

 前に一度説明を聞いた限りでは、魔力を有している存在の位置が分かる、との事だった。また熟練度や使用者の魔力に応じて、魔力保有者が仕掛けた罠、敵拠点の情報、さらには探知に引っかかった存在の強さまで分かるらしい。索敵においては右に出るものがない、とても優秀な特性だ。


 そして、それと同時に、現状俺にとって最悪の特性でもある。


 魔力探知を使用されれば、煙幕の中であっても二人を撒くことはできない。

 いうなれば今、俺はレーダーを持った二人の敵と戦っている。相手が一方的に俺の位置を特定し、逆に俺は煙幕のせいで彼女らの位置を特定しづらい状況に置かれた。こちらの煙幕を逆手に取った見事な対応だ。


 【魔力探知】は使用可能回数に制限がある特性だ。

 これまで温存していたのは、こういった決定的な場面で俺の位置を見失わないようにするためなのだろう。


 俺の体を【魔力探知】の波動が通り抜けてから、数秒後。

 背後に広がる煙幕を突き破って、二人の少女が現れた。


「もう逃がさないわよ! プルソン!」 

「お覚悟!!」


 そんな声と共に、必殺の一撃が放たれる。

 金色と翡翠の髪が揺れて、二つの刃が轟音と共に眼前に迫った。

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