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第二十二話:ファブニール

 シスが地下に降りる階段を作り、黒龍の周囲を覆う結界を作ってくれた。

 階段を下って、地下五十メートルの穴底に墜ちた黒龍と対面する。


 地面を溶かしづける血の海に沈んだ黒龍を、自分達は結界の外から見下ろす。

 すると、黒龍の瞳がこちらに向いた。

 まだ戦う気があるのかと、自分達が身構えたその時、想定外の事態が起きた。


『…そこの三人、そして黄金の鎧に身を包んだ十一名の騎士達よ。我を討ち取るとは見事であった』


 黒龍が、こちらをじっと見上げて声を放ったのだ。

 今まで叫んだり、唸ったりしていたが、まさか喋れるとは思わなかった。

 黒龍は満足げに鼻を鳴らして、自分達に笑みを向ける。


『…我が言葉を用いることが、そんなに意外か?』

「さっきまで唸ってたり、叫んでたりしてたんで」


 素直に感想を述べると、黒龍は上機嫌に鼻を鳴らす。


『ふむ。そっちのほうが強そうで良いと、ルシアーノ様が仰せになったからな。普段は恐ろしい龍としての姿を保つために、ああして狂暴そうなふりをしておる。しかし、今は少しお主らと語らいたくてな。まぁこのくらいはルシアーノ様も許してくれよう』


 黒龍は穴から見える円形の空を見上げると、ふっと低く笑って視線を戻した。


『…時に、そこの鎧を着た少女よ。一つ聞きたいのだが、お主は我と同じく幻想世界の住人であろう?」

「どうしてそう思うんすか」

「お主からは我と似た力を感じる。現実を超越した力をな。して、どのような世界から来たのだ?』

「さあ、知らないし、今の所知る予定もないっすね」


 自分はご主人に、どんな人物を参考にして生み出したのか、あまり詳しく聞いていない。

 前に一度だけ聞いてみたことがあるが、その時ご主人がこう言ったからだ。


『俺はさ、アルスがどんな風に成長するのか楽しみなんだ。だからそれを教えて、アルスが決まった方向にしか進めなくなるのは嫌なんだよ。もしアルスが限界まで成長して、自分でも納得できたなら、その時教えようと思う』


 その言葉で、自分はそれを聞くのは止めようと思った。

 なぜなら、ご主人が自分に期待してくれているからだ。その期待を裏切って、ご主人の予想通りにしか成長できないなんて、懐刀として恥ずかしい。


「ご主人の懐刀”アルス”。それが自分っす。だからどこから来たのか、そんなこと、今はどうでも良いんすよ」


 そう言うと、黒龍は一瞬だけ目を丸くして、それから盛大な笑い声をあげた。


『はは! 違いない! 生まれる前に何があったか、死んだあとに何があるのか。たしかにそんなものはどうでもいいな。大切なのは、我が今生きているという事実だけだ』

「そういうことっす」


 世の中には『我思う故に我あり』という言葉あるらしい。


 結局のところ、自分は自分でしかないのだ。

 この世界に生まれる前に何があったのか、死んだあとどこへ行くのか。

 それを考えたところで、仕方のないことだ。


 その考えが理解できたらしく、黒龍は楽し気に笑った。


『最後に一つ聞かせてくれ。お主たちの帝王の名は?』

「【芸帝】プルソン。全ての帝王の頂点に立つお方っす」


 自分達のご主人にして、父の名を告げる。

 すると黒龍は満足げに脱力して、地面に横たわった。


『そうか。…では行くがよい。お主たちの大切な者を守るためにな』


 少しだけ予想外の言葉に動けずにいると、黒龍は半目で自分達を見やって笑う。


『迷う事は無いだろう。どうせ我はもう動けぬ。それが分かっていたから、お主は我に止めをささなかったのだろう?』


 確かに、彼の言っていることは正しい。 

 自分は彼から敵対的な気を感じなかったから、ご主人の言葉通り殺さなかった。

 だが、彼ほど危険な存在をこのままにしておいて良いかと言われれば、それは悩み所である。


 彼の言葉に応じたのは、自分ではなく、隣に立っていたシスだった。

 彼女は一歩前に出ると、凛とした声で告げる。


「その言葉を信じろと?」


 実際、信じられる気もするし、信じられない気もする。

 つまるところ五分五分の状態だ。


 自分達の総意を代弁したシスの言葉に、黒龍は深い溜息をついて上体を起こした。


『はぁ…。お主らは強情だな。ならばこれでどうだ。我は【女帝】ルシアーノ様に誓って、今後一切の戦闘行為、そして部隊の指揮も行わぬ』


 そして、やれやれと人間が肩を竦めるように、翼を丸めた。


『帝王は名誉を重んじる。そして我が主は神にも等しい存在だ。その名前を持ち出した約束を反故にするなど、帝王の配下として恥だ。そうは思わんか?』

「…そうやって私達を油断させて、いなくなったら暴れるつもりなんでしょ! そんなの許さないの!」

『…全く、やれやれじゃな』


 今度はルリの言葉を受けて、ファブニールは疲れた様な目を閉じた。

 この場をどうおさめようか迷っていると、背後から楽し気な声が聞こえてくる。


「ルリちゃん。そんなに心配しなくても大丈夫よ。この子は私が見張ってるから」


 振り返ると、そこにはルリが倒した敵指揮官”シリル”がいた。

 寝そべったファブニールは彼女に目を向けて、それから嫌そうな声を出す。


『…シリル。毎回言っとるが、その呼び方を止めよ。我は偉大な龍だぞ?』

「でも私の方が年上でしょう? いいから大人しく休んでなさい。……私は【芸帝】軍の捕虜。あなたはもう戦う力も残ってない。こうなった以上、私達にできることはないわ」


 シリルは言外に「自分達は何もしないし、何もできない」と教えてくれている。

 彼女の言葉に続くようにして、ファブニールが覚悟を決めた様な声で続けた。


『…仕方ないから教えてやるが、我が主、ルシアーノ様は無駄な争いを望んでおられぬ。シリルが敗北し、中央部隊が敗北し、おぬしらの拠点を狙った左軍が敗北し、そして切り札たる我が敗北した以上、勝敗は帝王同士の勝負に委ねられておる。現に、我に新たな指示は飛んできておらぬ。……だから行くがよい。それが勝者たるお主らの特権だ』


 じっと、何かを託すような、そんな目を向けられる。

 ファブニール、そしてシリルのその瞳に、折れたのは自分の方だった。


「…分かりました。信じましょう」

「アルたん!?」


 隣でルリが「正気!?」とでも言いたげな目をしている。

 言葉には出していないが、それはシスも同様だった。

 だからこそ、自分は現状を客観的に見て告げる。


「急がないとご主人が危ないっす。それにもしこの言葉が嘘だったら…」


 脳裏に、戦争のルールを思い出す。

 そしてそこに記載されていた、現状に当てはまりそうな状況を思い出して続けた。


「異議申し立てをすればいい。自分達がご主人の所までたどり着ければ、その時点でご主人の命は助かる。もしその時点で拠点が落とされて戦争に負けても、異議申し立てをして再戦すれば、絶対に勝てるから問題ないっす」


 もっとも、さらに単純な理由がある。


「それに【女帝】ルシアーノ様の配下という名誉にかけて、この人達は裏切れないっすからね」

 

 そう言って正面を見やると、「その通りだ」と一人と一匹が頷いている。

 自らの主の名を出してまでした約束を、その配下が違える訳が無い。

 それに、ファブニールとシリルは信用できると直感が告げている。


「…そういうことなんで、さっさとご主人に合流するっすよ!」

「分かったの!」

「了解です。アルス姉さん」


 こうして黒龍ファブニールとの激闘を終えた自分達は、今も一人で奮闘しているご主人の元へと走り出した。

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